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魔法使いは唱えない  作者: 0
一章 門出
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五話 世界との対話(前)


 この日の屋敷での作業を終えたルピスは、ルチルに連れられ、宿への帰路へとついていた。

 依頼先の屋敷がある貴人の区画では、等間隔に設置された魔具の街灯たちがその出番を迎えようとしていた。


「ルピスは明日で七歳の誕生日なのね」

《うん》


 他愛もない二人の会話の中で、話題がルピスの誕生日の話になった。


「ルピスのご主人様は知っているのかな?」

《……そういうの気にするような人じゃないと思う》


 言葉を選んでルピスはそう答えた。

 ずぼらでいい加減そうだから、と言わないだけの分別は既に持ち合わせていた。


「明日の依頼は休む?」


 七と言う数字は大陸では縁起のある数字。

 古来より、魔法使いの家系に生まれた子女の七歳の誕生日は、他の誕生日より一段と盛大に祝う習慣があった。


 ルピスもそれを知らないわけではない。

 軟禁生活に入る直前の記憶。ファトス家と所縁のある貴族の子女の七歳の誕生日パーティーに参加したことがあった。

 

 それはとても立派な式で、ドレスを纏った主賓の子女はその輪の式の中心で光を纏っていた。

 ルピスも、自分の七歳の誕生日もこんなキラキラとした光に照らされて誕生日を祝われたいな、と思った。

 

 しかし、現実は無常。それから数日後、キラキラからはほど遠い軟禁生活を強いられることになった。


 ルピスはルチルの言葉に首を振ると、

《ううん……。いいよ。いつも通りで。はやく一人前にならなくちゃ》

 

 毎日山のような仕事があり、学ぶことも多く、一日というものはあっという間に過ぎていく。


 ルピスはすこしでも早く魔法を学びたかった。

 アセビはルピスが役に立てば、次の魔法を教えてくれると言う。


 ルピスが初めて使えるようになった魔法<念波>。

 アセビに教えてもらったこの魔法は、声の出せないルピスに人との円滑な意思疎通を可能にした。


 魔法使いの名門一族に雇われた、身元も確かな家庭教師が年の月日をかけて教えても、初級魔法一つ使えなかったルピス。

 諦めかけていた魔法使いという夢を、再び開いてくれたのはアセビという出自不明の女性。

 冒険者であり”理不尽の権化(ノールール)”という派手な二つ名をもつ彼女は、ルピスにとって優れた魔法教師だった。

 

 そんな彼女が次に何を教えてくれるのだろうか。

 そう思うと、日々の雑用や肉体労働も苦ではなかった。


 ルチルは隣を歩くルピスの頭を撫でると、

「そう……。偉いねルピスは」

 柔らかく微笑んだ。

 

 お姉ちゃんがいたらこんな感じだったのだろうか、とルピスが思いを馳せていたときだった。


「――おい、ガキ。ちょっとツラ貸せよ」

 

 二人の進行方向の通路のわき道から、三人の男たちが姿を現したのは。

 身軽な装備に腰の剣をぶら下げた剣士。全身を鎧で包み、大楯をもった重戦士。弓を携えた弓兵。


 魔法協会で依頼を受けに行った際、絡んできた男とその仲間たちであった。

 

 ルチルもそれに気がついた様子で、

「またあなたたち?」

 眉を寄せてため息を吐いた。


「奴隷商人。お前に用はない」

「奇遇ね。私もないわ」


 以前彼らに絡まれたときと似たような状況。

 ただし、今回は周囲に人の気配はなく、前回のように騒ぎ立てられることを嫌って相手が退散する、ということを見込めそうにない。

 

 ルチルは一歩前に出て、ルピスをその背後へと隠す。

 

「……あなたたち正気? 他人の、ましてや高位の冒険者の奴隷に手を出すなんて」

「白髪頭に恨みはない。ただ、”理不尽の権化(ノールール)”。あいつはダメだ。あいつのせいで今この町の依頼のバランスは滅茶苦茶だ」


 剣士の男はそう言って、アセビのもたらした変化を語った。

 彼らの主張をまとめると、どうやらアセビは日がな高額報酬の依頼を片っ端から独占しているようだ。


 冒険者の世界は完全実力主義。

 依頼人からすれば、同じ依頼料でより実力のある者に受けてもらう方が好ましい。

 依頼を仲介する魔法協会からしても同様だ。冒険者が同時に受ける依頼の量に制限はない。受けた依頼を期限以内にこなしてくれるのあれば、誰も困らない。

 ゆえに、ときとして一部の実力者による高額依頼の独占と言うのは往々にして起こりうる。

 

「――それで本人に直接勝てないから、奴隷を人質に取ろうって言うの?」

 見下げた男たちね、と軽蔑した視線を送るルチルに、

「お前に言って聞かせる義理はない。そもそもお前がアイツにガキを売らなければ、こんなことにもならなかったんだがな」


 先頭に立つ剣士の男は、ルピスへ哀れみの視線を送る。

 

