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新たな旅立ちに転生勇者を携えて

 




 ドットが落ち着いたのを見計らい、ユーコは湿っぽくなってしまった雰囲気を元に戻すように「こほん」とわざとらしく咳ばらいをして見せた。


「ナイン様たちもジャングルから戻ってきたばかりでお疲れでしょう。お風呂が沸けるまで、お茶でもいかがかしら?」


 いかがかしら?と言いつつ、ユーコの言葉には有無を言わさない強さがあった。

 つまり、決定事項と言うことなのだろう。ナインたちが何か言う前に、ガンガルフたち執事はいそいそとお茶のセッティングをし始める。

 あっという間に白いテーブルクロスが敷かれた上には、紅茶と、色とりどりの焼き菓子が並べられた。


「この焼き菓子はナイン様たちの帰りを待っている間、ラミィ様とわたくしで作製いたしましたの。…ね?ラミィ様!」

「そ、そうよ!」


 ラミィは頬を赤らめながらも力強く頷く。


「へぇ!ラミィは料理もできるんですね。すごいです」

「いや…。作ったのはこれが初めてよ。いつもカーバンクルに作ってもらって、私は食べる専門だったから…」


 モンスターはそもそも食事をする必要がない。だから料理をすること自体珍しいのではないかとは思ったのだが、まさかこれが初めてだったとは。

 皿の上に並んでいる焼き菓子はどれも綺麗な焼き目が付いていて、とても初めての出来には見えなかった。もしかしたら、ラミィには菓子作りの才能があるのかもしれない。

 ナインが純粋に驚いていると、甘い香りにこらえきれなくなったガンガルフたちが静かに尻尾を振っていた。期待を込めた眼差しをユーコに向ける。


「ユーコ様の手作り…。本当に私どももいただいてよろしいので…!?」

「もちろんですわ!たくさんあるのでたんと召し上がってくださいまし!!」


 うおおおおおお!!という獣人たちの野太い歓声がフロアを反響した。

 きっとユーコが料理を振舞うことは稀なのだろう。執事服を着た獣人たちがぱたぱたと尻尾を振りながら喜んでいる姿はとても演技には見えなかった。

 その様子を微笑ましく眺めていると、横に座ったラミィがこっそりとナインの耳へ囁いた。


「昨夜はその…変なこと言ってごめんなさい。喜ばせたかっただけなの…」

「…わかっていますよ。こちらこそ、昨夜は言葉が上手く出てこなくて、変な雰囲気にしてしまってすみませんでした」


 ナインの言葉にほっとしたのか、ラミィは緊張を解いて笑った。

 その笑顔に、胸が締め付けられる。

 誤魔化すように、ナインは慌てて皿の上の焼き菓子を一つ手に取った。


「ええと…焼き菓子!美味しそうですね!綺麗な桃色ですけど、何味なんでしょうか?では、いただきます………。………うっ…これは…!」


 焼き菓子を頬張る。

 しかし、それを嚥下する前に、ナインの視界は暗転した。

 タイミングを同じくして、焼き菓子を食べた獣人たちが次々と地に倒れ伏していく。


「あ、あれ…!?何で皆倒れてるの!?」

「むむっ。これはもしや………!鑑定班!いらっしゃい!」


 パンパンと手を叩いて鳴らす。

 するとユーコの高らかな声を聞いた鑑定班と呼ばれた獣人たちは扉を開け、ぞろぞろと中に入って来る。白衣を着た彼らは倒れた人々を眼鏡に写し、深刻な顔で首を振った。


「毒の状態異常になってますね………」

「えええええええ!!」

「ヒロインがメシマズ。これぞお約束の展開ですわーーーー!!」


 ラミィとユーコがそれぞれ違った意味で悲鳴を上げる。ラミィは顔を青くしていたが、ユーコの方は目を爛々と輝かせて興奮していたのが不気味だった。


「馬鹿女共!!騒いでねぇで解毒薬か魔法で何とかしやがれ!!かぼちゃ野郎が虫の息になってんぞ!!」

「あわわわわ…!」


 大丈夫ですと言いたいところだが、全く大丈夫でないためナインは沈黙したまま倒れ伏していた。このままだと死ぬ。本気で死ぬ。

 同じものを食べても毒を己の熱で無力化できるゴークはツッコみを入れるが、パニック状態のラミィとユーコには残念ながら届いていないようだった。唯一食べるのが遅れ、毒を食べずに済んだドットだけが恐怖に涙を浮かべながら震えている。哀れだ。


 こうしてこの場で唯一寝ていたことで難を逃れたティロロ以外、阿鼻叫喚の時刻絵図と化した洋館は、ここ一番の大盛り上がりを見せた。

 その後、鑑定班が倉庫から持ってきた解毒剤により、なんとか一命をとりとめたナインは、目的を達成したにもかかわらず1日安静を言い渡され、結果、ユーコの洋館でもう一泊させてもらうことになったのだった。





