傷つける者救う者
※前半ちょいグロを挟みます。苦手な人はご注意ください。
断裂面から血が勢いよく噴き出す。
「ああああああああ!!!」
「ごめん。ごめんね。痛いよね?でも、こうするしかないんだ。こうしないと姉さんが…姉さんが殺されちゃう…!だから、これでいいんだよね。姉さん。うん。わかってる。だって、ナイン君も奥さんが一番だもんね。もし僕と同じ立場だったらきっと同じことするでしょ?だから、許してくれるよね?……だから……僕のこと嫌いに…嫌いにならないで…」
とてつもない痛みに床を転げのたうち回る中、ティロロの声だけが何故か鮮明に聞こえてくる。
ティロロの様子は明らかに異常で、滝のような汗を流し、目の焦点が合っていなかった。頭の中の姉と話しているのか、ナインと話をしているのか、行ったり来たりを繰り返す。
「うん。うん…。そうだよね姉さん。一回…一回殺すだけだから…できるだけ綺麗に…綺麗に切断すれば後でくっついて……。こんなのもう何回もしてきたじゃん。たくさん痛そうなの見てきたでしょ?ごめんなさい。ごめんなさい。…ごめんねナイン君……もう、僕のこと嫌いになったよね…?…でも、僕は……変われない。変われないんだ……!」
ティロロの不安定な心情を表すように、周りの空間が不気味に歪んでいく。
壁や機材が歪む中、ババロア博士を含めた研究員たちはとっくに別の部屋へ避難していた。
ティロロの瞳からぼろぼろと黒い涙が零れ出す。
今激しい痛みを感じているのはナインの方のはずなのに、ティロロの方がよっぽど苦しそうだった。
「…大丈夫ですよ。いつもみたいに俺が嫌がることしてください。俺は、死にません。きっと、大丈夫ですから」
覚悟を決めたナインはそっとティロロに近付き、寄り添う。
その瞬間、空間がまた大きく歪み、ナインは腹を切られた。
「ぐぁあああ!!!!……!!………っ!」
悶絶することさえ難しい。許容量を超えた強い痛みに脳が点滅を繰り返した。
(博士の口ぶりから死にはしないとタカをくくっていたけれど……これ本当に助かるんですかね…?結構血がドバドバ出ている気がするんですけど………やっぱり死にますかね…?)
痛みに耐える中で頭が妙に冴える瞬間があり、大量の血を流しながらナインはどこか他人事のように思った。
(もし死んだら…こんな死に方では、絶対オリビアに怒られるだろうな…。それは…嫌だな…)
意識が朦朧としてくる中、爆音とともに、真っ白な天井に大穴が開いた。
落ちた瓦礫がティロロの空間の歪みで粉々になって砕け散る。
部屋に吹き荒れるのは、肌を焦がすほどの熱風。
「ナイン!!助けに来たわよ……っ!!!」
ボロボロになったナインを見たラミィが悲鳴を押し殺す。大穴から飛び降りたその傍らには、なぜかカルヴァもいた。
二人は血まみれのナインを助けようと、両脇で相談を始める。
「酷い怪我…!早く回復ポーションを!!」
「それだけじゃ足りないねー!確か荷造りした時ここに妖精の粉を…あった!ラミっちはポーションとこれをダーリンにぶっかけ続けてー」
「あんたはどうするのよ!」
「カルちゃんはお裁縫担当―」
カルヴァは自身のバックから妖精の粉を取り出し、それをラミィに預けた。その後、ナインの右腕を拾い上げ、目にも止まらぬ速さで縫合していく。
あまりの手際の良さに一瞬呆気にとられつつも、ラミィは自分の役割をまっとうしようと、妖精の粉をかけ始めた。
そんな二人の懸命な処置を横目に見ながら、灼熱に身を包んだゴークは目の前のティロロを睨みつけた。
「あれはてめぇがやったのか?」
「…そうだよ。僕がやった」
相変わらず周りの空間は歪んだままだったが、爆発音で少しは正気が戻ったのか、黒い涙を拭いながらティロロは不敵に笑った。
それを見て、ゴークは無表情に「そうか」と一度頷いた。
「じゃあ殺す」
「いいよ。かかってきなよ」
ゴークの手が眩く光を放ち、今にも熱光線が発射されるであろう寸前、まだ意識が残っていたナインは全身の力を込めて叫んだ。
