彼女の欲について
ナインたちがジャングルから帰ってくると、洋館には甘い香りが漂っていた。
玄関の扉が開く音を聞きつけたのか、洋館に不釣り合いなバタバタとした足音がこちらに向かってくる。
「お帰りなさいませ!ちょうどよかった!今ちょうど焼き上がったところですの!ティータイムにいたしましょう!!すぐしましょう!!」
「ユーコさん!?なんだかすごい勢いですけどどうかしたんですか…?」
出迎えにしては興奮気味に見えるユーコに、ナインは目を剥いて驚いた。
すると忙しない彼女の影に隠れていたラミィも、遠慮がちに出迎えてくれた。
「お、お帰りなさい…」
「あ、ラミィも出迎えありがとうございます。ただ今帰りました」
ナインの顔にはうっすらと疲れが滲んでいたが、洋館を出る前よりずっとすっきりしている。その顔を見て、きっと無事踊りを踊るキノコの森を無事見ることができたんだなと察したラミィはほっと胸を撫でおろした。
結果をきかない代わりに、気になっていたことを尋ねる。
「何でそいつ寝てるのよ?」
「俺がスケッチしてる間、ドットと一緒にずっとバイオリンを弾いてくれていたんです。寝かせてあげてください」
「何で??」
キノコの森とバイオリンが全く結びつかないラミィからしたら疑問しかない。
力尽きたティロロは洋館を出る前と同じく、ゴークに背負われたまま爆睡していた。
ナインからしたら、疲れていたところを叩き起こされたにもかかわらずバイオリンを弾き続けてくれたことには感謝しかない。背負っているゴークの方も慣れて来たのか、まるで上着を羽織るような手軽さでティロロを背負っていた。
「ユーコさん。七色ダケ、無事取って来れました」
「まぁまぁまぁ!!わたくしもっと時間がかかると思っていましたのに!!ナイン様。やりますわね!!」
「頑張ったのは俺じゃなく、ティロロと………ドットです」
「ユーコ様…」
洋館に戻って来てから、ずっとナインの陰に隠れていたドットが顔を出す。
その手にはハーモニカが握られていた。
「ドット!七色ダケを取ってきてくれてありがとうですわ。お手柄ですわね!!」
ユーコは七色ダケを得るための条件や、ドットの事情も全て知っているはずだ。
だが、ユーコは一度もドットへハーモニカが吹けたのかどうかをきかなかった。ただ無事に帰還し、目的を達成できたことを褒め称えた。
それが優しさなのだとわからないほど、ドットは子供ではない。
耐え切れなくなったドットは、くしゃりと顔を歪めた。
「ユーコ…様…!オイラ…オイラ……。もらった……っ…このハーモニカ……で、曲を………演奏、したよ……!!」
「っ!!」
ドットの頭を優しく撫でていたユーコの手がぴたりと止まる。そして、愛おしさが滲み出るように微笑んだ。
「………そうですか。楽しかったですか?」
どうして吹けるようになったかでも、上手に吹けたかでもなく、ユーコはただ一言。それだけを尋ねた。
ユーコが最初から何を望んでいたのかを知り、ドットはぼろぼろと大粒の涙を零した。
「ゔんっ…!!だのじがっだっ!!すごく…たのじがった!!オイラ、やっぱり…ハーモニカが好きだよ…!!これからたくさん、練習して、もっと……、…うまぐなる………っ!!」
嗚咽が止まらず、唇が震える。でも、これだけは絶対に伝えないといけない。
「ユーコ様…。オイラに………ハーモニカをくれて、あり、ありがとう…!!」
ユーコはドットを力いっぱいに抱きしめた。
「礼には及びませんわっ!推し…いえ、大切な人に笑って欲しいと思うのは当然ですもの」
「ユーコ様…ユーコ様ぁ…!!うわぁぁぁぁぁん!!!」
本格的に泣き出してしまったドットが、甘えるようにしがみつく。それを受け止めながら、ユーコはドレスが汚れることも厭わず、地面に膝を着けた。
「…わたくしの贈り物が、貴方を苦しめる枷になってしまわなくて本当に良かった…。貴方が楽しいと思えたなら、こんなに嬉しいことはありません…!!」
そう呟いたユーコの声は涙声になって、震えている。
それを見てナインは、ドットがハーモニカを吹けないことを気に病んでいたように、ユーコもまた、ハーモニカを贈ったことをずっと気がかりに思っていたのかもしれないと思った。
だからこそ、今回ナインたちにドットを同行させ、機会を与えた。ドットが再び自分の好きだったものをまた愛せるようになるように。
考えすぎかもしれないと思ったが、ナインたちが要望された七色ダケは、今もテーブルの上で放置されたままだ。
(もし、俺たちが七色ダケを持って帰れていても、ドットがハーモニカを吹けないままだったら、ユーコさんは別の条件を俺たちに提示していたのかも…。……いや、そうでもないか)
ナインは自分の考えを即座に否定する。
ジャングルでキノコの森を探し回る中、ドットと話していてナインはずっとユーコの真意を探っていたが、一件落着し、出迎えてくれたユーコは本心からドットの帰りを喜んでいた。
それこそハーモニカ演奏の可否など関係なく。ただ純粋にドットを愛おしく思っているように見える。
(獣人の皆さんが彼女に仕えたいと思うのも納得ですね)
ユーコは獣人たちを奴隷から解放しただけで、束縛はしていない。むしろ自由になることを望んでいる。
この洋館で執事服を着たり、彼女を警護したりしているのは、全て彼らの意思だ。
転生勇者だからというだけでは収まりきらない美しい主従関係に、ナインはしばし見惚れたのだった。
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