文化祭 四
そんなお嬢様の言葉を気にかけながらも、午後からは俺もふつうに文化祭を楽しんで、はや閉展の時間である。
かなり早めの店じまいに、マジメな一般生徒たちへ向けては少々心苦しくもあったが、どうせ人の来るのはミカンコ嬢と慶将が受付にいるときだけだし、それも展示物ではなく、その受付人が目当てであるというのだから、こう早めに店終いをしてしまっても、不平を申し立てる者などいないだろう。
それで、俺はぼんやりしながら、自分の教室でタコ焼きを食っていた。
あとは鐘が鳴ったら鞄をかついで家へ帰るだけのような気軽さで、のんきに窓の外の賑わいを眺めていると、困り顔の飛鳥と久場がやって来る。
「あ、ハンチいたいた。やっぱりこっちの方角であってたよ」
「方角ってなんだよ。ダウジング・ロッドでも使って俺を探し当てたのか?」
「なに? ダウジングなんとかって」
「知らねーのかよ」
この飛鳥も、意外とモノを知らんヤツである。
「ほれ、両手にそれぞれ棒を持って、目当ての探し物の前に来たら開くっていう…」
かつて〇〇エモンの漫画を見て覚えた探知方法のことを教えてやると、飛鳥は感心したような目で、俺を見た。
「へえ、たまには古い漫画も読んでみるものなんだね。このボクがハンチからモノを教わるだなんて」
「なんか教えてやってる俺の方が、バカにされてね?」
「気のせい、気のせい。それよりもさ――」
このふたりの従者たちも、やっぱりあの太っちょの傀儡が気になっていたらしく、その傀儡たちがたった今、この学校を包囲するように集まっているというのである。
「ええっ、あの太っちょって、一匹じゃねーの?」
「一匹くらいなら、このボクでも、どうにでもなるんだけどね。まったくひどいとばっちりだよ」
飛鳥はなにか俺に向けて舌打ちをするように不満を垂れた。
「なんで俺が悪いんだ?」
「昔っから、希人いるところに狗ありってね。だれかさんが見つかったから、あいつらもこの学校に目当てをつけたんじゃないの?」
「それに関しちゃ部室でもご注意を受けたもンだが―――ふむ、ひょっとして、封印したままでも、バレんのか?」
俺は掌紋のない右手をふたりに掲げてみせる。
「ふつうはバレないと思うけど、なんか特殊そうな傀儡でしょ、アレ。見たところ、今は学校へ踏み込んでくる口実でも、探しているような素振りだったよ」
そこへ、久場が口を挟んだ。
「あの型の傀儡なら、なんとなくだけど、僕にも見覚えがあるなあ。昔、八咫烏のやっかいな法師が使役していたものにそっくりなんだ」
「いったい、どんだけ昔のことなのさ」
飛鳥も苦笑する。
「さあ、もうどれだけ経つのかなあ。今になっても、まだあんなものを使役する法師がいるんだねえ」
感心そうに久場は喋るが、少し腑に落ちない様子である。
「なら久場くんさ、あの傀儡のスペック、どれほどのものか知ってるの?」
「あ、俺も知りてぇ」
それが分かるのなら、こんな俺でも対処のしようがあるのだが。
「さあねえ。当時の法師たちは僕との直接対決を避けたがっていたようだから、よくわからないんだな。彼らは筑紫島、今の九州で、狗のいる集落を根こそぎ蹴散らしたあと、そのまま東方へ転進している。熊襲の有力な血筋が途絶えたのも、たしかその頃だったと思うな。それっきり、僕もその土地には戻らなかったんだけどねえ」
久場は物思いにふけるように、声をしみじみと落としていた。
「熊襲って、なんか聞いたことあるな。日本神話だっけ?」
こいつが妙な話をしだすので、俺もいっとき、今を忘れた心地である。
「う~ん、神話というほど大げさなものでもないけれど、もともと、熊襲の地には狗が多くて」
「へえ」
いささか頼りないが、これもまた、お嬢様がしていた話の裏付けともいえよう。
「とにかくあの傀儡、今のボクらに関係ないのなら、もうあとはあの女の方で勝手にしてくれ、って感じなんだけど?」
飛鳥はなにかを期待した目で、俺を見る。
「今のおまえらなら、大丈夫じゃねえか? 試しに外出てみたらどうよ」
「やだよ。あれ、狗だってバレたら、ガチで殺しに来るもん」
「あの、ハンチ君」
久場がふたたび口を開いた。入学以来変わらない大きな顎の上にあるのは、どこか近寄りがたい粗削りな顔かたち。
