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その奇譚(きたん)、叶えるのは難あり  作者: あみの よもやま
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文化祭 二

 さて、いよいよやって来やがった文化祭当日。


 他校においては二日ほどの日程のあるそれも、この進学校では一日のみ。それでも学校としては破格の譲歩のようで、以前はお(まつり)ですらなかったという。

 こうして学校行事をきちんと(つくろ)うようになったのも、じつは卒業生の推薦先への配慮のためらしい。なんでも、教育とはただ機械的に技能を習得、あるいは知識を蓄積するだけではイカンそうで、心情の研磨と弾力ある教養の所得にこそ心がけねばならない――。


 そうした建前であれば、なにも朝早くから学校にやって来る必要などないのだが、やっぱり皆の気分に当てられていたせいか、のこのこ校門前にやって来ると、もう生徒のざわめきが外にまで聞こえてきた。


 俺はおやっと思って、目を見張る。

 校門が、いつのまにやら朱塗りの山門を(かたど)ったものに変えられていたからである。よくもまあこんな凝ったものをたった一晩で作り上げたものだと、実行委員会の努力にはひどく感心させられたが、わきで眺め見ていると、なにかが少し物足りない気がした。


 それが何かと思ったら、門の脇に、でっかい提灯(ちょうちん)を見つけて納得する。


 ふだんから自分に関わる話以外、俺はきちんと聞かない人なので、今回の文化祭のテーマをここで初めて知ることになった。

 一年おきに行われているこの高校の文化祭は、その都度、日本各地のランドマークを主題としてその土地の風俗や文化を学ぶらしく、それが今回、浅草なのである。

 その浅草を象徴する風景として、あのでかい提灯(ちょうちん)が採用されることになったわけだ。

 しばらく道端に立って皆と一緒に眺めていると、先生がやぐらを組んだ軽トラまで持ち出してきて滑車で釣り上げる。いくらかの労力の後にそれが定位置へ収まると、皆も嬉しいのか、歓声を上げて喜ぶのだった。


 まあ、お祭りらしくて、実によろしいのではないかしら。


 本来はそのまま教室へ向かうところ、部活動に専念している者はクラスの出し物に参加せずとも良いらしく、俺も部室の方へ顔を出してみる。

 部活動の成果とやらは、また別の教室を借りて展示しているのだが、たいしてやることのない情報分析部は、昨日のうちにすべてを終わらせていたので気楽なもの。

 それで、なんの心構えもなく部室の扉を開けたところ、

歓迎抱擁(かんげいほうよう)

 と言って、この高校の制服を着込んだ向日葵(ひまわり)ちゃんが俺に抱き付いてきた。

 おやおや、学校の部室で妹そっくりちゃんのこんな姿を見せられようとは。


「ハンチさん、ごきげんよう」

 窓際の黒檀の机の向こうから、早々にやってきていたミカンコ嬢が挨拶をしてきた。

 まだあの皇宮警察とやらの衣裳は身に付けておらず、脇のハンガーラックに吊り下がったままだった。

「びっくりしましたか? その()も、なにか私と一緒に学校の制服を着たいと申しておりましたので」

「なに? 向日葵ちゃんも、展示室で受付やるの?」

「さすがに本校の生徒ではないので、そこまではさせませんが、そうして制服を着させておけば、私がちょっと連れ歩くのにも、そんなに不自然ではありませんでしょう?」

「まあなあ」

 お祭りというのは、こうしたときに便利である。


 向日葵ちゃんは今のその衣裳にちょっと一言欲しいらしく、俺のシャツをつまんで引っ張ってくる。

「ああ、よく似合ってるよ。可愛いんじゃね?」

 そう褒めてやると、頬を薄赤く、とはならなかったが、血の通ってないその瞳を嬉しそうにさせて、ミカンコの方へ戻っていった。

 本来は『(ひょう)(うつわ)』であるはずの傀儡(くぐつ)ちゃんも、ずいぶんと心情ゆたかに育てられてしまったもの。

 ミカンコはその娘を手元に招いて、ちょっと跳ねた髪などを指先で丁寧に整えていた。そんな仲の良い姉妹のような姿を見せられていると、この俺の粗野な心すら、和やかになってくるようだ。


 やがて、校内放送がはじまった。


 もうまもなく体育館で開会のセレモニーが始められるので、手の空いている生徒たちは集合せよとのことである。


「なあ、ミカンコ。ちょっと見てきていい?」

「ええ、構いませんよ。きちんとお時間を順守して頂ければ…」

 情報分析部の展示は、もう朝の九時から行われる。その催しの受付も、誰かが室内に一人いれば済むらしく、本日は慶将(ちかまさ)、俺、ミカンコの三人のサイクルで行われることになる。