 明朝、毒の後遺症もなく全快したナインは、予定通り次の目的地へ転移することになった。


「もう行ってしまわれるのですね。なんだか寂しいですわ」

「あまり一つのところに長居すると、本格的に迷惑をかけてしまいかねませんので」


 玄関の外までわざわざ見送りに来てくれたユーコとガンガルドたちに恐縮する。

 まだ会って数日しか経っていないはずだが、ユーコたちとの間には確かに別れを惜しむほどの絆のようなものが芽生えていた。 

 ユーコもナインと同様だったのか、笑顔で首を横に振った。


「迷惑だなんてとんでもない。こうしてドットも楽しみを取り戻すことができたようですし、こちらがお礼を言いたいぐらいですわ!ね?ドット」

「別に礼なんて言わないぞ!ナイン兄さんはオイラにハーモニカ吹けないなんて嘘ついてたし!」

「まぁ!」

「あはは。俺がハーモニカを吹けなかったのは本当ですよ。ドットと練習しているうちにコツを思い出したんです」


 ナインが今言ったことはけして嘘ではなかったが、信用されていないのか、ドットは最後まで疑いの目を向けてた。じとりと睨みつける目に嫌悪はないが、根に持っていそうではある。


「ラミィ様も、久しぶりの女子会。楽しかったですわ!」

「私は今回何もしてないし…」

「うふふ。そう謙遜なさらないでくださいまし。餞別に、ラミィ様へこちらを差し上げますわ」

「これは?」


 ラミィは手渡された四角い板をまじまじと見つめる。その様子をくすりと笑ったユーコが使い方を優しく説明してくれた。


「こちらはスマートフォンと言われるものですわ。その中でも簡易的な機能しかついていないものですけれど…。こちらのボタンをこうクリックすると、わたくしと通話ができます。何か困ったことがあったら、いつでも電話してくださいませ」

「これ、異世界の道具で高価なものでしょう?こんなものもらってしまっていいの?」

「もちろんですわ!だってわたくし達、もうお友達でしょう?」

「っ!あ、ありがとう…ユーコ」


 初めて名前で呼ばれた喜びに、ユーコは頬を赤らめて「お可愛いですわー!」と歓喜の声をあげた。我慢しきれず抱きしめられたが、ラミィがそれを拒むことはない。女性同士の眩い友情がこれからも続いていきそうなことに安心したナインはそれを嬉しく思った。


「それでは、ユーコさん、ドット、獣人の皆さん。大変お世話になりました」

「……ナイン様たちの旅が、どのようなハッピーエンドを迎えるのか、わたくしとても興味がありますわ。是非またいらしてくださいませ」


 ハッピーエンドと告げた声は固い。それ以外は絶対に許さないという強い意志を感じて、ナインは思わず笑ってしまった。

 転生勇者ユーコ。最後の最後まで、彼女は侮れない相手であり、誰よりも優しい女性だった。


「それでは皆様!良き旅を!!」


 ナインが手を振り返した後、ティロロの転移魔法が発動する。

 そうして跡形もなくナインたちの姿が見えなくなると、ユーコは一仕事終えたとでもいうようにふうと息を吐いた。

 ガンガルフは気遣いながら口を開いた。


「悪人ではないようでしたが、協力すると約束してしまって本当によろしかったのですか?こんな、ユーコ様にほぼ見返りがないような形で…」

「ふふ。当然ですわ。ナイン様方は一晩中《本性が出てしまうお香がたかれた部屋》に閉じ込められて、尻尾をお出しにならなかったんです。多少のすれ違いはあったようですが、可愛らしい方たちではありませんか。わたくし、彼らをとても気に入ってしまいましたの。それに、ドットの件もあります。次に約束を守るのはわたくしの方ですわ」


 ユーコはスマホを取り出し、ある場所へ電話をかけた。


「もしもし。タロ様ですか?ちょっと今よろしいかしら?……ええ。実は大事な相談がございまして。………うふふ。そんなに構えないでくださいまし。わたくしはただ新しくできたお友達を、貴方にもご紹介したいだけですわ」


 電話をかけながら洋館に向かって踵を返す。深紅のドレスが翻る姿は、まるで大輪の花が咲いたようだった。


「ええ。転生勇者ではない。異世界でできた新しいお友達です。……きっと貴方も彼らのことを好きになりますわ」


 自信満々に告げられた台詞に、電話の先の相手が困惑しているのがわかる。

 そんなささいなことさえ愉快でたまらなくて、これは楽しくなりそうだと、ユーコは笑い出しそうになるのを堪えながら洋館の中へと帰っていった。







これにて、『踊りを踊るキノコの森編』完結です!

ここまで読んでくださりありがとうございました!

もしよろしければ、評価、いいね、ブクマ等をよろしくお願いいたします。

次回からいよいよティロロをメインにした新章突入予定ですが、その章は今まで以上に慎重に書き上げたいのと、年末年始でもあるので、ちょっとだけ更新をお休みさせていただきます。再開したらまた毎日更新になると思いますので、なにとぞよろしくお願いいたします。

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