「ど、どうした?」
だから思わず吃ってしまって、俺もひとつ咳払いをする。
「そのう、力のない僕たちがうっかり外へ出て、万が一ってこともあるんだし、もしキミの力を授けてもらえるのなら、僕がそのまま全部潰してしまっても、かまわないんだけど―――」
さすがに久場ほどにもなると、ああした特殊な傀儡にも、自分の力だけで対抗できるらしい。
飛鳥もすっかり乗り気なご様子。
「おお、いいねえ。久場くんやってみてよ」
「でも、普通に暴れたら、学校の周辺を、ちょっと整地してしまいそうで」
重機に口をつけて喋らせたら、きっとこんなことを言うのだろうな。
「整地って、どれくらいよ」
「ほんの少しだよ。ええと、せいぜい、四万六千平方メートルくらい、かなあ」
久場はおずおず言うが、俺にはまったくピンとこない数字である。それを、飛鳥がおおよそのイメージで教えてくる。
「あれだよ、あれ。ほら、東京ドーム一個分ってやつ」
「ほほう…」
つまり近くに駅やら繁華街のある学校の周辺地区を、東京ドーム一個分、耕さなければならないというのである。
「あほか、ダメに決まってんだろうがっ」
いったいどれほどの被害が生じると思っていやがるのか。
「なあ、ところでおまえらって、高校生だよな?」
そう聞くと、ふたりとも「もちろん」と頷く。それから、「前にも言ったけど、その記憶があるだけだよ。身体の年齢は、御覧の通りさ」と、飛鳥はおどけてみせた。
「だから、傀儡の執念深さもよく知っているつもりだよ。アレは、狗を絶対ブッコロスマンなんだよ。異質なものは、大和の国から排除しなければならないんだってさ」
「ふうむ、厄介そうな」
こいつらが向日葵ちゃんを苦手とするわけである。
「このままだと、ボクらも家へ帰れないどころか、傀儡がハンチにもちょっかいをかけてきそうで、そうしたら立場上、嫌でもキミを守らなければならなくなるだろう?」
それで困ったこいつらは、穏便に解決できるよう、俺へお願いしに来たというわけだ。
「仕方ねえなあ。わあった、ちっとミカンコに相談してきてやるよ」
まだ半分も食ってないタコ焼きは惜しかったが、それをこいつらに押し付けて、俺は席を立った。
こうしたときは、やっぱり広い校内のなかでお嬢様よりほかに頼れる人物などいないのだろう。あいつもこの問題では、いろいろ頭を悩ませてくれているようだしな。
けれどもここでひとつ、俺はたいへんなことを失念していた。
あのアリオ、超弱いながらも正真正銘、狗のはずで、それなのにこの困った状況を、まったく知らないでいたようなのである。
その騒ぎが始まってしまったのは、俺が教室を出てからすぐだった。
やたら校門の方から女子の声が聞こえてくるので、俺もちょっと玄関の方に立ち寄って、靴箱のならび越しに外を見る。
通りがかる上品そうな女の先輩たちが、驚いた様子で校門の方を指さしていた。
「まあなんでしょう、あのへんな衣装の人たちは…」
「いったい、どちらの学校の方なのかしらね」
俺も手で庇をつくって眺めてみると、ちょうど校門の少し向こう、学校の敷地と市道の境目に、一ダースほどの同じ体格のふとっちょが、たたらを踏むようにして不格好に身体を揺すらせていた。
どれもこれもが傘帽子の下に真っ白なフルフェイス、そしてぴちぴちの燕尾服のようなものを着込んでいて、遠目にも目立って見えていた。
「うっわ、ほんとにいやがったよ」
今まさに校内へ踏み込もうとして、そこで足を止めている。どうやらアリオを捕獲するのには失敗したようで―――なぜそう思うのか、それはアリオが仲間数人と身を寄せ合って、たった今、校内へ転がり戻ってくるからである。
「おい、アリオっ」
声をかけると、あいつはほっと安堵したような顔を向けてきた。そして他の娘たちには職員室へ知らせるようにだけ言うと、こちらへ小走りにやってくる。
「ハンチ、なんか、ヤバそうなのが校門にいてさ―――」
そして身振り手振り、今あったことを息を切らせて喋り散らかした。
校門前で取り囲まれ、腕を掴まれかけたが、手に持った鞄を押し付けて、相手が鞄と自分とを見比べているうちに友達と逃げ戻ってきたと、アリオは言う。
