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魔法使いは唱えない  作者: 0
一章 門出
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三話 新生活(前)


 アセビの交渉という名の脅迫の翌日。

 その日からルピスは、ルチルの営む商館で家事と炊事を習うことになった。


 早速訪れたルチルの商館。

 その一階の受付でルピスが向かい合うのは、商館の責任者であるルチル。


 ルーズサイドテールに結った、豊かな透明感のある金髪の毛先をいじりながら、

「その、ルピスのご主人様は何か言っていた?」


 ルチルの遠慮がちな質問に、ルピスは首をフルフルと横に振り、

《なにも言ってなかった》

 ルピスが念波でそう伝えると、

「あら、ルピス。あなた魔法が?」

 驚いた様子のルチルに、

《うん、アセビに教わった。これしかまだつかえないけど》

 

 ルピスがはにかんでそう伝えると、ルチルはそれ以上何も言わずにただ優しく微笑んだ。


 その後、二人で教育方針について話し合いを続ける。

 ルピスもルチルも、アセビが何をどこまで期待しているかわからず、まずは一般的な家事について学ぶという話になった。


 炊事、洗濯に裁縫。

 炊事は食材の選び方から始まり、下ごしらえの仕方、包丁の扱い、配膳など一通り。


 商館の長であるルチルが手ずから、ルピスの世話にあたった。

 

「覚えている? ルピスのお値段。白金貨十枚よ。白金貨一枚でも今すぐに仕事を畳んでも一生遊んで暮らせる額なの。それが十枚」

 

 これはそのアフターサービスよ、そう言って笑った。

 

 ルチルは善良な女性のようだった。

 少なくともファトス家に雇われていた家庭教師のように、ルピスがなにか失敗しても侮蔑の視線や体罰を与えることはなかった。

 それどころか、まだ付き合いの始まったばかりの関係性だが、今のルピスの知る限りでは一番優しいの人間性の持ち主だと感じていた。

 彼女の周囲の光も他の光と比べて、優しい色を放っているのも、何も気のせいではないだろう。


 陽が昇り始め、地平線が明るくなるころに、宿を抜け出して商館へと向かい、陽が地平線の向こうへとその姿を隠すころに宿へと帰る。


 それがルピスの新生活が始まった。


 ルピスは脇目もふらずに一所懸命に教えられたことを学んだ。

 乾ききった砂漠のように、ルピスは教育という名の与えられた水を一滴も逃すまいと吸い込んだ。


 それには、念波による意思疎通が後押しした。

 念波を覚えたことにより可能になった、ルピスがこれまではできなかった”尋ねる”という行為。これがルピスの成長に早速大きく買って出ていた。


 アセビに筆談を禁じられるまでもなく、意思疎通ができる喜び、魔法が使える喜びに後押しされルピスはいつも念波を使った。

 それは宿や町で視線が会う人会う人と視線が合うたびに、念波で挨拶を交わすほどに。


 アセビは朝にあまり強くないようで、ルピスが宿を抜けるときはいつも寝ていた。

 反対に夜には強いようで、夜がな度数の強い酒を好んで口にしていた。


 この日の夜も、どこかで調達してきた体の半分の大きさはあろうかという、瓢箪に入った酒を気持ちよさそうにあおっていた。


 寝具の上に座るルピスとアセビ。

 

 アセビはルピスの肩に手を回し、乱暴に引き寄せると、

「――どうだ。調子は?」

 酒臭い息を漂わせながらそう尋ねた。


 ルピスは強い酒精の匂いに一瞬だけ顔をしかめると、

《いい感じ。でも、まだ三日目。アセビの役に立つにはもうちょっとかかると思う》

「そうかそうか。がんばっているようで何よりだ」


 アセビはそう言うと、巨大な瓢箪を片手で持ち上げてぐびぐびとその中の液体で喉を鳴らす。

 

 そんなアセビを見て、ルピスはふと気になった。

 

《アセビはぼくがいない間は何をしているの?》

「私? 私はそうだな、冒険者でなー、あははは」


 この日はかなりの深酒のようだった。

 アセビが口を開くたびに、むせ返るような酒精の香りがルピスの嗅覚を刺激した。


「最近このあたりの魔物の活動が活発になってるからな。私はその退治に出ていることが多いな。魔法協会の出す討伐系の依頼は手っ取り早く金になる」

《そのためにこの町へ来たの?》


 そうだとしたら少し妙な話だと思った。

 

 なぜなら、他でもないルピスの購入に白金貨十枚も費やしたからだ。

 ルピス自身まだ正確にその価値がどのくらいなのか把握していなかったが、それでも周囲の反応を見るにその額が大きいことは理解していた。

 その価値が自分にあるのか、なぜアセビがルピスを買ったのか。そこがルピスには理解できなかった。

 

「私の探し物がこの町にあると思ったんだがなー。どうやら勘違いだったみたいだ。んぐ……ぷはぁー、今夜も酒がうめぇ」


 金ではない、と言う。何か探し物があるんだと。

 

《探し物?》 

「あぁ、私には探し物があるんだ。それを探すためには金がいるからなー。冒険者をやってる。……まぁ、金なんてなくてもぶん殴って奪えばいいんだが、人の世でそうすると面倒なことになるからなー」

 

 赤ら顔でからからと笑うアセビ。


 それはまるで経験してきたかのような口ぶりだった。

 おそらく、実際のそうやっていたころもあったのだろう。わざわざ確かめることはしなかったがそう感じた。


 ルピスはアセビの探し物に興味が沸いた。

 大枚をはたいて奴隷を買う金を持ち、商館で見せた殺気からしてかなりの実力者であることをうかがわせるアセビの探し物とやらに。


 ――聞いても怒られないかな?


 そう思いながらも、湧き上がった好奇心は抑えきれず、

《何を探しているのか、聞いてもいい……?》

 アセビに肩を抱かれながら、アセビの顔を見ないように正面を見つめてそう尋ねた。


 しかし、返事はなかった。


 念波が弱かったのかと思い、もう一度尋ねる。

《あの……ッ! アセビは何を探しているの……?》


 それでもやはり返事はなかった。


 怒らせたかと思い、恐る恐る顔を見上げると、

「……すぴー」

 アセビは器用にルピスの肩を抱き寄せたまま、気持よさそうに寝ていた。


 ほっと胸を撫で下ろしたルピスは、そっと肩に回された腕を取ると、アセビをゆっくりと布団の上へ横倒しにする。


 ――たしか、酔いつぶれた主人の介抱は、装飾品や上着や靴を脱がして楽な状態にする。

 つい先日、ルチルの商館で学んだばかりの知識を早速使う日が来たようだ。


 アセビが羽織っていた上着を脱がす。

 豊かな双丘の谷間が露わになる。形の良い胸はまるで重力に逆らうようにその存在を主張していた。呼吸に合わせて双丘が上下に揺れる。

 精通をまだ迎えていないルピスであったが、何か見てはいけないものを見てしまった気持ちになり、薄手の毛布を被せてそれを覆った。


 自分の寝支度も整えると、燭台の明かりを消し、ベッドの隅に潜り込む。


 するとほどなくして、アセビが抱き枕代わりとばかりに後ろからルピスを抱きしめた。

 温かさと柔らかさと酒臭さに包まれて、ルピスの意識も次第に薄れていくのであった。

 

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