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その奇譚(きたん)、叶えるのは難あり  作者: あみの よもやま
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夢を補うるもの 五

 その日のうちに緊急の記者会見で、県警本部長が夕方の戦車騒ぎのことを述べていた。警察の対応の不備、怪我をした一般人への責任に、マスコミたちの矛先は向けられた。

 未だ犯人の動機は分からないが、街中での人道的な対処が逆手にとられたことはまことに残念である、と応じ、目下のところ、重機を乗り捨て逃げた犯人を捜索中―――。

 そうした本部長の言葉に、嘘偽りはないのだろう。聞かれなければ、なにも無理して話す必要はないのである。あの重機が、まさか自立して暴れていただなんて、その立派な口髭から言えるはずもないのだし。




 芹沢先生とミカンコの危惧していた通り、封印が解けてからは、いよいよ以て栞雫(かんな)嬢の傀儡(くぐつ)たちが動き始めることになった。

 先鋒(せんぽう)は、幸いにも非武装の車両で済んでいたが、次鋒(じほう)もそれで済まされるのかどうかは、神のみぞ知るといったところだろう。

 逃げたとする幽霊の確保は警察に任せるとしても、今後、同様の事件が起きることを考えれば、治安対処の検討を早急に行わなければならず、そのための内閣合同情報会議が、もうまもなく開かれることになっていた。


 旧式の帝国兵器相手とはいえ、街中での遊撃戦ともなれば、もはや警備部の手に負えるものではなく、この国でその非正規戦に対応できる集団となれば、やっぱり自衛隊しかいないというのが、現実というものだ。

 今回、郊外の資材置き場で無事破壊の一報には、対策本部もほっと安堵をしていたようだが、その後の情報管理のことを考えると、警察組織のお偉方も頭痛の種が尽きないところであった。



 そうした騒ぎの余韻が残るなか、はや師走の最初の登校日となる。

 登校してきたその俺に、最初に声をかけてきたのは、慶将(ちかまさ)だった。

 先週に遭ったばかりの騒動を、俺の口から直接聞きたいのだという。


「――つっても、マスコミが喋ってる事と、大してかわんねーぞ。俺も偶然近くに居合わせただけだからよ」

「つまり偶然、近くにいた傀儡が起動していたというわけだ」

 その言葉に、俺は冷や水を浴びせられた心地で、おどおどする。

「そのう、慶将くん、原因は、やっぱ俺なのでございましょうか?」

 慶将は笑った。

「さてどうだろう。以前の傀儡とちがって、希人(まれびと)ではなくその従者(ズサ)から開眼(かいげん)の力を得ているようだから、昨日の傀儡とキミには、直接的な関係はないはずだよ。いずれにしろ、大戦時の遺物なのだし、むしろ国の方が率先して対処しなければならないものだと、僕は思うけどね」


 状況次第では、街中で、今後たくさんの傀儡たちとの非正規戦闘も生起しうるという。そうなれば、自衛隊への治安出動も要請せねばならず、この長く続いたキレイな社会の中で、いったい誰が最初に手を汚すのか―――。

 県を管轄する知事と政府の間では、そうした押し付け合いまで始まっているというのだ。


「いやまてよ、そういうのって、国民を守るためなんだから、当然のことなんじゃねえの?」

「戦後になって、マスコミが国防をひどく歪めてしまったというのもあるけれど、そうした思潮の中で育った政治家というものは、治安出動を自衛隊へはじめて要請したなどという不名誉を、歴史に残されたくないんだよ。彼らはその判断の責任をいつも現場の職員たちに丸投げして、今までずっと、責任者としての立場から逃げ続けていたわけだしね」

「おまえ、詳しいのな、そういうこと」

 恥ずかしながら、俺は自分の学校の成績のことに頭がいっぱいで、この騒動が我が身に及ぶまで、政治のことにはとんと興味がなかったのだ。


「それでも、知事も政府も互いを必要としているわけだから、その複雑な思惑が交錯する中で、無用なことをうっかりマスコミに洩らさないよう、今は先生がうまく(くさび)を打ちこんでいる格好かな」

