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やめておけばいいのに

 




 奴隷になってからユーコと出会ったところまで話し終えると、ドットはまたぎゅっとハーモニカを握りしめた。

 とっくに奴隷の首輪は外れているはずなのに、ドットの首にはまだ痛々しい首輪の痕が残っている。ナインにはドットが首から下げているハーモニカがずっしりと重そうにも見えた。


「このハーモニカは宝物だけど、もう何年も吹いていない。だから腕も落ちてるし、昔演奏できた思い出の曲だって…きっともう忘れてる。ユーコ様はオイラに期待して案内を命令してくださったのに…!」

「そのハーモニカとキノコの森は、何か関係があるんですか?」

「……あのキノコの森は“楽しい音楽”にだけ反応する。楽しい音楽があると、その場で踊り出して逃げなくなるんだぞ。だから、オイラがハーモニカを吹かなきゃ…あのキノコの森はずっと逃げ続けるんだ」


 ドットの告白を横で聞いていたティロロは「はー?」と不満ありありな声を漏らした。


「そんな大事なこともっと早く言ってよ!こっちは必死にあのキノコたち追いかけてたのに、無駄足だったじゃん」

「ティロロ」

「止めないでよナイン君。だって、本当の事じゃん!案内人とか言って、超役立たず!」


 唇を尖らせて文句を言うティロロに、負けじとドットも噛みついた。


「オイラだって何度もハーモニカを吹こうとした!お前らに待てとも言った!でも、止まらなかったのはそっちだ!!」

「そういうのはそもそも遭遇する前に言っとくものなの。……それに、いろいろ言ってたみたいだけど、要は怖いだけでしょ?この犬っころは過去の栄光に縋って、実は自分の演奏が大したことなかったって認めるのが怖いんだ。だから、吹けない。尻尾を巻いて逃げてるだけの負け犬が、どんな言い訳しても見苦しいだけだよ?」

「うっ…」


 おそらく図星だったのだろう。もともと丸い尻尾をさらに丸まらせ、ドットはたじろいだ。

 ほれ見たことかとふんぞり返るティロロに、先ほどから黙って見ていたゴークが「言いすぎだ」と拳骨を食らわせる。

 それを横目に見ながら、ナインは「事情はわかりました」と膝を叩いた。


「事情は分かりました。楽しい音楽ということは、ドットのハーモニカに限定するわけではないんですよね?楽器はなんでもいいのですか?」

「え?それは、そうだけど…」


 ドットの肯定を聞いてから、ナインはゴークに殴られた頭頂部を擦っているティロロに目を向けた。


「ティロロ。お願いがあります」

「気分じゃない」

「そう言わずに。……では、気分が出るように俺が肩もみでも」

「今気分になった。で、お願いって何?」


 気分じゃないと言った割に、随分と聞き分けが良い。機嫌が悪いわけではなくてよかったとナインは微笑んだ。


 ティロロはナインのお願いを聞き届けると、転移魔法を使い、ものの数分で様々な楽器を持ってきた。それらはヨーコの洋館から許可をもらっていろいろ拝借したものだ。

 カスタネットやバイオリン、トランペットや小太鼓など。ジャングルに色とりどりの楽器たちがジャングルの大きな葉っぱの上に広げられる。


「えっ…。何で楽器…?」


 困惑するドットを置いて、ナインたちはどんどん話を進めていく。


「こんなにたくさんあると迷っちゃいますね。どれにしましょう」

「はいこれ、クーちゃんの分」

「あ?俺様はやらねぇぞ」

「ゴークは太鼓とか似合いそうですよね」

「いや、マラカスいこうよマラカス。もしくはトライアングル」

「ぶっ殺すぞ」


 和気藹々と楽器を物色していく中でナインは何の変哲もないハーモニカを見つけ、手に取った。


「俺はこれにしようかな…。子供の頃はハーモニカを吹けていたのですが、すっかり忘れてしまって…。ドットがよければ教えてもらえませんか?」

「もしかしてお前たち…今から練習する気か!?キノコの森が納得する音楽は、熟練の音楽家でないと駄目だと言われてるんだぞ。そんなの時間がいくらあっても足りないんだぞ!」

「あはは。大丈夫ですよ。きっと何とかなります。それにほら、4人もいれば誰かしらが音楽の才能に開花するかもしれませんし」


 言いながら、ナインがハーモニカを吹く。ぴーーーーと裏返った音はどう考えても素人そのものだった。


「……めちゃくちゃ楽観的なんだぞ…」


 はらはらしながらドットがナインを見ている最中にも、ティロロとゴークはまだ楽器選びをしていた。


「バイオリンなんて洒落たもん持ってきやがって。こんなん誰が弾けんだよ」

「え?僕弾けるよ?クーちゃん弾けないの?だっさー」

「うぜぇ」

「僕ってほら、天才だし?基本なんでもできちゃうからねー。……こんな感じに」


 ティロロがバイオリンを構え、演奏を始める。自信満々だっただけあって、その演奏はとても素人レベルではなかった。


「ティロロはバイオリンが弾けたんですね」

「すごいでしょ?昔教えてもらったんだー」


 蔓が弦をはじき、陽気な音楽を奏でる。演奏するティロロを見ていたドットの目はキラキラと光り輝いていた。


「楽しそう…」

「……俺たちも頑張りましょうか」


 ナインもドットに教えてもらう形でハーモニカの練習を始める。

 時折ティロロが邪魔しに来たり、ジャングル内に普段聞こえない音が響き渡るせいで様々な動物たちが様子を見に来たりしたが、ゴークがさりげなく全て追い払ってくれていた。




 数時間練習しやっと3回に1回くらい綺麗な音が出るようになってきたところで、ナインは眉を顰めた。


「やっぱり何か演奏と言う形にしないと、上達がわかりにくいですね。もうそろそろ楽譜が欲しいところです」

「確かに…。ずっと変な音だけ聴いてると頭がおかしくなりそうなんだぞ」


 変な音と言われても特に気にした様子のないナインは、ドットに尋ねた。


「ドットが昔演奏していたという曲はどのような曲ですか?ユーコさんが案内人に頼んだということは、もともとそれをキノコの森に向けて演奏する予定だったんですよね?鼻歌で良いので、ちょっと歌ってもらえたりとかできますか?」

