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その奇譚(きたん)、叶えるのは難あり  作者: あみの よもやま
18/33

塞翁の狗 二

 体育館裏、焼却炉――――。


 紙片にはそうと書かれているだけで、日付もなにもなかったけれど、あの面倒な渡し方からして、なにか俺だけに話したいことがあるらしい。

 だからちょっと身構えていたものの、午前は美術の授業が押しまくってくれたので、昼は皆、飯を口の中に入れるだけで精一杯。なにより久場(くば)ご本人も大人しく教室にいたものだから、あれが昼休みの呼び出しというわけではなさそうだ。

 となれば、その呼び出しは放課後のはず。


「なあ慶将(ちかまさ)。なんでおまえもついて来んの?」

「うん? たまたま目的の場所と方角が、キミの歩みと一致しただけではないのかな」

「嘘つけ。つか、顔近い、もっと離れろ」


 このところ、慶将は騒がしい女子たちと距離を置きたいときなど、よく俺の名を口にすることがあった。この俺になにか用事があると言えば、たいていの女子は離れてゆくというのである。

 まことに失礼極まりないが、こいつは俺の評判を利用していることがままあった。

「どうかしたかい?」慶将が()いてくる。

「なにが?」

「いや、なんだか盛大にため息をついていたようだからね」

 それで今度は意識してため息をついてみせた。「――はぁ。俺は穏やかで迷惑な放課後のひとときを楽しんでいるだけサ」

 慶将はにやりとした。

「そんなにいじけなくても大丈夫だよ、今回はキミを虫よけ代わりに使ったりはしないから。なにせ、ミカンコさんの勅命を受けているからね」

「やっぱり、そっちか」

 ほんと、奇想天外どころの話ではない。うちのクラス、マジで二匹めのドジョウらしいのだ。


「じゃあなに、久場もアレなわけ?」

「アレとは?」

 また堂々と(とぼ)けてくれやがる。

「てめぇらが(イヌ)だとかぬかす、アレのことだよっ」

「ああっ」

 慶将は今気づいたようにポンと手を叩くと、わざとらしく渋面を作った。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないね」

「そうだったら、またポ〇モンゲットするわけか」

 あの奇妙な文字の描かれた紙片を、今回もその懐に忍ばせているにちがいない。


「でもよ、希人の、というか桃太郎のお供みてーなもんなら、クラスメートなんだし、話し合いでなんとかならねえ?」

「話し合いで片付くなら、それに越したことはないさ」

 慶将も同意する。

「なら、悪霊退散、みてぇなことしなくてもよ」

「退散ではなく、調伏(ちょうぶく)だよ。けれども彼が無害であるのか、まだ未確定でね。もし本性を現したらどうなるか、ハンチ君も、そのことについて少しでも疑いを持ったことはないのかい?」

 俺はぽかんとして、歩みを止めた。

 慶将が、声を立てて笑ってくる。

「つまりハンチ君は、そんなことも考慮せずにいたと?」

「うるせえよっ」


 まったく知らない頃よりも、すこしは理解していたつもりだが、慶将にそう指摘されると、なにも言い返せない。

「今、僕たちがするべきことは、一見(いっけん)平凡そうな彼が、超常的な力を隠し持っているという事実を(あば)きたてることなんだよ。そのあと、調伏(ちょうぶく)するかしないかは、彼の行動次第ってことになるね」