 八咫烏(やたがらす)側と結託し、その管理の下で事態の推移を見守りたい女史と、肝心な情報は伝えられず、いざとなったら国から指揮権さえ奪われかねない警察組織。

 あの先生も、その警察を利用しながら上手に国と県を牽制し、ずいぶんとがんばっているようなのである。


「それ、ミカンコからの話?」

「そうだよ。あの先生の手腕もさることながら、鷺ノ宮家の人間も、負けてはいないくらいに怖ろしい人たちだね」

「あいつ、ホントに高校生なのかよ」

 雲の上でのお話に、俺は嘆息すら出やしない。



 教室へ入ると、飛鳥(あすか)が真っ先に俺を見つけてくる。

「おはよう、ハンチ。先週はお楽しみでしたね」

「ばかやろ、いったい何がお楽しみだったんだよ。だいたい俺、いつもろくな目に遭ってねーじゃねぇか」

「フフフ、それだけ元気があるのなら、まだまだ大丈夫そうだ」

 そしてぽんぽんと肩をたたきくさる。

 意外にも飛鳥は、この俺の眉間のシワを取り除こうと、意識して軽い言葉をかけているらしかった。

「そういや、飛鳥にも昨日のうちに、ちと聞いておきたいことがあったんだけどよ」

 俺は、ふと思いだして口にする。

「なら、さっさと連絡でも寄こせばいいのに」

「いやさ、なんだかああいう世界に関わっちまうと、スマホとかも盗聴されそうで、怖ぇんだよな」

「まあ、昨日の騒ぎの具体的な概要は、ボクもニュースで見聞きしていたけれどね」

 俺が席に座ると、飛鳥は腕を組んで机に尻をのせた。


「このままだと、ひでー騒動にでもなりそうなんだよ」

「べつに知らんぷりしておけばいいでしょ。騒ぐのは、人間たちの役目なんだし」

「いやあの、ガードレールにのりあげてボコボコになったレクサスの修理代のことを思うと、なんだか申し訳なくってなあ」

「ハハハ、ハンチはほんとにお節介なんだねえ。大丈夫だよ、キミもさっさとこちら側へ来ればいい。そんな心配は、だれもが一度は(かか)る精神上の麻疹(はしか)みたいなもので、すぐになんとも思わなくなるからさ」

 それが、古来からの(イヌ)、並びに魑魅魍魎(ちみもうりょう)どもの想念らしい。

「いい気なもンだな」

「そうかい? それに、そんなことでくよくよしてもらってもね。なんたってキミはボクらの(あるじ)でもあるんだし。で、聞きたいことって?」

 飛鳥は、その制服の肩越しに、面白そうに俺を見た。


「いや、傀儡は国にお任せするにしてもさ、それよりもやっかいな(イヌ)ってもんが、まだ野放しになってんだろ」

「うん、なってるねえ」

 教室の扉の向こう、テストの近いこのなんとも言えない雰囲気の中で、ぶらぶら登校してきたアリオを見つけた飛鳥は、愉快げに笑った。

「前に部室でさ、(イヌ)には大蛇(オロチ)みてえなトンデモねーもンもいるって聞かされたんだけど、まさか、東京湾に上陸してくるってぇことはねぇよな?」

 飛鳥は吹きだす。

「そんなことを、心配していたの?」

「そんなこと、で済ませんなよ」

 今でも人知れず、そうしたヤバイもンが刻一刻と、カビでも生やしながらどこかの洞穴(ほらあな)で牙を磨いているのかもしれないのだし。


「まあ、間違っちゃいないのかな。現に久場くんもいるわけだから」

「なんで久場?」

 俺は飛鳥の横顔を不思議そうに見る。

「ねえハンチ、時間があるときにでも、いちど久場くんと話し合った方がいいと思うよ。魔人クラスの彼が仲間になってくれた、その理由を、ボクもきちんと聞いてみたいところだし、もちろん、ちゃんとした理由があるのなら、それはそれで結構なんだけど」

「うん? つまりどういうことだってばよ」


 俺の納得できない顔をみつけて、飛鳥も、ちょっと論旨を飛ばしすぎたかな、と説明をつけ加える。

「ええとね、希人と同様に、力のある(イヌ)ほど、休眠する期間もうんと長くなるものなんだよ。だから魔人クラスの狗、まあ敵対してきた狗は鬼のカテゴリーに振り分けられるんだけど、そんな天災級の超レアものが、異世界から突然やって来るのならともかく、この国で同時期にふたつも現れるだなんて、まずあり得ないと思うんだよね。だから、心配しなくても良いって、ボクは言いたいのさ」

