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魔法使いは唱えない  作者: 0
一章 門出
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五話 世界との対話(中)


 ルピスも中級冒険者たちも固唾を呑んで見守る中、その顔を覆ったローブの影がはらわれた。


 それは美女、という言葉がこの上なく似合う存在で。 

 女性にしては長身で、かつ服の上からでもわかる整った体つき。

 鮮やかな赤毛は毛先に向かうにつれて、これまた鮮やか黄色へと変わるグラデーションカラー。

 夕日に照らされた左右の瞳は赤と黄の宝石のように光輝く。


 それはアセビだった。


 しかし、ルピスの知るアセビとはどこか雰囲気が違った。

 どこか苛立った様子で、彼女の周りの鮮烈な光もどこかとげとげしい。


 アセビはルピスに絡む三人を、その赤と黄のオッドアイで射抜く。

 

「失せろ、三下」


 決して大きな声ではない。

 しかし、女性にしては低めのその声は裏通りによく響いた。


 ルピスは戦士ではない。まだ魔法使いでもない。

 戦争を経験したことはない。対人戦だってない。


 昨日の竜を退ける戦いが、人生で初めて遭遇した戦いだと言えるだろう。


 そんなルピスでもわかることがあった。


 ルピスを襲った襲撃犯たちとアセビとは――

 

 

 ――格が違う。


 

 男たちに襲われた恐怖はなくなった。

 アセビが現れたことによって、彼らの刃がもうルピスに届くことはないのだと、本能が理解していた。


 それは襲撃した男たちも同じなのだろう。

 彼らの顔にはいつの間にか珠のような汗がびっしりと浮かんでいた。

 その顔色は悪く、呼吸も浅い。


 先頭に立つ剣士の男が、

「……”理不尽の権化(ノールール)”」

 アセビを睨めつけながら、絞り出すように声を出した。


 彼だけはいまだに得物を構えていた。

 しかし、その後ろの二人は既に腰が引けており、視線にも隠せない怯えが浮かんでいた。


「私に不満があるようだな。コソコソとしてないで剣士らしく直接かかってきたらどうだ? ん? 仮にも中級冒険者なのだろう。お前たちの目の前にいるのはか弱い女冒険者ただ一人だぞ?」


 アセビがか弱い……? それは味方であるルピスからしても、少し無理がある表現だった。

 もちろん思っていても、この状況で念波に出すことはしない。


「もし私に勝てたら、ルピスを襲った件は不問にしよう。逆に逃げれば、そうだな……冒険者らしく魔法協会へとこの件を報告することにしようか」

 

 挑発するようなアセビの物言いに剣士が唇を噛む。

「……やるぞ。援護しろ」

「ほ、本気か?」

「俺たちが襲ったことを協会に知られたら厳罰だ。降級だってありえる」


 降級、という言葉に残りの二人は唾を呑んだ。

 冒険者にとって降級という罰は、それだけ意味のあることのようだ。


 剣士の言葉に引っ張られ、剣士に遅れて他の二人の目にも覚悟の色が浮かんだ。


 三人の冒険者は得物に手をあて、それぞれ身構えた。


 初手を取ったのは重戦士。

 鈍重そうな見た目に反して、素早く走り出すと、抜剣してアセビに切りかかる。

 弓兵がそれを援護するように弓を速射する。

 

 重戦士のその俊敏さにはルピスは目を剥いた。

 

 しかし、当のアセビは欠伸をかましており、弓の軌道を見ることなく体を左右に揺らすだけで、これを回避。

 重戦士の攻撃も避けると、大剣が地面をえぐり取る。余波で生まれたその破片でさえ凶器と化す。


 アセビが躱した大剣の足を乗せると、重戦士がいくら力を込めても大剣はぴくりとも動かない。

 

「それ」

 気の抜けたような声と共に、アセビが振り返るざまにノロノロとした掌底を繰り出すと、いつの間にか背後に忍び寄っていた剣士の顎に突きささる。


 もんどりうって倒れた剣士はしたたかに頭を地面に打ちつけると、起き上がることはなかった。

 

 剣士があまりにも勢いよく倒れたものだから、

《……死んだ?》

 ルピスが恐る恐る尋ねると、

「いや、気を失っているだけだ。手加減したから仮にも中級冒険者が死ぬことはないだろう」


 自分を襲った人物とあって胸中は複雑な気持ちだが、少なくとも死んでないということを聞いて、ルピスはほっと胸を撫で下ろした。

 

