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魔法使いは唱えない  作者: 0
一章 門出
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六話 忍び寄る影(中)


 ルピスが七歳の誕生日を迎えてから一週間が経った。


 夜明けとともに家を出て屋敷で働き、日没とともに帰る。

 宿に帰ると<照明>の魔法の練習。そんな一週間。


 しかし――、

《また失敗……》


 ルピスは一度たりとも<照明>の魔法を成功させることができないでいた。


 光が灯る気配すらない。


 初日以降はアセビも助言らしい助言を与えることはない。

 今もどこで手に入れたのか、酒瓶を片手にルピスを見つめているだけであった。

 

《アセビ、もう一回見せてくれる?》

「ほらよ、<照明ライト>」


 寝具の上に寝そべりながら、酒を胃へ流し込んでいたアセビだが、ルピスの要望に応えて魔法を行使する。

 助言こそ与えてはくれないが、頼めば何度でも魔法は行使してくれる。


 詠唱のあとに現れたのは、ほのかな赤色を伴う黄色の光。

 まさしくアセビのまとうイメージの色の光が、虚空へと出現した。


《やっぱり魔法を使うと、宙に浮かぶ光たちも元気になっているんだよね。でも、ぼくのときは全然元気にならない。なんでだろう?》

 

 妖精眼と呼ばれる魔眼を有するルピスには、世界は光で満ちていた。

 その光たちは、千差万別の輝きを放ちながらどこにでもいる。空にも地面にも人にも。家具にだって。


「さぁな? 私にだってその光は見えないからな。そればっかりは自分で見つけるしかない」

 アセビはそう言うと、再び手にした酒をあおった。

 

 ルピスの目に映るのは宙に揺蕩う光たち。


 その目に映る光へとおもむろに手を差し伸べる。

 その光には触れるのだろうか。触るとどんな感触なのだろうか。

 そう思ったのは一度や二度ではない。

 

 しかし。その指が光まであと少し、というところになると光は近づけた指先から、ぴゅーと逃げていく。

 いつだって光たちは恥ずかしがり屋さんだった。そのくせ、目を離すとすぐに近づいてくる。

 

 ――見守ってくれているのかな。


 アセビは言った。

 見えるものばかり見てきたせいで、見るべきものが見えなくなっているんだろう、と。

 

 そして、この前のアセビとの対峙したときに、この光こそがルピスが見るべきものだということを学んだ。

 しかし、今は妖精眼を通してただ光が見えるだけ。


 そもそも――

《妖精眼ってどういう力があるの?》

 ルピスは寝具の上に横たわるアセビへと再び視線を向けた。


 妖精が見えるだけ? それは何のために?

 

 アセビはその視線に反応するようにむくりと寝具の上で上体を起こした。

 

「それはな――」

 

 もったいぶるように言葉を溜めるアセビに、ルピスは喉を鳴らした。


 《それは――?》


 魔眼の中でも特別だと言う妖精眼。

 その力がわかれば、なにか力になるかもしれない。


 そう思うと肩に力も入る。

 

 

「――知らんッ!」


 

 そう言い切ると、アセビはカラカラと声に出して笑った。

 

《えー?》

 言葉を溜めておいてそれ? と言わんばかりにジト目を送る。


「私から言えるのは、ルピス――お前の瞳は妖精の世界を映しているということだ」

《それはこの前も聞いたよ!》

 不満です、とルピスはその口を尖らせた。


 アセビはルピスの不満もなんのその。

 寝具の上で酒瓶をあおると、再び寝具の上に横たわった。


 どれほど強い酒を飲んでいるのか。

 窓を開け放っている部屋だが、酒精の匂いがルピスの鼻孔をくすぐった。


 横になったアセビはそれ以上に口を開きそうな気配はなかった。


 ルピスもそれ以上は追求することなく、再び視界に映る光へと視線を移す。

 

 視界の中で輝く光たちは魔法の詠唱に呼応してより強く輝く。

 ルピスはそのことから、魔法と光に何か関係があることを察していた。


 察してはいるのだが、それがどう関係するか。

 もっと掘り下げていくと、どうやって関係させるか。それがわからないでいた。


 考えられるのは、魔法の詠唱。

 魔法の詠唱というのは、魔法の発現の鍵。それは誰でも知っている。


 では、無詠唱魔法の場合、その鍵は何で代用することができるのだろうか。

 それがこの魔法を行使する答えのような気がしてならなかった。

 

 ◆ ◆ ◆ ◇


《――っていう感じで、今は<照明>の魔法を練習しているんだ》

「ルピスはがんばり屋さんだね」


 屋敷での依頼を終えて、帰り道につく二人。

 

