二次元の推しが三次元で出てくる奇跡
しばらくあれやこれやと主に男性陣が頑張っていたが、結果は惨敗。見ていられないとばかりに、ラミィが前に出た。
「……揃いも揃って情けないわね。いいわ。私がやってあげる」
椅子に座るユーコの前に立ち、目を合わせる。
「私の目を見て。………鏡よ鏡。一番格好いいと思う人は誰?」
目が怪しく光ったラミィの身体が瞬く間に変化していく。
粘土のようにぐにゃぐにゃと捻じれた後、ラミィは見たこともないような絶世のイケメンへと姿を変えた。
その姿を目にした瞬間、「ほ、ほげぇえぇえええ!!」と奇声をあげてユーコが椅子ごと倒れる。
「ユーコ様―――!?」
ガンガルフが心配して駆け寄るが、ユーコの目はラミィを写したまま離れなかった。恍惚とした表情は幸せそうだが、瞬きをしないせいで目が血走っている。
「わたくしのかつての推しが目の前に……!!!ひ、ひぇぇぇ顔面偏差値高杉晋作!私今アキラ君と同じ空気吸ってるーー!!!」
やっぱり何を言っているのか分からない。アキラ君というのが、おそらくユーコの思う一番格好いい人なのだろうが、それにしてもこの反応は過剰すぎて少し心配になる。血圧の上がりすぎで心臓が止まったりしないだろうか。
はらはらといろいろな意味で心配しながら男性陣が見守る中、ラミィはさらなる追撃に出た。
「何だよユーコ。お前が俺をここに呼んだんだろ?」
「しかもCV性格完璧か!!推しが私の名前認知してる…!?無理無理無理無理オタク死んじゃう…。こんなの耐えられ……ぐはぁっ!!!」
「おいおい。大丈夫かよ。…ったく。あんまり俺の手を煩わせるなよ?ボケナス」
「きゃーーーー!!ボケナス呼びキターーーー!!!」
「はっ。相変わらず気持ち悪い女だな」
「はぅわーーー!!!そうです私が気持ち悪い女です…!!わが生涯に一片の悔いなし!!」
さっきからラミィが変化した男はユーコに対して結構な暴言を吐いている気がするが、それでいいらしい。ユーコは滝のように涙を流しながら喜んでいた。
「……えっと、これで合格ですかね?」
「もちろん合格ですわ!!!!」
あっさりと合格を出したユーコはその後も、「これは何分制ですの!?アキラ君といるためなら金ならいくらでも払いましてよ!?」と言い出したため、ラミィは内心で呆れながらも延長に付き合った。
それを遠巻きに見ながら、男性陣は部屋の片隅で紅茶と菓子をつまむ。
「ガンガルフさんも大変ですね…」
「思うところがないではないが、ユーコ様が楽しそうにしておられるのが一番だ」
「………女性はたくましいですね」
ユーコはどこから持ってきたのか三脚とカメラを用意し、撮影会が始まっていた。
時折奇声を発しながら、ドレスが汚れることも厭わず、床を這うようなすごい角度からカメラを構えている。
これは長くなりそうだなと、男たちはまた紅茶を一口啜ったのだった。
撮影会は夜まで続き、ナインたちは歓迎するユーコの誘いに乗り、洋館に一泊することになった。
昼間いただいた菓子も美味しかったが、夕食に出された料理もものすごく美味しい。異世界のものと思われる食べたことのない料理もあったが、そのどれもが筆舌に尽くしがたい程美味だった。
料理をいつも美味しそうに食べるラミィはもちろん、ティロロや普段あまり料理を口にしないゴークまで出された料理を食べている。
「お気に召していただけたかしら?」
「はい。とても」
「ユーコ様が異世界から取り寄せた食材とレシピを用いているのだ。美味で当然だろう!」
ナインの反応に気をよくしたらしいガンガルフが胸を張る。
その拍子にずれた襟元に、日焼けした肌でもわかるほどありありと首輪のような痣ができているのが見えた。
「その首の痣は…?他の獣人の皆さんにも同じような痣がありましたよね?」
「我々は元奴隷だからな。これはその時の首輪の痕だ」
痣を指でなぞりながら、ガンガルフは昔を懐かしむようにユーコを見た。
「ユーコ様はかつて奴隷として売買されていた我々獣人たちを全て買い叩き、ここに住まわせてくださったのだ。いつ出て行っても良いと言われているが、我々が頼み込みここで従者として働かせていただいている。このような辺境のジャングルに洋館を建ててくださったのも、我々獣人が運動不足にならないようにと寄り添ってくださったからだ」
「なるほど。それでこのジャングルに…。ユーコさんは優しい方ですね」
「こんなに可愛くて格好いい獣人たちが不等に扱われるなどあってはならないことですから。当然のことです。わたくしは自分の萌えを信じ、感じるがままに行動したに過ぎませんわ」
転生勇者のタロと初めて会った時はお互い敵としてしか見ていなかったが、ユーコとこうして話しているととても悪人には見えなかった。
いや、そもそもタロもあの時は終始穏便に済ませたいと言っていたし、案外悪い人間ではなかったのかもしれない。まぁ、だからといって、タロがアマクロイスと繋がっている以上、たとえ彼が善人でもナインと手を取りあう未来があるとは思えないが。
ナインはステーキの肉をナイフで切りながら尋ねた。
「転生勇者同士は、仲間というわけではないのですか?」
「仲間、というより互恵関係ですわね。わたくしたちは同じ境遇を持ついわば同志。困った時には助け合うことにしていますの。ですが、それ以上のなれ合いも干渉することも特にありませんわ」
「では、俺たちに協力するとその関係に角が立ってしまいませんか…?」
「あら、わたくしのことを心配してくださるのですね。なんてお優しい方。…ですが、大丈夫ですわ。タロ様は生粋のゲーマーであり、元いた世界に最も染まっているお方。わたくしと敵対して恩恵が受けられなくなって損をするのはあちらの方ですもの。たまにはわたくしのわがままも聞いてもらわないと困りますわ」
にこやかに笑う姿は貴族令嬢さながらだが、少し悪戯好きの少女のような一面も垣間見える。一体歳がいくつなのかはその見た目からはわからなかったが、二面性がある人だとナインは思った。
「それにわたくし、あなた方というこの世界の特異点に大変興味がありますの。これを機に一緒に遊ばない手はないですわ。……ねっ!ラミィさん!」
「えっ!」
突然話題を振られ、夢中で《かつ丼》という名の異世界料理を頬張っていたラミィは驚いて目を見開いた。
どうやらさっきの“推し”の一件で、だいぶラミィを気に入ったらしい。ユーコは可愛い人形を見つけた少女のような目をラミィに向けていた。
(これはまた…。カルヴァとは違うタイプのお友達になりそうですね)
着々と女性の友達を増やしつつある人見知りモンスターを、ナインは兄にでもなったような気持ちでこっそりと応援したのだった。
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