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魔法使いは唱えない  作者: 0
一章 門出
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四話 瞳の世界(中)


 その知らせはこの日の屋敷での仕事を終えようか、というときにシバスから届けられた。


 仕事を中断して集められた使用人たちの前で、

 

「竜が出ました」


 シバスが重苦しい口調でそう告げた。

 

 その知らせを聞いた途端に騒がしくなる使用人たち。

 

「参ったな……」

 ルピスの隣に立つルチルの顔色も良くない。


 使用人たちに影響されてか、部屋に漂う光がどこか元気がないように見えた。


 ルピスはその存在をファトス家の座学で学んでいたが、その影響力というものを認識できていなかった。

 キョロキョロと周囲の使用人たちの顔色を窺うと、誰も彼もが悲壮な表情を浮かべていた。


《竜が出たらダメなの?》

「うん、よくないね。少なくとも私たち町に暮らす者にとっては」


 竜種。それは天災の一種。

 地震、洪水、落雷などと並んで人の手に負えない災厄――それが竜。

 竜種はその格に応じて下位と上位に分けられ、下位でも並みの都市なら半壊を覚悟するほどの存在だとルチルは語った。

 

「いまは冒険者たちがその足止めに向かっています。彼らの作戦がうまくいけば竜の進路の変更が叶うかもしれません」


 シバスの気休めに顔色をよくする者はいなかった。

 それだけ竜種という存在は人の手に負えないもののようだ。


 シバスは業務の切り上げを周知すると、使用人たちは一礼をして部屋から堰を切ったように退出していく。

 

 部屋に残ったのはルピスとルチル、それにシバスの三人。

 

 シバスは二人に歩み寄ると、

「ルチルさん、ルピスくん。あなたたちが来てもらったばかりだというのに、早々に厄介な事態になりました」

「竜種の到着の見込みは?」

 ルチルの問いかけにシバスは首を左右に振ると、

「わかりません。ただ第一報では真っ直ぐにこの都市に向かっているとのことです」

 早ければ今日中にでも、と言葉を紡いだ。


 次いでシバスはルピスを見つめた。

 

「今頃ルピスくんのご主人様である”理不尽の権化(ノールール)”にも、魔法協会から出動要請が出ている頃合いでしょう」

《アセビが戦うの……?》


 アセビは冒険者として二つ名を与えられるほどの実力者。

 それに垣間見える実力も、力ある者のそれである。驚きは少なかった。

 

「おそらくですが。ご主人がそのような状態では仕事も手につかないでしょう。それにこの都市へ竜が辿り着いたときも考慮すると、あなたたちは魔法協会の避難勧告が出されているうちは非番とした方がよさそうです。依頼料についてはご安心ください。お互いが無事なら給金は変わらず予定通り支払いますので」


 お互いが無事なら、その言葉だけでもいかに竜種の与える影響力が大きいか。


 ルピスはそれを薄っすらと感じとっていた。


 ◆ ◆ ◇


 ルチルに連れられて宿へと急ぎ戻ったルピス。

 宿に到着してルチルと別れると、行儀が悪いと思いながらも逸る心に押されて駆け足になる。


 駆け足で部屋にたどり着くと、その閉ざされていた扉を勢いよく開いた。

 

《アセビッ!!》


 息を切らして開いた扉のその先では――


「おー、どうしたルピス。そんなに慌てて」


 ――アセビが寝具の上でのんびりと横になっていた。


 上向きに寝転んだまま、首だけ起こしてルピスに言葉をかけると、再び枕にその頭を埋めた。

 

《あれ? アセビ?》


 ルピスは後ろ手で部屋の扉を閉める。

 無人の部屋を想像していたルピスは、アセビが部屋にいて嬉しいはずなのにどこか肩透かしを食らったような気分になった。

 

「なんだ? 仕事中に私が恋しくなったのか?」

《てっきり冒険者は竜と戦いに行ったかと思ったんだけど……》


 もしかして竜が来たのをまだ知らないのかな? そう思ったルピスであったが、

「あー、なんか大変そうだな」


 どうやらそう言うわけではないらしい。


《……アセビは行かないの?》

「あぁ、行かないな」


 即答だった。


 ルピスがその反応にそっと胸を撫で下ろしたとき、廊下から誰かが騒がしい音を立てて近づいてくる音が聞こえてきた。

 

 足音が部屋の前まで来ると、扉は勢いよく開けられた。

「”理不尽の権化(ノールール)”ッ!」


 部屋に入ってきたのは壮年の髭を蓄えた男。

 その服装は魔法協会で見かけて職員の服装によく似ていた。

 