 ルピスたち同様に、迫る日没を前に帰路へとつく人たちで通りも賑わっている。

 二人は人込みではぐれないように手を取って歩いていた。


 奴隷商人と奴隷。

 まるで姉弟のように仲睦まじく手を繋いで歩く二人の関係性をあてられるものが、果たしているだろうか。

 それほどほのぼのとした空気が二人の間には流れていた。


 ルピスはルチルの顔を見上げると、

《ルチルも<照明>を使えるの?》

 

 ルピスの問い掛けに豊かなその双丘を軽く叩き、

「もちろんよ。商人にとってもその魔法は必須の魔法だからね、<照明>」

 ルチルはルピスに見えるように、指先に光を灯してみせる。


 ルチルの光は、アセビのように鮮烈ではないが、優しい光だった。

 

《アセビの<照明>とは光の色が違う……?》

「そうね。彼女の魔法属性は火と雷でしょう。私は雷と土だから、彼女の光の方が明るい色をしているのじゃないかしら」

《魔法属性……》


 言われてみれば、二人の近くに浮かぶ光の色はまさにルチルが言った通りの色に別れていた。

 アセビの近くに浮かぶのは赤色と黄色。ルチルは黄色と褐色。


 ルピスは首を振って自身の周囲を見回した。


 ――ぼくの色は何色だろうか?


 魔法使いの格言の一つに『汝、その者の色を見よ』というものがある。

 魔法属性と髪色、瞳色などのその人物がもつ色には相関関係があるというものだ。


 その者のもつ色が、その者の魔法属性をすべて表すかと言えば、そうではないこともある。

 しかし、その者がもつ色は、その者がもつ魔法属性を少なくとも表しているのだ。


 白眼白髪という魔法使い中でも異端な色。

 それがルピスのもつ色。ルピスがファトス家を追放された理由の一つ。


 白色と言えば、一般的には水属性か光属性を想起させるが、それはそのままルピスにも当てはまるのだろうか。


 ルチルも同じことを考えていたのか、

「ルピスはどんな色をしているのかしらね?」

 ルピスへと微笑みかける。


 ルピスは一瞬だけ考える素振りを見せ、

《んー、わかんない》

 首を横に小さく振った。

「それもこの先の楽しみだね。わかったらそのときは私にも教えてね」

 ルピスは隣を歩くルチルの優しい顔を見上げると、

《うん。わかった》

 頷いてみせた。


 ルチルもルピスを見つめると、二人の間に柔らかい空気が流れる。

 

 そんなときだった。

 

 その声が不意を衝いて訪れたのは。


「――ルチル・レイテッド。ルピス・ファトス」


 雑踏の中、すれ違いざまに二人の名前を呼ぶ声。

 呼ぶというより、呟く、という方がしっくりくるような声音。

 

 それは男性特有の低い声だった。

 人混みの中でその声は、やけにはっきりと二人の耳に入ってきた。

 

 ルチルはすぐにその声に反応すると、

「誰ッ!?」

 立ち止まって背後を振り返った。


 つい最近、ルピスを巡って中級冒険者に襲撃されたとあって、ルチルも気が立っているようだった。

 注意深く雑踏の中に視線を巡らせている。


 ルピスも同様に立ち止まって背後を見つめるが、既にその声の主は人込みに飲まれた後であった。


《ぼくたちの名前を呼んだ?》

「えぇ、しかもご丁寧にフルネームで。またルピスのご主人様を巡る話かな……」


 流れ者の冒険者であるアセビは、この町の冒険者の一部から恨みを買っているようであった。

 その一件が先日のルピスの誘拐未遂へと繋がった。

 

 ルピスの先日の一件を振り返ると。

《そう言えば、この前襲ってきた冒険者の人が『”理不尽の権化(ノールール)”に恨みを持つ者は俺たちだけじゃない』って……》


 高価なことで知られる転移魔法の魔具を、襲撃してきた冒険者たちに提供した者がいる。

 しかし、その足取りを掴むことができていなかった。アセビが冒険者たちを返り討ちにした際、彼らへ問い詰めるも提供者に辿り着けないように幾重にも仲介を挟んでおり、アセビが面倒くさがったこともあって、有耶無耶に終わっていた。

 

「わかったわ。帰ったら真っ先にご主人様へこのことを伝えるのよ?」


 その後はあまり口数を開くことはなく、周囲を警戒しながら二人は引き続き帰路へとつくのであった。

 

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