「超レアものって、あいつ、SSRだったの?」

「そりゃそうでしょ。まさか久場くんみたいなものがそこいらにゴロゴロいると思っていたの?」

 飛鳥は肩をすくめて俺を見た。


 まあ言われてみたら、基礎能力だけでもあんなんだし、ミカンコの用意した神域を、素で支えるくらいの神通力まで持ち合わせているようだしな。

「彼も前回、空襲に遭わないで天寿を全うしていたなら、次に魂の火が(おこ)されるのは、早くて数百年後くらいだったんじゃないのかな」

「それがたまたま、俺の入ったこの学校で同じクラスにいたわけか。ずいぶんとまあ、都合の良すぎる設定じゃねえか」

「ボクもそう思うよ。普通だったらまずあり得ない。だけど、そのあり得ないを現実にしてしまうような、超神引き女が、このクラスにはいるわけだし」

 その超神引き女とは誰なのか、飛鳥は明言を避けていたが、俺でも安易に見当がつく。

「まあ、もとはお宮の家系だっつーしな」

 いちど、俺の代わりに年末ジャンボでも買ってもらおうかしら。

「そういや、戦時中、飛鳥はいなかったんだっけ?」

「そうだね、どこかの華胥(かしょ)の国でお休みでもしていたみたい」

華胥(かしょ)の国?」

「ま、夢の国ってことさ」

 そして幸運にも、と付け加えてひとり笑っていた。



 本日もみっちり詰まった授業を受けながら、家のベッドで新刊の漫画を読みあさる時間をつくるためにも、俺は可能なかぎりその場で暗記し尽くして、気づけばはや放課後の鐘が鳴らされる。

 それでカバンをかついで部室へ出かけたが、近々期末テストもあることだし、できることなら早めに切り上げたいところである。その部活動も、お嬢様は裁縫や茶道や挿花(そうか)のお稽古(けいこ)ごとばかりしているので、いったいなんの部だったのか、思い出すのにもひと苦労だ。


 冷え冷えとした初冬の放課後、まだ息は白くならずに済んでいた。

 上着に一枚重ねて、ポッケに手を突っ込みながら、廊下をぼそぼそ歩いていると、すぐ外の小砂利の路を、さくさく踏み歩く音がきこえてくる。誰かいるのかしらと思って窓の外を覗いてみたら、向日葵ちゃんが立っていた。

 俺が来るのを見越してお待ちかねしていたらしく、ご不満そうな顔で見上げてくる。

「お兄ちゃん、おそい」

「ちゃんと行くから、待ってなさいよ」

 俺は苦笑して返事した。

 この傀儡ちゃんが校内をひとりで出歩けるのは、放課後だけの約束である。あまり制限を設けてへそを曲げられても困るので、お嬢様も少しくらいの自由を与えることにしたようだ。

「早く来て」

 そう言い残すと、向日葵ちゃんは周囲の目も顧みず、跳ぶように去っていった。

 おいおいと慌てたが、この学校の制服を着ているので、それほど目立つわけでもないようだ。


 部室の扉を開けると、その向日葵ちゃんと一緒にミカンコが出てきた。

 彼女は学校指定のコートを上からさっと羽織ると、いちど家へ帰るのでちょっと留守を頼みたいという。

「なんか忘れもンでも、したのか?」

「ええ、少し調べ物を。それから、ちょっと慶将くんに…。用心のためにも、向日葵さんは置いて行きますね」

 とたん、この()はご機嫌となる。


 ミカンコの出ていったあと、横に電気ストーブの置いてある、この部屋でただ一つの客間であり居間であるところの、牛皮のソファにぽつんと控えて座っていると、向日葵ちゃんが寝そべってきて、俺の腰に抱きついてきた。

 そして小さい子が甘えるように俺を呼ぶのだ。

「お兄ちゃん」

 まるで幼子のようなその可愛い御眼目(おめめ)は温順と仁愛を示しつくして―――この世の(けが)れ一切を知らずとは、やはりこうした瞳なのではなかろうか。

 思えば、夏の盆休みに校舎の屋上へのぼって、はじめて向日葵ちゃんを動かしてから、まだほんの数か月しか経っていない。この()にこうして甘えられると、陽葵(ひまり)ちゃんの幼い頃を思い出すようである。