 しかし、その哀れみの感情もすぐに敵意の感情へと変わる。

 悪意の感情が、見えない刃となってルピスへと襲い掛かる。


「――殺しはしない。殺したら意味がないからな」


 剣士の男がとうとう腰の得物を抜いた。

 夕日の残り火を浴びて光るのは剣士の凶刃。

 

 それを見たルチルの顔が強張る。

「それで高位の冒険者が手を引くと、本気でそう思っているの?」

「黙れ! おいッ!」


 剣士の掛け声で、剣士の後ろにいた二人の男たちも動き出す。

 重戦士の男は下げていた剣と盾と構え直し、剣士の男の横に並び出る。

 弓兵の男は背中の矢筒から矢を取り出すと、静かに手にした弓矢を構える。


「商人だからって、舐めてもらっちゃ困るんだから……ッ!」

 

 ルチルの周囲に浮かんでいた光の輝きが増していく。


「――舐めちゃいないさ」


 剣士の男は笑った。

 

 いつのまにかルチルの背後にもう一つの影。

 ルピスを瞬く間に追い越して現れた影は、ルチルに襲い掛かった。


「これってッ――!?」 


 男の影がルチルと交差すると、彼女の体が光り出す。

 そして、次の瞬間に彼女は忽然とその場から姿を消した。


 その場に一枚の紙きれを残して。

 

 ――え?

 

 剣士の男は、それを為した軽装の男を見て笑みを浮かべると、

「よくやった。さすがは盗賊(シーフ)。商人の眼を盗むのはお手の者だな」

「前回魔法協会で会ったときに、俺の姿は見られてなかったからな」 

 

 目を丸くするほかないルピスをよそに、剣士の男がルピスへと歩み寄る。

 

「安心しろ。奴隷商人は死んじゃいない」


 ひらひらと舞い落ちた紙切れを拾い、その懐に仕舞い込むと、

「これは転移魔法の応用だ。転移魔法陣で相手を強制転移させるってわけだ。冒険者の間では裏ワザとして有名な技でな。転移魔法の魔具は末端価格でも金貨はくだらない代物なんだが……”理不尽の権化(ノールール)”に恨みを持つ者は俺たちだけじゃない。アイツを黙らせるという条件で、この高額な移動式魔法(スクロール)を融通してくれた人がいるってわけだ」


 目の前に立った剣士の男は、中級冒険者を自負するだけの迫力があった。

 年のころはルチルぐらいだろうか。鋭い眼光。鍛えられた体に刻まれている大小問わない無数の傷。

 男女の違いもあるだろうが、彼女のおっとりとした雰囲気とは異なり、目の前の男にはぎらついていた。


 素早く首と視線を動かして逃げ道を探るも、いつの間にか盗賊の男がルピスの逃げ道を塞ぐように後ろに回っていた。


「どうする白髪頭? お前も俺たちに逆らうのか?」


 剣士の男の目が据わっていた。

 返事次第ではルピスに害が及ぶのは想像に難くない。


 ルピスは剣士の男の剣幕に唾を呑みこんだ。


 抵抗? そんな気概は到底わきあがらなかった。

 剣どころか魔法もろくに使えない。そんな自分に何ができるのか。


 ルピスは諦めてふっと肩の力を抜いた。


 力を抜くとその世界は広く見えた。

 瞳の世界の中で相変わらず光が無邪気に光っていた。


 魔眼をもっているとアセビは言った。

 そして、それはとても珍しいものだとも。


 でも、そんなものよりもルピスは普通に喋れて、普通に魔法を使えるほうが良かった。

 こんな特別は嫌だった。いつだって仲間外れで、いつだって惨めな思いになる。


 今もルピスの声は助けを求めることさえできない。


 声さえ出せすことができれば、魔法詠唱さえできれば――!


 ファトス家にいたころから、そう思わない日はなかった。

 そうすれば家の歴史を背負い、両親を喜ばせてあげられただろう。


 魔法それを使う血は引いている。

 魔法を使う願は継いでいる。

 魔法を使う意は持っている。


 たった一つだけルピスに足りない物があった。


 それは声――魔法を唱えるということ。


 ただそれだけのことで、ルピスは周囲の――そして自身の夢に蓋をせざるを得なかった。

 

 蓋をした思いが、窮地となった今、蓋の中から漏れだす。

 

 ――ぼくは魔法使いになりたかった。

 

 すべてを諦めたルピスの視界の隅で、背後にいたはずの盗賊の男が前方へと吹き飛んで行った。

「な、なんだッ!?」

 弓兵の男の狼狽えた声が通りに響く。


 剣士の男は飛ぶようにして勢いよく後ろに下がると、仲間の重戦士と弓兵に合流した。


 ルピスも慌てて後ろを振り返る。


 ルピスと中級冒険者たちの視線の先。

 いつの間にか立っていたのかローブをまとった一人の人物。


 救いか、さらなる絶望か。


 影をまとって一人の人物が現れた。

 

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