中には誰もいませんよ?
キノコの大群を見上げながら、それぞれが驚きに声を上げる。
「すげー!でかーい!!」
「あれが!キノコの森!とても大きなキノコですね」
「こうもでけぇと気味が悪ぃな…」
「あっ、こら!!お前たち、待つんだぞ!!」
キノコの森にナインたちが近くと、そのうちの一つがぴくりと動いた気がした。
気のせいかと思っていると、ただ群生していたはずのキノコににょきりと2本の足が生え、“立ち上がった”。
「…え」
巨大なキノコたちに一斉に足が生えるという世にも奇妙な現実を目の当たりにしたが最後、キノコたちはその足を巧みに使い、人間のように猛ダッシュした。
「「ええーーー!!??」」
ナインとティロロが驚きのあまり、二人同時に声を上げる。
巨大なキノコたちの走るスピードは、その巨体に似合わず凄まじい速度だ。
きっと馬の二倍は早いと思われるキノコたちは、止める間もなくどこかへ逃げ去って行く。
ハーモニカを持っていた手をおろしたドットは苦々しい顔で呟いた。
「くっ!だから待てと言ったのに…!」
あれだけ視界を埋め尽くしていたキノコたちは、瞬く間に全て逃げ、いなくなってしまった。
「行っちゃいましたね…」
「あははははは!!!何あれ!?超面白いんだけど!!てか足早っ!!」
「きめぇ」
足の生えたキノコを目の当たりにして三者三様な反応を示すナインたち。
それに呆れたように、ドットは眉間のしわを深くした。
「お前たち、ユーコ様が言っていたのを聞いていなかったのか?あれがキノコの森だぞ。あのキノコたちは外敵から身を守るために超高速で移動するんだ」
「移動するとは聞いていましたが、思っていたのより数倍早かったです」
もっと正直な感想を述べさせてもらうと、移動の方法も想像していたものよりはるかに気持ち悪かった。
キノコの森というが、あれはキノコ人の群れと称した方が合っている気がする。
それぐらい奇々怪々な光景だった。
逃げてしまったものはしょうがない。
ナインたちはドットの鼻を頼りに、逃げたキノコの森を探すためジャングルの中をまたさ迷い歩くことになった。
その後、2度、3度とキノコの森と再び遭遇することができたが、何度遭遇してもすぐ逃げることを繰り返す。
我慢比べが不得意そうなティロロが胡乱な目をした。
「僕が転移魔法で先回りしてもそれを掻い潜って逃げるとか、化け物みたいなキノコだな…。本当にあれモンスターじゃないの?もしくは中に人間入ってない?」
「一応植物だと聞いているんだぞ」
「植物!?あれが!?」
「焼いていいか?」
「ダメですゴーク。堪えてください」
ティロロの転移魔法もゴークの熱光線も、奇妙なキノコ相手だと分が悪い。
キノコたちに出会っては撒かれ、出会っては逃げられをひたすら繰り返す。
体力の底が見えないキノコたちを追いかけているうちに、ナインの体力の方が先に底をついてしまった。
「ぜぇ…ぜぇ…!ちょっと休憩して……作戦を…っ……作戦を考えましょう……っ!!」
このままではらちが明かない。4人は休憩がてら、座って作戦会議をすることにした。
「あれだけ全速力で逃げられると、七色ダケを見つけることはおろか、スケッチするどころじゃないですね」
「てか、あんな足の生えたキノコ、絶景でも何でもねぇだろ…。何でガイドブックに載ってやがんだよ?オリビアのやつ、気でも狂ったのか?」
「そんなの俺が聞きたいです」
ゴークの指摘通り、これまで見てきた絶景たちと比べると、今回のキノコの森はあまりに異質過ぎた。奇想天外な光景というならわかるが、思わず見惚れてしまうような絶景とは程遠い。
謎は深まるばかりだったが、今回は絶景を見てもまだナインの結婚指輪が反応していない。きっと何かまだ裏があるのではないかとナインは考えていた。
(そういえば、あのハーモニカ…)
ドットは大事そうにハーモニカを握りしめながら俯いている。
ナインたちが逃げるキノコの森と悪戦苦闘している間、ドットは何度もそのハーモニカを握りしめていた。たしかジャングルに入ってすぐにも、ドットはそのハーモニカがキノコの森を探すのに必要だから持ってきたと言っていなかったか。
おそらくナインと同じことを思ったのだろう。ティロロが先に口を開いた。
「ドットちゃんさ。あのキノコたちと出会う度、何回かそのハーモニカ吹こうとしてなかった?それ、なんか意味あるんでしょ?いい加減教えてよ」
「これは…」
ハーモニカを握りしめたまま、沈黙したドットはまた俯いてしまう。
どう見てもわけを知っていそうなのに話そうとしないその様子に、焦れたティロロが転移魔法を使ってハーモニカを奪い取った。
「か、返せ!!オイラのだぞ!」ときゃんきゃん吠えるドットを無視して、ティロロは強奪したハーモニカをしげしげと眺める。
「ふーん。特に魔法の気配もしないし、ちょっと形は変わってるけどごく普通のどこにでもあるハーモニカじゃん。どれ、試しに僕が吹いてみよう」
「っ!?やめるんだぞ!!」
「あいたっ!この犬っころ!僕のこと噛みやがった!」
「ぐ、ぐるる…!!」
ドットがティロロに噛みつき、ハーモニカを奪い返す。もう取られまいとハーモニカを胸に抱えて威嚇するドットへ向けてナインが代わりに謝罪した。
「今のはティロロが悪いですよ。ドット、俺の友達が失礼をしてすみません。大丈夫ですか?」
「うん…。……ん?………お前」
「はい?」
「人間だからか?なんだかユーコ様と似た匂いがするな。落ち着く匂いだ…」
ナインの笑顔に悪意がないことに安心したのか、ドットは威嚇をやめてくれた。
視界の端でティロロがまた虐めようとするのをゴークに止めてもらいながら、ナインはドットと二人で話を続けた。
「そのハーモニカ、ずっと大事そうに持っていましたよね?ドットにとって大事なものなんですか?」
「これは……。ユーコ様がオイラにくれたんだ」
「そうですか。もしよければ、何か一曲吹いていただけませんか?俺、この前まで牢屋にいたので、音楽に触れるのも久しぶりでして」
「…吹けない」
「………理由をおききしても?」
ドットはぎゅっとハーモニカを握りしめながら、どこか遠くを見つめる。
やがて思い出を反芻するように、ぽつりぽつりと語り出した。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
執筆の励みになりますので、もしよろしければ評価、ブクマ、いいね等々よろしくお願いいたします。