「うっわ、あぶねえな、おまえもよくも無事で。あれ、傀儡だぞ?」
「傀儡、って、なに?」
この女、今の今まで傀儡のクの字すら知らなかったという。それでまあ、俺の浅い知識をすこしばかり披露してやったものだが。
「だって、誰も教えてくれなかったしぃ」
そこで頬をふくらませていた。
「いや、狗なら、知ってて当然なんじゃねーの?」
「知るわけないじゃん」
ありきたりの日常を過ごしてきた人物が、ある日とつぜん、秘められた力に目覚めるというのは、ヒーローものとして鉄板だろうが、世の中にはそれを快く思わない輩も、当然いるわけでして。
「いや、メリットがあんなら、それに対するリスクも少しは考えろよ。おまえぜってー、啓発系のマルチとか、そういうもンに軽く引っかかるタイプだろ」
さすがにこの俺でも、アリオの尻の行く末が心配でたまらない。
「なんでアンタにお尻の心配をされなくちゃなんないのよ」
「心配にもなるだろうがよ。いやもう、ミカンコも、初心者向けチュートリアルくらい用意しとけっての」
ホント、なんも教えねえで、ほったらかしで。
アリオは俺の不機嫌そうな顔を見つけると、少し困ったように、
「いや、あたしも後で文句を言っとくからさ、そんなマジな顔をしないでも―――」
と宥めるように言ってきた。
それから、「ひっ」と小さく声を引きつらせる。
なにも俺の顔を見てそんなに怖がらずとも――とするアリオの視線は、俺を通り越して、その背後へと向けられていた。
それで俺も振り向くと、あの腹の大きな傀儡さんがおひとり、玄関わきの受付に頭を突っ込んで、職員となにやら話し込んでいるではございませんか。
この学校にも治外法権とまではいかないが、ああした部外者など、許可なく入り込むことは禁じられているはず。
「なんで、あいつだけ玄関にいられるんだ?」
と、その傀儡、俺の声に気づいたのか、少しかがんだ姿勢のまま、首だけをきゅっと、百八十度回転させた。
「うわ、キモっ」
思わず悲鳴を上げかけたが、よく考えたら生物と違ってむしろロボットに近いのだし、両手で首を持ち上げて「んちゃ!」とか挨拶してくるよりは、はるかに心臓に優しいと思うのだ。
「お、おい、おまえ、勝手に入ってきていいのかよっ」
そうご注意をすると、その傀儡はチッチッチとぶっとい人差し指を左右に振って、
「内蔵助」
などと自己紹介する。
「は?」
俺とアリオが呆気にとられた顔でいると、今度は自分を指さして、なお同じことを申してくる。
どうやらそれが、この傀儡さんの個体識別名でもあるらしく、その表面の割れかけた特徴のある白いお面、ひょっとしたらこいつ、今朝方、俺が最初にでくわしたあの傀儡なのかもしれないな。
「お、おい、内蔵助?」
そう呼ぶのには躊躇われたが、本人が呼べというのだから、仕方のない。
「ウム、何用で?」
おお、見事に反応したぜ。
「いや、だからさ…」
それで校内に勝手に入っちゃいけないことを伝えると、その内蔵助はほぼ球状に近い大きな胸を張って、手に提げたビジタープレートの束を誇らしげに見せつけてきた。
「大丈夫、マイフレンド。これを首に掛ければ、万事解決」
だれがマイフレンドじゃ、このたわけ―――じゃなくて。
いや俺も、まさかそんな正攻法で解決してこようとは、まったく夢にも思わなんだ。
「我ら、しばらく待機ス。かねてよりの期限は本日十八時、鷺ノ宮総代へ直にお伝え願いたイ。聡明なる理解ト、寛裕なる篤志ガ、共にあらんことヲ」
「はあ、なんだって?」
この旧態依然たる傀儡さんは、言うだけのことを言うと、もうそのまま床を踏み鳴らして、校門付近の仲間たちの方へと戻ってゆく。
そんな頼まれごとをされた俺は、ひとり困惑した。
「ハンチ?」
アリオが心配そうに声をかけてくる。
「ああ、平気平気。つか、ミカンコのやつ、なんか約束ごとでもしてたのか?」
とにかく、鷺ノ宮、と内蔵助は明瞭に発音していたのだから、お嬢様の身内の誰かだろうと仮定し、俺はつとめて平静に、前の人を押し倒したりしないで歩きだした。
その後ろを、アリオが不安そうについてくる。
とにかくあいつの知恵に期待して、今のこの面倒な事態を収拾してもらうより、もう他にはないようだった。