 アセビはその視線を、ルピスから踏みつけた大剣の持ち主の重戦士へと切り替えると、

「――まだやるか?」


 重戦士は力なく手にしていた大剣を手放した。

 少し離れた距離では同様に弓兵の男も弓を仕舞い込み、両手を上げて戦意がないことを示していた。


 ◆ ◇


 アビセは襲撃者たちに二度と関わらないように釘を刺すと、その場を後にした。


 宿泊する宿への道を歩く二人。

 道草をくわされたせいで、いつもの道がいつもより薄暗く感じた。

 

《助けてくれてありがとう》

「当たり前だ。なにせ、おまえは私のものだからな」

 先を歩くアセビはぶっきらぼうにそう返した。


 赤と黄のグラデーションカラーの髪の内側に見えたその表情はどこか硬かった。


 しばらく無言で歩く二人。


 アセビがボツリと切り出す。

「……お前は奴らになぜ反抗しなかった?」

《……え?》


 ルピスは戸惑いを隠せなかった。


 奴らとは先ほどの襲ってきた冒険者たちだろう。

 中級冒険者だと言った彼ら。人一人の命を奪うことはわけない装備。

 その彼らに、無手の、魔法も念波しか使えない六歳の子どもに何ができるというのだろうか。


 ルピスはアセビがなぜそんなことを聞くのかわからなかった。


 しかし、アセビはそう思っていないようで、

「今のおまえでもあの程度の奴ら、追い払うことはできただろう」 

《無理だよ……三人とも強そうだったし、武器を持っていたし……》


 冒険者でも初心者の殻を抜け出した中級冒険者たち。

 そんな三人を前にルピスは端から戦う、という選択肢がなかった。


 一歩先を歩くアセビの顔を見上げると、

《だから、こうやってアセビが助けてくれてぼくは――》


 

「がっかりさせるなよ」


 

 ――嬉しかった。


 アセビの突き放すような言葉に、全身に冷や水を浴びせられたような冷たさを覚えた。

 見上げたアセビの顔には、生家であり、ルピスを追放したファトス家で見慣れた感情が透けて見えた。

 

 それは――苛立ち。


 ファトス家でもっともルピスに向けられることが多かった感情。

 物心ついたときから負の感情を向けられ続けたルピスは、そういった感情には敏感だった。

 その感情には慣れてはいた。ただ、慣れているからと言って嬉しいものでは決してない。

 まして、それが心を許し始めた者から向けられたのだから、なおさらである。


 世界から暖かさが消え、ルピスにだけ冬が訪れた心地になった。


 わからなかった。なぜ、急にそのような態度をとるのか。

 これまで、母のように姉のように、恋人のようにルピスを見守っていたアセビ。

 その出会いこそ特殊だったけど、実の家族以上に家族へとなれそうな存在。


 新しい家族がかつての家族と同じ表情を浮かべている。


 それだけでルピスは生きた心地がしなくなる。


 ――なんで。どうしてそんなことを言うのか。


 そう思うと胸が熱くなり、目頭も急に熱をもち始める。

 視界が熱くにじむ中、一歩先を歩くアセビに視線を送る。


 今はその一歩がやけに遠く感じた。

 

「お前もまた見えるものばかり見てきたせいで、見るべきものが見えなくなっているんだろうな」

 

 独り言のように吐き出されたその言葉に返す言葉がなかった。

 ルピスを買ったその日にも、アセビがファトス家に向けた呟いていた言葉。

 今はその言葉がルピスに向けられていた。


 ――見えるもの? 見るべきもの?


 アセビはいったい何を言っているのか。ルピスにはそれがわからない。

 縮まった二人の距離が、縮まってなおまだまだ遠いことをいま改めて思い知らされた。


《な、何を言っているの……? ぼくにもわかるように話してよ……!》


 それは心からの叫びだった。

 

 しかし、アセビはそれには答えない。

 

 話をぶった切るように、

「お前を拾った日に話していた光とやらは今も見えているのか?」


 ルピスは一瞬戸惑ったが、鼻を啜るとコクリと頷いた。


 その反応に、

「……ちょっと確かめたいことがある。このまま出かけるぞ」


 ちょうど宿の前へと差しかかかっていたが、アセビはその足を止めることなく宿を素通りして歩き続ける。

 それに遅れまいと付いて行くルピス。


 先を歩くアセビの真剣な表情に、ルピスは不安で胸がいっぱいだった。

 


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