 それを午前と午後のワンセットで、おやつの時間にはもう閉展にするというのだから、そのやる気のなさといったら。


「へいへい。慶将との交代は、十時からだっけ」

「彼は、お昼前にいろいろご予定があるそうですから」

「ふうん」

 まあヤツのことだから、彼女をとっかえひっかえいろいろ連れ回すご予定でもあるのでしょう。

 ああ、そうそう、ちなみに先生は今回不参加だ。

 本業が忙しいというのもあるが、そもそもあんなナイスバディを受付に座らせたら、閉展時間になってもなお客足が途絶えず、それを待たされる俺たちの方が参ってしまうからである。



 体育館での賑やかなセレモニーを見終わった後、俺はパンフ片手にひとりで校内を散策することした。

 いや呼べば、飛鳥(あすか)久場(くば)もただちに参上するのだろうが、希人(まれびと)の身分を盾に従者(ズサ)たちを呼び出すのも、ただひたすら虚しいようにも思われて、こうした場合、やっぱりボッチはひとりでそぞろ歩くのが良いのである。


 というわけで、校門前からずらっとひしめき合う模擬店を一通りのぞいてみたけれど、俺の好きそうな茶色い食い物とかはまだ早いようなので、全部あと回しにして、今は騒がしく往来の途絶えない路をのがれ、その裏の通りへと進んだ。

「なんか見られるもん、ねぇかなあ」

 植え込み脇の石碑らしきものに腰を据えて、あらためてパンフを開いてみる。

 文化祭での出し物は、ほとんど他校と変わり映えしなかったが、その中でも俺が参加できそうなものは、創作劇の観賞とか、浅草の伝統工芸展。あと、体育館で行われる飛び入り参加の公開カラオケくらいなものだろうか。

 そういえばアリオのダンスもあるらしいが、午前中は部活の受付と被るため、見に行けるのは午後の部からである。


 そのときにまた食い物を漁るとして―――


 ときに、浅草の食いモンといえばなんだろう。

 今回のテーマから文化を学ぶのであれば、最近の流行りものは除くとしても、やっぱり雷おこしとかがなければおかしい気がする。

 とはいえ、たかが模擬店をやるのに、わざわざもち米揚げてカラメル作って和えるのも手間だろうし、その許可のための検便なんてもっと嫌―――焼き芋や焼きトウモロコシの模擬店が多いのは、やっぱりそうした理由なのでしょうかねえ。

 農産物をただ加熱するだけの簡易な調理は、保健所への届け出が不要らしいから。

 他に浅草といえば人形焼きとか。

 と、そこまでパンフに目を通して、思わずぎょっとする。

「きょ、教頭(きょうとう)焼き? ってえなんだよ! 教頭にヤキ入れんのかよっ」

 すげえ、どんな猛者(もさ)

 よく読めば、教頭先生をモチーフとした人形焼きを作るらしい。

「へーえ」

 しかし、なぜ教頭なのだろう。


 興味があったので、ふたたび表の通りへと足を運んだ。

 このたいして意味もなく人だかりのする方へ移動してしまう己が習性を利用して、俺はさっそくその模擬店らしき店を見つけ出した。

 正面には、『疾風迅雷(しっぷうじんらい)、陸上部!』との勇ましい暖簾(のれん)が賑々しく飾り立てられて、その下には目当ての教頭焼きの立て看板があった。

 興味津々、集うギャラリーに混じって中を覗くと、制服ではなく和服姿の生徒らが奥に四、五人立っている。その中央にいる男の先輩が、片手にできたての教頭焼きを入れた紙袋を持って、大きな声で客寄せを行っていた。


 なんでも、文化祭の折にはOBから寄与された骨董品の焼き型を使って、わざわざ模擬店を出さなければならない伝統が陸上部にはあるらしく、その型も部にちなんで疾走する選手らの姿をモチーフにしていた。

 実際に見せてもらうと、確かに今にも走り出しそうなデザインである。けれども、俺の日常の感覚からしたら、もうどうしたって、国際標準化機構にも採用された、あの非常口の駆け込みマークのようにしか思えない。