 ま、ここはひとつ、さりげなく笑いかけて、頭に右手を載せてやることを条件に、お行儀良く座らせるのがよろしかろう。


「ほら、パイルダー・オン」

 それで、向日葵ちゃんはすぐに大人しくなった。

 俺もただぼうっとしているだけでは芸がないので、ストーブの灯をぽかぽか浴びながら、昼間のノートを片手に暗記ものの続きをしていると、いつしか、うとうと眠り心地に誘われる。


 それからどれくらい経ったのか、廊下に打ち続く足音、それが、この部屋の前でぴたりと止んだ。

「ふあ…」

 外に誰かが来たようである。扉の取っ手をつかむ気配―――気持ちよく寝ていたので、ちょいと面倒な気持ちにもなったが、卓のよだれをティッシュで()くと、かるく尻を持ち上げ姿勢を正した。

 それで部屋に入って来たのは、なんのことはない、慶将だ。

 俺は気の抜けた感じになって、再びソファに身体を沈めた。右の肩がすこし引っ張られるような感覚がしたのは、向日葵ちゃんがこの右手を自分の頭にしっかり抑えつけていたからである。


「おや、ミカンコさんはいないのかい?」

「あいつなら、家に調べものだとかなんだとか、そんで留守を頼まれちまってよ」

「ほう、それはそれは…」

「おまえもミカンコになんか頼んだのか?」

 それにはなにも答えず、慶将は機嫌のよさそうな顔でぐるりと大卓を回ると、俺の対面に長い脚を組んで座ってくる。今日は掃除当番でもないはずなのに、この時間になってやって来るとは、また女でもひっかけていたのだろうか。


「まあ、素敵な女性と一緒にいたのは間違いないけれど」

 額にかかる金糸をさりげなく掻き上げながら、慶将はうっすら笑う。ほんと、腹立たしいまでのイケメンぶりである。

「ふん、女の遍歴をいくつも重ねるのは結構でございますがねえ、おまえも少しは自重しとかねーと、クリスマスにシュトーレンの種馬って呼ばれても知らねーぞ」

「安心したまえ。そんな失敬なことを言う人物は、片端から葬ってやるさ」

「さようで」

 そういや、その言動に見合う実力があるんだっけな、この男。


「僕が遅れたのは、先生を見送っていたからだよ。ミカンコさんに、急ぎの用事があったらしくてね」

「え、先生、来てたの?」

 それを聞くと、俺は俄然(がぜん)、興味が湧いてくる。

「僕もその場にいたわけではないから、詳しくは知らないが、決号作戦の傀儡(くぐつ)のことに関して、内閣の情報調査室から情報の提供を求められているそうだ。そのことで、ミカンコさんに相談しにきたのではないのかな」

「ふうん」

 だから、お嬢様は急いでいたわけなのね。

「ただの皇宮警察であった人が、公安に異動となって、さらにふた足跳びくらいして、今や内調(ないちょう)にまで喰い込んでいる。彼女が官邸へ訪れた際には、官房副長官が直々に出迎えに現れるというのだから、かつての芹沢家の権力がどれほどであったか、この僕ですら、想像するにも難くないよ」

