勇者の聖剣はどうやって作られたのか
「ここは…?」
モンスターたちがいた区間を抜け、廊下の奥へさらに進むと、厳重に閉ざされた二枚扉があった。
ティロロは勝手知ったる家とばかりにその扉のロックを解除する。
開かれた扉をくぐって中に入ると、今までの部屋とは違い、中は講堂のように広々としていた。天井が高く広々とした空間には研究員と思わしき白衣を着た人間が数名と、モニターが休まず稼働している。
そしてなにより目を引いたのは、その部屋の中央に鎮座する天井まで届きそうなほど巨大な機械だった。円柱の形をしたそれは、光を放ちながら、水槽のように中を半透明な液体で満たしている。
見たこともない圧巻な大きさにナインが目を瞬いていると、隣にいたティロロは嬉しそうに声を弾ませた。
「ナイン君に紹介するよ。これが僕の姉さん!どう?僕と似て、綺麗なドラゴンでしょ?」
「え?」
最初、ナインは何を言われているのか分からなかった。
今ナインの視界にあるのは巨大な円柱の機械だけで、ドラゴンの影も形もない。ティロロの視線の先を追ってみても、やはりそこにあるのは巨大な機械だけだった。
「ティロロ氏。ダメでござるよ。客人の前ではこれを使いなさいとババロア博士から言われていたでござろう?忘れたでござるか?」
「あ!そうだった!ごめんごめん。すっかり忘れてたよー」
困惑するナインに助け舟を出すがごとく、見かねた研究員の一人がババロア博士と同じ独特な口調でティロロへと一枚の絵画を渡す。
絵画を受け取ったティロロはそれを胸に抱えながら、自然と話しかけた。
「姉さん。この前僕が話したナイン君を連れて来たよ。……そうそう。前に僕が言ってた面白い人間。姉さんも会いたいって言ってたでしょ?」
「こちらが…君のお姉さん…?」
「そう!血のつながったたった一人の僕の家族!………あ、姉さんもナイン君に会えて嬉しい?…よかったー。ほら、ナイン君も挨拶して!」
ティロロは自慢げに絵画をナインへ見せびらかす。その絵画に描かれているドラゴンは確かに美しく、目を見張るものがあった。
だが、どこからどうみてもナインにはそれがただの絵にしか見えない。魔法がかけられているのならば、ティロロが事前に説明してくれていそうなものだが、それもない。
ナインは疑問に思いながらも、「はじめまして」と声を絞り出した。
「…姉さん、あんまりからかわないでよ。僕が余所からここに人を呼ぶのがそんなに珍しいからって…。もう、意地悪だなぁ」
「ええと、話の途中にすみません。ティロロはさっきあちらの機械に入っているものをお姉さんと言っていませんでしたか?」
「ん?…うん!そうだよ。僕の姉さん!」
「でも、今はそちらの絵の方をお姉さんと呼んでいましたよね?お姉さんは二人いらっしゃるんですか?俺には君のお姉さんの声が全く聞こえないのですが…」
ティロロがあまりに自然に会話を始めるものだから、ナインはてっきり絵や液体に擬態できるドラゴンがいるのかもしれないと勘違いをした。だが、いざきいてみたものの、その反応はナインの思っていたものとは全く異なっていた。
「さっきから機械とか絵とか、一体何のこと?僕の姉さんはたった一人ってさっき言ったばっかりじゃん!」
「え…」
ティロロは説明を聞いてなかったのかと拗ねたように唇を尖らせただけだった。
先ほど絵画を渡してくれた研究員とは違う研究員が、迷惑そうな顔でナインたちを睨みつける。
「ティロロ氏。またここに来たのでござるか。聖剣生成の邪魔になるから下がっていてくだされ」
「はいはい。っと。……ナイン君、ちょっとこっち来て」
研究員の一人に注意され、絵画を抱えたままのティロロに促されるまま部屋の端へと移動する。
すると、中央にある巨大な機械がゴゴゴゴ…と鈍い音を鳴らし駆動し始めた。
「聖剣生成…?」
「そ。ナイン君は勇者なら皆持っているあの聖剣がどうやってできるのか知らないよね?まぁ、ほとんどの勇者が知らないから知らないのも無理はないけど。…………聖剣はね、あの機械を通して、僕の姉さんから生成されるんだ!すごいでしょ?」
「……………え?」
ナインは自分の耳を疑った。聞き間違いだと思いたかった。
なぜなら、あの機械の中には“誰もいない”。入っているのは、半透明の液体だけだ。
だというのに、ティロロはまるでそれが普通のことのように話し続ける。
「勇者の聖剣の一つ一つに何であんな高度な転移魔法が付与されているのか不思議に思ったことはない?それは全部、姉さんが頑張っているからなんだ!転移魔法は僕ら空間竜しか持たない強力な固有魔法だからね。姉さんから生成して、研磨して、剣の形に整えて…やっと聖剣ができあがるんだよ!」
「あれは……君のお姉さんは…生きているんですか?」
「は?いきなり何失礼なこと言ってるの?さっきナイン君も挨拶したでしょ?どう見たって生きてるじゃん。……ああごめん。姉さん。ナイン君が失礼なこと言って。ちょっと無神経なところあるけど、悪い人じゃないんだ」
ティロロは巨大な機械の中にある液体を姉と言ったり、抱えている絵画と話をしたりと忙しない。
それがもし、一頭の生きたドラゴンのことを指しているのであれば。
どう考えても、正気とは思えなかった。
ティロロの姉はおそらくもう生きていない。
だが、この場所では誰もがそんなティロロを見て見ぬふりしていた。時折邪険に扱いながらも、周りの研究員たちは自分の作業に没頭している。