「ええと…」


 それぐらいならと、ドットは自分が覚えているフレーズだけハミングする。

 すると、横で聞いていたゴークが「ん?その曲…」と反応を示した。


「ゴーク。どうかしましたか?」

「それ。確か南の島で昔流行っていた曲だろ。聴いたことがある」

「本当ですか?曲名は?」

「曲名まで覚えてねぇよ。だが、俺様がそれを聴いたのは、確か三つの山が均等に盛り上がった変な形をした島だったはずだ」


 記憶を遡りながら話すゴークに、今度はティロロが「あああそこか!」と反応した。


「三つ子島ね!でも、あんな辺鄙なところで流行った曲、なんで犬っころが知ってるの?ジャングル出身ってことはあの島出身じゃないよね?」

「オイラはただばば様に教えてもらった曲を演奏してただけなんだぞ。同じジャングルの仲間も知らない曲だって言ってたし…。」

「きっと何かしらの縁があって、ドットの故郷まで曲だけ届いたんでしょうね。でも、発祥の地が分かったなら、そこに行けばもしかして楽譜とか見つかったり…?」

「っ!だとしたらオイラも、その楽譜を練習すれば…!また昔みたいに…」


 ドットの耳がピンと立ち上がる。その瞳にはわずかだが希望の光が見えていた。

 だが、その希望を撃ち殺すように、ティロロが「やめときなよ」と言葉で刺した。


「ろくに音も出せないのに、今更何を頑張ったって時間の無駄だって。ナイン君の言う通り僕たちが代わりに演奏するのを待ってる方が数倍マシ。楽譜を手にしたところで、何も変わらないんだから、大人しくしてれば?」


 やや早口でまくし立られたそれは、罵倒というより、はっきりとした警告だった。

 このまま言われっぱなしでいたくないと思ったのだろう。ティロロの警告を受けても、ドットは涙をぐっと堪えて必死に食らいつこうとした。


「そうだとしても、オイラはあの曲をもう一度聞きたい…!どんなに下手くそでも、もう一度演奏できるようになりたい…!!」

「無理だよ。絶対無理」

「無理じゃない!」

「そういうのは感情論じゃどうにもならないって言ってんの。…それとも、恩人に下手っぴな音楽聴かせて失望されたいの?」

「…失望はされたくない。でも、オイラは下手だ。だから、これからたくさん練習しないといけないんだ!」

「……やめておけばいいのに」


 結局、折れたのはティロロの方だった。好きにしろという意思表示なのか、急に関心を失くしてしまったようにそっぽを向いて黙りこんでしまう。

 その様子に、ゴークが片眉を上げた。


「何をそんなイライラしてやがるんだ?」

「別に?イライラなんてしてないよ」


 言葉とは裏腹にティロロの尻尾は不機嫌そうにゆらゆらと揺らめいている。

 もともと温厚な性格というわけではないが、今日のティロロはドットに対してやけに当たりが強い気がした。ゴークが指摘したのと同様にナインも違和感があるなと思っていたが、これといった確信が持てないままだった。

 釈然としない気持ちを隠すように、ティロロは「はぁー。もう。仕方ないなぁ」と大げさにため息を吐いた。


「僕がその島に行って楽譜をもらってくるからさ。下手っぴなナイン君たちは大人しくここで練習してなよ。…それでいい?犬っころ」

「っ!!うん!!ありがとう!!」


 ドットは笑顔で頷くが、そこにすかさずナインたちが割り込んだ。


「俺も行きます」

「いや、言い出したのは俺様だ。俺様が一人で行って取って来る。あの島なら飛んで行けばすぐだ」


 今日のティロロの様子は明らかにおかしい。

 そんな彼を一人にしたくなくて、二人は一斉に手を挙げた。そんな気持ちを知ってか知らずか。ティロロは笑いながらさらりとそれを断った。


「あはは。突然どうしたの二人とも。変なの。どう考えても僕だけ行くのが一番効率的じゃん。今回は楽譜取りに行くだけなんだから、ナイン君はいなくていいし」

「ですが…」

「クーちゃんなんてろくに人間とコミュニケーション取れないんだから、もっと必要ないでしょ?今回は僕一人で行ってくるよ」

「………。」


 ぐうの音も出ない。

 論破するだけ論破して、ティロロは転移魔法を使い、「じゃ、行ってくるね」と雲のように消えてしまった。


「なんだか今日のティロロ…。ちょっとおかしいですよね…?」

「………オクラ野郎が戻ってきたら俺様が見ておいてやる。てめぇはせいぜいハーモニカをまともに吹けるようになっとけ」

「わかりました」


 ナインとドットはティロロの帰りを待ちつつ、ハーモニカの練習を再開した。





ここまで読んでくださりありがとうございます。

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