 慶将は天を仰いで変な笑いをしていた。

「それって、すごいことなのかよ?」

「フフ、きっとすごいんだろうね」

 まったく面倒なことになったもンすねぇ―――俺はソファに深く沈み込んで嘆息する。やや憂鬱でもあったが、今さらじたばたしてみせたところで、始まらない。


 慶将は俺の右腕の先を見つけて、ちいさく微笑んだ。

「充電してあげているのかい?」

 俺たちが騒がしくしている間も、向日葵ちゃんは目を瞑ったまま、隣でじっとしていた。

「ああ。どれくらいで満充電になるんだろね」

 それを聞いた慶将は、顎に手を添え考えるの像。

「ふむ、それは興味深いな。その容量を電力量に置き換えたら、希人の得体のしれない力の価値も分かるというわけか」

「なに? 希人代でも払ってくれんの?」

 おまえが俺に金をくれるというのなら、ぜひ貰ってやろうじゃありませんか。

「払うわけなかろう。そういえば、先生がさきほど、面白いことを言っていたよ」

「面白いこと?」

「ほら、以前の、日比谷公園の騒動のさい、都から幾らか予算をもらって新組織を立ち上げたって、そう話していただろう?」

「そうだっけ?」


 俺はすこし身を乗り出し、大卓の上に置かれた漆塗りの菓子鉢の蓋を開けて、ひとつ摘まんだ。

「覚えていないのかい?」

「まったく」

 口をモゴモゴさせながら返答する。自分の関わること以外は、なるべく忘れるように心がけているのが、俺の処世術というものだからな。

「あまり関心できる心がけではないと思うけど」慶将はあきれ顔で言う。

 俺はその菓子鉢を手でひきよせてニンマリした。「意外と楽な生き方だぜ」それから声をひそめる。「で、先生の予算が、なんだって?」


「ああ、なんでも、都で積み立てていた森林環境税を(あて)がわれていたそうなんだ」

「森林環境税?」

 なんだろう、公安というのは地球にやさしい組織なのだろうか。

「まあこれも、総務省がやらかした悪税でもあるのだけれど―――」


 かつて、東日本大震災の被災者のために、その財源確保を目的として施行された期限付きの復興特別税を、その期限が来たら、そのまま看板だけすり替えて国が徴収しはじめたものが、森林環境税というものである。


「なにそれ、アリなの?」

「アリもなにも、応益税を国が直々にやるだなんて、封建社会や共産社会ならいざしらず、現代資本主義を標榜するこの国が、やって良い手法ではないはずなんだけどね」

「はん? どういうことよ」

「キミは応能税と応益税の違いを、知っているかい?」

「知るわけねーじゃん」

 慶将がわざとらしく渋面を作ろうとも、俺は素知らぬふりである。

「仕方ないな。これは、卒業間際の三年生に、学校が社会常識として教えるものなんだけど――」


 応益税とは、行政サービスによって直接の恩恵を受ける住民から徴収する税であり、主に地方組織が行う税手法である。

 対して応能税は、国家の維持のための税であり、それは公平性を期するため、所得に応じて徴収され、それによって所得の再分配が期待されている。


「応益税とは、いわば人頭税のようなものだから、限られたせまい地域や、所得の公平な共産社会がやるのならまだしも、所得のたいへん格差のある資本主義社会の中で、国自体がそれをやりだしたら、所得の再分配どころの話じゃなくなってしまうんだよ」

「つまり、国民ひとりひとりが、給料のあるなしに関わらず、同額持っていかれるってこと?」

「そうだよ。資産家が一万円徴収されても、屁とも思わないだろうけど、キミが一万円徴収されたら、どうだい?」

 そりゃあおまえ、死活問題だよ。

「しかも地方組織が独自に、すでに森林税というものを徴収している。一部の地域などでは、市と県と国がそれぞれ別個に同じ名目の税を徴収しているから、今では笑えない話になっているんだ」

「すげえ。トリプル重課税かよ。だれか頭の良い人とかさ、批判してくんないの?」

「頭の良い人といえば、そうだね、日本学術会議の偉い先生たちに、キミから直接頼み込んでみたらどうかな」

 慶将は頬杖をついて、あからさまに匙を投げたような態度を見せつけてくる。

 俺はかぶりを振るった。「ああ、もういいよ」誰もがめまいを覚えるような話でもあろう。


「それで、最初の話に戻るわけなんだけど」

 最初の話って、なんだっけ――ああ、そうそう、芹沢先生のところの予算に、その森林環境税が(あて)がわれていたって話だっけ。

「山林の多い地方ならともかく、ビルばかりが建ち並ぶ都市部で森林環境税を国から交付されても、もう使い道がなくて、やたらと基金ばかりが積み上がってしまうものだから、それで困った都は、ちょうど要望のあった、公安の新組織の立ち上げに使うことにしたらしいんだ。人の住む環境を守るために、というのが名目だそうだよ」

「それって、そもそもよけいな税金を取らなきゃ良いのに」

「総務省と財務省からなる税制調査会というのは、回遊魚の如く常に増税をしていないと、あっというまに死んでしまう組織だからね」

 慶将は笑って言った。

 むやみとがむしゃらに、理屈らしいものを追って、よくばってお金を集めたがる役人のことが可笑しいらしい。皆にめまいを覚えさせるような提言者たちについても同様である。

 いっそのこと、もう栞雫(かんな)嬢の傀儡たちに、きれいさっぱり掃除してもらった方が、世のため人のため国のためにもなるのではないかしら。

 こんな話を聞いてると、そんなことさえ思えてくる。


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