姉が生きていると勘違いしているのは、おそらくティロロ一人だ。
そして、ただ一人ナインだけが、この異常な空間に吐き気を催していた。
その時、厳重な扉が再び開かれた。外から入ってきたのは、先ほど会ったばかりのババロア博士だった。
「ああ。やっぱりここにいたでござるか。ティロロ氏は本当に姉君のことが好きでござるなぁ。ナイン殿に簡単なアンケートに答えてもらいたいのでござるが、お願いできますかな?」
呑気に髭を撫でながら、絵画を抱えたティロロに動じる様子もない。
ナインはババロア博士の白衣の胸元を掴んだ。
「貴方はさっきティロロと旧知の仲だと言っていましたよね…?彼が何故こうなったかを貴方は知っているんですか…?」
「ナイン君?!突然どうしたの?さっきから変だよ?」
ティロロは珍しく語気を荒げたナインに戸惑っていたが、こちらはそれどころではない。
睨むナインに対し、ババロア博士は剽軽な態度を崩さなかった。
「ほほう。ナイン殿は検査の通り物腰穏やかな態度とは裏腹に、中身が情熱的でいらっしゃるようだ。………知っているも何も、ナイン殿が今ご覧になっているものが全てでござるよ。だが、その頭にある推測は口に出さない方が身のため人のためでござるぞ?」
「…それはなぜですか?」
ナインの質問には答えず、ババロア博士はティロロの持つ絵画に向けて持っていた薬品をぶちまけた。塗料のように色のついた薬品にべっとりと汚され、ドラゴンの絵はぐちゃぐちゃになってしまう。
その瞬間、ティロロは急に胸を抑えて苦しみ出し、その場で嘔吐した。
「はぁ…っ!…うぅ……うぇっ……」
吐くものがなくなった次は呼吸が苦しくなったのか、喉を抑えたまま蹲ってしまう。
それをまるで汚いものを見るように避けながら、研究員の一人がババロア博士へ全く同じ絵が描かれた新しい絵画を手渡した。
「ババロア博士。またやったのでござるか。まったく。相変わらずもの好きでござるな。床が汚れるので、やるなら別室でお願いしたいのでござるが?」
「デュフフ…申し訳ない。見ていただいた方がわかりやすいと思った故…。ほら、ティロロ氏。新しい姉君でござるよー」
ババロア博士が研究員から受け取った新しい絵画を、今度はティロロに手渡す。
そこに描かれていたのは汚される前のものと全く同じドラゴンの絵だ。ティロロは汚されていない綺麗な絵画を抱きしめ、目を閉じたまま倒れて動かなくなってしまった。
「ティロロ!!大丈夫ですか!?」
「眠っているだけなので大丈夫でござるよ。………これでわかったでござろう?ティロロ氏に姉君が亡くなっていることを告げるのがどれだけ危険かと言うことが。
空間竜というのはドラゴンの中でもだいぶ特殊な種族でござりまして、大変依存性が高い。姉君は数百年前にすでに亡くなっておりますが、大切な姉君の死はティロロ氏にとって劇薬も同じ。その種族が持つ独特な依存性のせいで、現実を直視することはできないのでござる。理解した場合、拒否反応が凄すぎて普通にショック死してしまうのでござるよ」
ババロア博士の言うと事はにわかに信じがたかったが、今目の前で実演してしまっては信じるほかなかった。絵画を抱きかかえながら動かなくなったティロロの顔は色を失っている。
ティロロの姉とティロロ自身の事情は分かったが、ナインはまだ何も納得できなかった。
ババロア博士はティロロがどうしてこうなったのかの説明はしていても、まだティロロの姉がどうして死んでしまったのかについては話していない。
聖剣に空間竜の素材(転移魔法)が使われているのであれば、おそらく、亡くなった原因もそこにあるはずだ。
「ババロア博士。貴方はモンスターのことを何だと思っているんですか?」
まるで教壇に立つ教師のように、ババロア博士は「良い質問でござるな!」とナインを褒めたたえた。
「彼らは我々人間の暮らしを豊かにしてくれる最高の素材でござる!モンスターが持つ能力は無限の可能性を秘めており、その存在すべてに価値がある!効率よく使ってやらないと、もったいないでござるよ!
ティロロ氏の姉君などもいい例でござる。モンスターは死んだら光の粒子になって消えるというのが普通のはずなのに、ほら、見てくだされ。液体にすればまだ使える!!その素材で作った聖剣が世界中の勇者を支え、人間の糧になる。素晴らしい好循環!素晴らしい発明でござろう?」
ナインは生まれて初めて、ここまで激しい嫌悪感を覚えた。
何も知らずに勇者の聖剣をロイス姫から賜ったかつての自分も、何も知らずに聖剣を振るっている勇者たちにも、果てのない憎悪と怒りに似た感情がこみ上げた。
何もかもが狂っている。ここにいる研究者の人間全員が目の前のババロア博士と同志なのかと思うと頭がおかしくなりそうだった。モンスターをただの道具としか見ていない。
「もう研究所の見学は十分でしょう。病み上がりで疲れているようだし、アンケートはまた次の機会にするでござるよ。ナイン殿は部屋で休んでは?」
「っ!!こんな状況で何を言っているんですか!?」
「ナイン殿はお疲れのようでござる。そこの君、鎮静剤を」
ナインは背後に忍び寄っていた研究員に気付かず羽交い絞めにされ、首に小型の注射器で薬品を投与された。
次第に脱力し、意識が朦朧としてくる。視界の端に眠ったままのティロロをとらえていたが、目を開けていることができず、そのまま昏倒した。
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