「ゴーク…!やめて…ください…。ティロロは…悪くない…。ここは一度逃げ…て…!!」
「馬鹿!そんな体で喋るんじゃないわよ!」
ちょっとでも動けば傷口が開くというのに、それでも大声を出そうとするナインをラミィは泣きながら叱った。
妖精の粉を振りかけたおかげで出血は止まったが、受けたダメージがあまりに深く、今はまだ予断を許さない状況だ。だというのに、全身全霊でゴークを止めようとするナインに、ゴークは大きく舌打ちをした。
「命拾いしたな」
「まだお預けなの?《熱の守護神》なんて尊大な異名が付いているわりに、案外逃げ腰なんだね」
ティロロの挑発には乗らず、ゴークは無理矢理ナインたちを抱えて、入るときに空けた大穴から脱出した。
ティロロはそれを追うことなく、ただ一人、空っぽになった部屋で立ち尽くした。
モンスターの研究所から出ると、そこには一面の銀世界が広がっていた。
来た時はティロロの転移魔法で移動したため、研究所の外がどうなっているのかどのあたりに位置するかもナインは知らなかったが、まさかこんな雪山の下に位置していたなんて。考えもしなかった。
超高速で空を飛んだゴークは雪原を超え、海を越えると小さな無人島に降り立った。
その場にそっとナインを横たわらせると、ラミィたちは治療の続きを始める。
ナインは研究所を出たところで力尽き、意識を失っていた。出血は止まっても、血を流しすぎたのかその顔は白く、生気を感じられない。
「どうしよう…ナインの心臓の音がだんだん弱くなってる…!!」
「貸して」
カルヴァはナインの胸元に耳を近づけ鼓動の音を聞く。心臓の音はわずかに聞こえているが、今にも消えてしまいそうなほど弱弱しい。
カルヴァがナインの胸元に当てた両手から、淡い光が満ちていく。
「っ!?カルヴァ!あんた、回復魔法は自分にしか使えないはずじゃ…!?」
「使えないよー。でも、今はそんなこと言ってられないっしょー?」
カルヴァの両手からナインの全身へ、淡い光が流れていく。蝋燭の一本一本に炎を灯していくようなそれはとても丁寧で、普段ハンマーを振り回している姿からは想像できないほど優しい魔法だった。
「ダーリンはカルちゃんが殺すの…!だから、こんなところで絶対に死なせない…!!」
妖精の粉や回復ポーションでは治せなかった傷が、カルヴァの回復魔法によって徐々に癒えていく。それは奇しくも、協会の港にいた神父の修復魔法とよく似ていたが、それを唯一知るナインは、深い眠りについていた。
ナインは夢を見た。
それが夢だとわかるのに、瞼は重く閉ざされたまま開くことができない。体は重く、横たわったままだ。
何もない空間に、2つの文字が浮かんでいる。
【はじめから】、【つづきから】。
その文字の隣に、蝶々のような羽をした少女が立っていた。
「ワシのガイドブックを全部巡り終えていないと言うのに、またこんなところに来おって。本当に懲りんやつじゃのう」
見た目にそぐわない老婆のような話し方をする少女は、仕方ない奴だと眉尻を下げた。
「意識があろうがなかろうが、どうせお主が押す方は決まっているんじゃろう?どれ、親切なワシが代わりにボタンを押しておいてやろう。ぽちっとな」
何らためらうことなく【つづきから】を押した後、うんうんとしきりに頷く。
「ワシが生きているお主に見てもらいたい景色はまだまだたくさんある。自分からここに来たわけではないようだから今回は大目に見るが、次もし自分の意志でここに来よったら、尻たたき100回の刑じゃ!」
尻たたきの練習にしてはあり得ないフルスイングの練習をした後、その少女はさも楽しそうに笑った。
「傷つけられはしたものの、いい仲間に恵まれたな。ナイン。ワシの愛おしい旦那様。……いつかこのボタンのない場所でお主とまた会える日を楽しみにしておるよ」
ここまで読んでくださりありがごうございます。
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