「ふうん」

 暴いてみたところで、すぐさま起き上がり、仲間になりたそうな顔で見てくるわけでもないらしい。

「なら、キビダンゴでもくれてやれば、よくね?」

「それでうっかり敵になってしまったら、大変だよ」

「前にも言ってたけど、その敵って、何なのよ」

 そう()く俺に、慶将は目を細めて微笑んだ。

「桃太郎の敵といえば、もちろん決まっているだろう?」


 途中、藤の棚から垂れこぼれる陽を、俺は眩しそうに仰ぎ見た。

 その下には、今を盛りと赤やピンクのツツジが咲き乱れ、蜜を求めにやってきた蜂の羽音なども聞こえてくる。

 微睡(まどろ)みすら覚えるような、そんな午後のひとときに、鬼の存在なんかを明かされちゃってもなあ。


「それはつまり、桃太郎に必要なお供が()くように、もれなく鬼もついてくるってこと?」

「鬼どころか、そうした(イヌ)は基礎能力が高いから、魔人と呼び称されることの方が多いらしいよ」

「マジかよ。ミカンコがそう言ってたの?」

 あのお嬢様がそこまで警戒するのなら、かなりヤバい相手になるのだろう。


 そこへ、スピーカーを通して慶将(ちかまさ)を呼ぶアナウンスが聞こえてくる。


 一年二組の蜷山(になやま)くん、一年二組の蜷山くん、ご家族の方が参られております。おりましたら、玄関入り口受付まで来てください。くり返します―――


 お互い、顔を見合わせる。

「まったく、間が悪いな。これからってときなのに」

 慶将はかるくため息をついて、その長い金髪を()きあげた。

「おら、行って来いよ」

 家族というのなら仕方ない。俺は(あご)をしゃくって(うなが)した。

「なるべく手短に済ませてくるから、しばらく待っていてくれたまえ。くれぐれも、単独行動は避けること。いいね?」

 まるで生徒会長にでもなったような慶将の口ぶりである。

「そもそも、俺は関わりたくすらねぇんですけど」

「まあまあ、これもミカンコさんのためと思えば」

「ちっ、仕方ねえな」

 今更どうしようもないといえば、そうなのかもしれないが、恩義(おんぎ)てんこ盛りのお嬢様の名を出すのは反則である。

「わが身の不幸をあれこれ思い悩むよりは、いくぶん生産的だろう?」

 慶将は足取りをゆるめて、引き返していった。


 前回は、病院へかつぎこまれて両親をずいぶん心配させていたようだから、あいつもきっと、頭が上がらなくて参っているのだろう。

 俺は近くの校舎の扉前に段差を見つけて、そこに座り込む。

 放課後は、家へ帰ることくらいしかやることがないので、せめて自分の制服のほこりでも掃おうと、百均のブラシを取り出した。

 まあなんとも可愛らしいピンクのブラシであったが、こんなものでも、入学祝と称しあの妹がくれたものだから、大事にしてやらねばならないのだろう。

 プラの安っぽいそれを俺がしげしげ眺めていると、いきなり、後ろからドーンと突き飛ばされる。


「あうっ!」


 手から離れたブラシを宙で華麗(かれい)にキャッチして、受け身をとる。そうして傷だらけの(なん)をあやうく逃れたが、振り返るとミカンコが非常扉からひょっこり顔を出していた。

 こんなところに人がいるとは思っていなかったらしく、ひどく驚いているご様子だ。

「あらあら、なにか物が置いてあるのかと思いましたら―――」

「物じゃねーよっ」

 俺の顔を見つけると、ミカンコの口許がほんのり和らいだ。それを(たもと)に見立てた指先ですっと隠す仕草なんぞは、いかにも良い処のお嬢様風である。

「ほら、時間がありませんので立ってください。早く行きますよ」

 ミカンコは地面に靴を落としながら、そんなことを言った。

「いやさ、待ってんだよ、慶将を」

「彼なら、すこし時間がかかると思います、ですから、ね?」

 俺は(すそ)の埃をはらいつつ、ミカンコを仰ぎ見た。その「ね?」には、いつにも増して妙な色気があったものである。


「で、どうすんだよ。久場のこと」

 お嬢様の良く揺れるスカートの尻を眺めながら、俺は口を開いた。

「あなたでしたら、どうなさいます?」

「いや、どうって…」

 そりゃあクラスメートなんだし、敵対するよりも仲間になってくれた方が助かるに決まっている。仲間が多ければ多いほど、俺も楽ができそうだしな。

「たぶん、あいつなら仲間になってくれるんじゃねーの?」

 後ろをついて歩く俺を、ミカンコが肩越しに振り返った。

「ホホ、ずいぶん自信がおありですこと」

「自信? なんのこっちゃい」

「その久場くんにも、あなたを選ぶ権利があるのですよ?」

 それはさきほど慶将から聞かされている。その後の行動が、仲間としての指針になるとか、ならないとか。

「今回、下手したら魔人になるんだっけ?」


 芝の法面の向こう、広い淡黄の運動場の上に、初夏の陽が明暗をみせて揺らめいている。

 風もなく、あたりは静かで人影もない。

 この俺は、いきなり歩みを止めたお嬢様の後ろに立って、まごついていた。


「おいおい、いきなりどうしたよ」

「魔人、ですか」

 こう言いつつ、遠望を見渡していたミカンコの眼が、はからずもこちらへ向いてくる。

「それを知って、なんて暢気(のんき)―――コホンッ、そのことを御存じで、どうしたらそんな態度でいられるのでしょう」

 その声には俺に問いかけるというよりも、むしろ叱るような不快と憤りとが露骨に現れていた。

「は?」

 俺は目をぱちくりとさせる。

 そして、しばし沈黙したのち、

「いや、ひょっとしたら鬼なんかじゃなくて魔人かもって、さっき慶将がそんな話をしていたからよ」

 すると、今度はミカンコの方が沈黙を強いられる番となった。

「どうした?」

「いえ、その、そうなのですか…」


 このとき、俺は、ふと感じた。

 今のお嬢様、なにかが違う―――してみると、その感情の起伏、丸みを帯びた尻のラインもいつもとは微妙に違う気がする。あくまで俺の主観的なものだけど、なぜだろう、そうした妄念すら湧いてくる。

 尻の大きさを真顔で()くわけにもいかないから、この場では、あえて黙っていたのだけれど。


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