「おいおい、魔法協会の職員ともあろう者が。淑女(レディ)の部屋に入るときはノックするのが礼儀(マナー)だろう?」

 寝具に身を埋めたまま、冗談めかして言葉を返すアセビに、

「ことは急を要する! 貴殿の力を借り受けたい! これは魔法協会の緊急出動要請だ!」


 魔法協会の職員は唾を飛ばして気色ばむ。

 

 しかし、アセビは、

「あー、めんどくさいパスだ、パス」

 左手だけ上に持ち上げ、その手をひらひらと振ってそう答えた。

 

 職員の顔があっという間に赤らんでいく。

「なッ! そ、そんなことが許されると思っているのかッ! 緊急出動要請を断ればいくら貴殿とて処分は免れんぞ!」


 緊急出動要請とは聞くまでもなく竜退治のことだろう。

 

 処分と言う言葉を盾にアセビにも竜退治を迫る職員だが、

「いいぜ? 別に。罰金と降格だっけ? でも今はコイツ買って金がねーから、そうなると降格と依頼の凍結か。ま、それぐらい構わねーぜ」


 二人の温度差が顕著であった。

 ルピスは視線を交互に送る。片や顔を赤らめ、鼻息荒い職員。片や相変わらず寝具に身を潜めてヤル気のないアセビ。

 二人の周囲に浮かぶ光も、とげとげしい光と、柔らかい光で対称的であった。

 

 職員は大きく深呼吸して気を落ち着けると、

「……今回確認された竜は下位と言えど、このままではこの町と言えど大規模な被災は免れない。斥候からの情報によると、竜は今日にでもこの町へとたどり着くだろうッ」

「そっかご苦労さん」


 毛ほども感情のこもっていない返事だった。

 当事者でないのに、ルピスがその対応に唾を呑んだ。


 職員は歯を食いしばると、

「貴殿の横暴をこれまで魔法協会が見逃してきたのは、有事の際にその力を見込んでのことッ。そして、今がその時なのだッ」

「それはお前たちの都合だろ。私は頼んでない」


 職員はこみ上げきた感情を押し殺したような声音で辛抱強く語り掛けるが、アセビは歯牙にもかけない。

 

「……このままでは無辜の民が多くなるのだぞ」

「無辜だろうが罪人だろうが所詮は赤の他人だ」

「き、貴殿には人の心がないのか」

「それはそれをもっている人に言ってやれ」


 情に訴え出るも、すげなく断られる。

 ことここにいたって職員はこの山を動かない様子に、その肩をガックリと落とした。

 

「……何か要望があれば聞こう」

「今回は気分じゃないだよ、時機が悪かったな」


 職員の顔色が赤色から青色へ。

 怒りから絶望へと変わる。どうにもならないことを悟ったようだ。


「そんな……」

「――ただ力を貸してやらないことはない」


 アセビは寝転んでいた寝具から身を起こすと、ニヤリと口角をもちあげた。

 

「私の代わりにこいつを連れていけ」

「……彼はつい先日貴殿が高値で買い上げたという奴隷?」


 いきなり話を振られて驚くルピスを横目に話は進む。

 

「あぁ、そうだ。うまくいけば(・・・・・・)竜の機嫌を取れるだろう」

「……何かあっても私どもで白金貨十枚の補填はできませんよ?」

「私もそこまでがめつくはないさ」


 疑うような職員の視線に、アセビは大袈裟に肩をすくめる。

 職員の視線がアセビからルピスへと移る。


 ルピスは突然降ってきた事態に、石にでもなったように固まることしかできなかった。


 ルピスの足先から頭のてっぺんまでたっぷりと見つめた後に、

「……わかりました」

 重苦しく職員は応えた。

「私だと思って可愛がってやってくれ――というわけだルピス。私の代わりに竜と会ってこい」


 開いた口が塞がらない。

 元より声の出ない口。しかし、不思議と無意識のうちに繰り返し口を開閉していた。


 思考は真っ白だった。


 職員に腕を引っ張られて部屋から連れ出される中、信じられないとばかりに寝具の上に寝転ぶアセビを見つめる。

 念波ですら言葉はでなかった。アセビは上半身を起こして、ただ笑ってひらひらと手を振ってこれを見送った。

 

 こうしてルピスは、主人の気まぐれのような指示で、降って湧いたように竜の襲来へと巻き込まれることになった。


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