 それで、なにゆえこれが教頭につながるのかと尋ねてみたら、

「ああん? そりゃあ、あれよ。あの人もうちの部のOBだからさ」

 と、まことにつまらんその内容。

 それでがっかりしていると、先輩は口を寄せて、囁くように言ってくる。

「まあそれは、表向きの話な。一年はほとんど知らねーと思うけど、実はあの人、ズラでよ」

 あ、その噂なら、俺も飛鳥(あすか)から聞かされている。

 なんでも、(かつら)の下にベビーパウダーを(まぶ)していたところを、うっかり見られてしまったとか、なんだとか。


「それが一昨年まで、まだうちの部活の顧問を受け持っていたときにさ――」


 練習中、よくさぼって世間話をしている生徒らを見つけては、自分の(かつら)を頭上で拝み取りし、必殺技を唱えながら、そのまま両手で投げつけていたというのだ。


「いやはや、もう、いろいろ吹っ切れておりますな」

「そりゃもう、失う毛根もない人だからよ」

 そして先輩は、ひとつ、大笑い。

「今じゃお歳を召して引退していらっしゃるが、当時のことは、うちらの間じゃあ、忘れようもないレジェンドとなってんのよ」

 それで人形焼きの、のっぺりした頭部のディティールを活用して、その(ふる)き良き伝説を後世にまで語り継ごうと、そうした商品名にしたのだそうな。


 とにかく、俺も一つお願いする。ひとつ百円だそうである。

「まいどっ!」

 陽気な先輩から、紙袋に入った熱々のそれを受け取った。

 今回の貴重なお話は、この学校で初めて手に入れた戦利品のようで、俺も妙に嬉しかった。


 そのうちに正門前では、さまざまなコスプレをした実行委員会の生徒たちがやってきて、家族づれの子供らを見つけては、宙に釣り上げた風船をひとつひとつ手渡しする。

 とくにそこの関税大統領やら毛沢山、プッチンなどの政治家モノはなかなかの出来栄えである。

 そんな風刺を利かせたコスプレを苦笑しながら眺めていると、俺は校門の入り口で、とんでもない太っちょのコスプレを見つけてしまう。


 なにがとんでもないかと申したら、胴体部分はほぼ球形、しかも作り物では決してなく、そこから太い手足がにゅっと飛び出している。

 そいつは混雑の合間から、ひびの入った白いお面を俺へ向けると、こちらへ歩きかけたが、なにやら学校の敷地の境でたたらを踏んでいた。

 はて、あそこまで肥えた知り合いは、少なくとも俺のデータベースには存在しないはずなのだが…。

 今も向こうはこちらを見ているのだろうけど、俺はそのまま知らない素振りで、他の生徒らと一緒に校舎の中へと入っていった。



 とにかく、俺は部室にいちど、戻ってみることにした。

 あのお嬢様から、なにか不審なものを校内で見かけたら、すぐにでも教えて欲しいと、あらかじめ申し伝えられていたからである。

 それで俺は部室へ入って、入ってしまって、びっくりして眼を見開くと、もうそのまま扉に寄りかかって、ぱたんと閉じる音がした。それから穴のあいた風船のように息を吐いて、扉を背にずるずるとしゃがみ込むのである。

 その一部始終を、下着姿のミカンコ嬢が黙って見ていた。

 ちょうど着替えをしていたところらしく、その脇では向日葵ちゃんが衣裳を両手で捧げ持って、じっと控えて立っていた。


「ひゃー、目玉をちょっとだけ引きずり出されるのは勘弁(かんべん)!」


 とっさにそう謝って、両眼を手で覆ってみせたものの、とくに叱ってくるわけでもないらしい。

「いったいどうしたら、目玉をちょっとだけ引きずり出せるのです?」

 興味を持ったミカンコが、面白がって聞いてくる。

「釣り針を目玉に引っかけて、そのまま二階から蹴落とすとか?」

「まあっ、よくもそんな怖ろしい想像力が働くものですのね」

 お嬢様は感心そうに、呆れたように下着の腰に手を当てた。

 それから脱いでいたブラウスを羽織るように肩にかけ、目隠しカーテンの向こう側へ逃れると、向日葵ちゃんにも手伝わせ、衣装を急いで整えていた。

 すこしして、ようやく落ち着いてきたこの俺は、目に焼き付けたばかりの尻のラインをしみじみ嘆じながら、外であった出来事をぽつりぽつりと語るのである。


「こ、これ、嘘じゃねえからな?」

 すると目隠しカーテンの向こうから、お嬢様がひょいと顔を出してくる。

「ご安心ください、作り話だとは思っておりませんわ。その相手でしたら、私にも少々心当たりがございますので」

「えっ、そうなの?」

 そう言われて、俺もほっと安堵した。

 なんせド〇エモンのごときあの風体である。創作と疑われても仕方のないものだった。

「多少は誇張したかもしれんけど、いったいあれは何年の先輩なんだ?」

「いえ、先輩でもないのです」

 カーテンの影からミカンコが笑う。なんでもあれは人ですらなく、向日葵ちゃんと同じ傀儡であるというのだ。


「え、そうなの? あれが?」

「まちがいございません。ですが向日葵さんほど特殊なものでもなく、以前に学校に現れた傀儡と、基本は同じものですよ」

「あの、なんとか砲で撃墜した?」

 今の向日葵ちゃんにすっかり慣らされてしまったが、そんな規格外の機動兵器みたいなものが、今も人に紛れて、外を平然と闊歩(かっぽ)しているというのである。


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