物理的にも精神的にも勝てる気がしない
無事女神のステンドグラスを見るという目的を達成したナインたちは、翌朝まだ協会の港の宿屋に宿泊していた。
朝食をとっていると、そこにいつものシスター服を着たカルヴァがやってくる。まるで旧友のような気軽さだ。ナインたちの姿を見つけ、「あ、よかったまだいたー」と嬉しそうに駆け寄った。
「もう別の場所行っちゃったかと思ってたー。目的のステンドグラスは見れたんだし、もうそろそろダーリンたちは別の場所に移動するんでしょー?」
「はい。その予定です」
カルヴァの言う通り、ナインたちは昨日すでに旅に必要な物資の補給も終えていた。朝食を食べた後、転移魔法で次の場所へ移動するつもりだ。
「じゃあ、ダーリンたちとはここでいったんお別れだねー。ちょっと残念―」
「ええ。悲しいですが、次会う時は敵同士ですね」
ここ数日の間、カルヴァとはなんだかんだ行動を共にすることが多かったため、ナインは若干情が移り始めていた。悲しいというのもあながち嘘ではない。
素直にそう伝えれば、カルヴァは悪戯が成功した子供のようににんまりと笑った。
「それなんだけどー。カルちゃん秩序管理隊辞めることにしたからー。もう敵同士じゃないよー」
「えっ!?」
さらっと凄いことを言われてしまった。秩序管理隊を辞める?
一瞬きき間違いを疑ったが、どうやら本気らしい。カルヴァは理由を説明し始めた。
「戦うのは好きだけどー、『自分の老後資金ぐらい自分で稼げる!馬鹿にするな!』って言われちゃって、もうお金稼ぐ理由もなくなっちゃったからさー。戦うだけなら秩序管理隊に入ってなくてもできるしー?あの姫様なんか好きになれないしー。カルちゃんもともと誰かの命令とかききたくないタイプだしねー。もういいかなってー」
馬鹿にするなとは一体誰に言われたことなのか。聞くのは野暮というものだろう。
カルヴァはカルヴァで、きちんとこの港で目的を達成し、次の場所に向かうことができたようだ。
ナインは「そうでしたか」と心の底から安心して微笑むと、それを喜ぶようにカルヴァも一緒になって笑った。
「だから今から城に戻ってー。秩序管理隊を辞める手続きを終えたらぁ、今度は恋に生きようかなって!」
「恋!?」
素っ頓狂な声をあげるラミィを無視して、カルヴァはナインに一歩、二歩と近づいた。
鼻と鼻が触れそうなくらいの至近距離にまで近づかれ、椅子に座っていたナインは逃げ場を失う。
「どうせカルちゃんが罪人であることは変わりないしー。犯罪者として追われる前に、花を咲かせたいっていうかー。……………ダーリンになら、本気になってもいいかなって思ったんだー」
「お、俺には奥さんがいるので…」
「うん。ダーリンの気持ちは知ってるー♡でも、それとカルちゃんの恋は別物でしょ?だから………これは宣戦布告ってことで」
ちゅっ。
カルヴァはそっとナインの額に口付けた。ひゅうと口笛を吹いたティロロの横で、「きゃああああ!!」と何故かラミィが発狂している。
「………またねー」
颯爽と去って行く背中は何一つ後ろめたいものがないように見えた。
勇者を辞めたナインがオリビアと出会ってやりたいことを見つけたように、カルヴァもまた本当にやりたいことを見つけられたのかもしれない。
(もともと強かったのに、さらに強くなられた気がします…)
物理的にも精神的にも。勝てる気がしない。
だが、ナインとて譲れないものがある。
嵐のように去って行くカルヴァを見送って、ナインたちも次の目的地を目指すことにした。
ナインたちはティロロの転移魔法を使い、ジャングルの奥地に来ていた。
普通の森とは違い、大きな葉っぱの隙間からこぼれる太陽光は強い。何となく気候もじっとりと蒸し暑く、ナインは着ていた服の袖をまくった。
「こんなジャングルの中に、本当に洋館が建っているんでしょうか…?」
しばらく歩いてみたはいいものの、人っ子一人出会えていない。
それでも蔦に足を取られないように気をつけながら前に進む。道がないためどちらが前かもわからなかったが、歩くほかなかった。
「あのシスターが嘘を言っていなければね。もし嘘だったら木の棒であの頭を引っぱたいてやるわ!」
苛立ったラミィがずんずんと大股で前を歩く。見たこともない形の植物を踏んだ瞬間、どろどろの粘液がそこからあふれ出し、「気持ち悪っ!」と顔を顰めた。
さっきは大きな蜘蛛を見つけて大声を上げていたし、ラミィとジャングルはあまり相性が良くないのかもしれない。
ナインはじんわりとかいた汗を拭いながら、ここに来る前に言っていたカルヴァの言葉を思い出していた。
『旅を続けるのは良いと思うけどー、今度またタロ様が来た時に逃げる作戦ぐらいは考えておいた方が良いと思うよー。転生勇者が本気を出したら、ダーリンたちなんて皆イチコロなんだから。目には目を。歯には歯を。転生勇者には転生勇者をーなんてね!
転生勇者のユーコ様は、噂だとどこの国にも属してないらしいしー。いるらしい場所教えてあげるから、ダメもとで味方になってもらえないか頼んでみたらー?』
カルヴァから教えてもらった転生勇者がいるといわれる場所。それこそがこのジャングルだった。
カルヴァもそのユーコという転生勇者と直接面識はないそうだが、どうやらこのジャングルにある洋館に住んでいるらしいというのは勇者たちの間では有名な話だそうだ。
そもそも転生勇者は皆、桁違いの能力を持っており、度を越えた強さだ。人里離れたところに自宅があるのは別の理由で、隠れ住んでいるわけではないのかもしれなかった。
ナインたちはしばらくジャングルの中を歩いてみたが、探せど探せど、それらしい洋館が見当たらない。
ジャングルに行けばすぐ見つけられると思っていただけに、転生勇者探しは難航していた。
「ゴーク。空から見てみてどうでしたか?」
「高い木ばっかで何にも見えねぇし、変な気配も感じねぇ」
「んー。でも、このジャングル中でうっすらと魔法の気配はするし、認識阻害の魔法でも使ってるんじゃない?どう?ラミィちゃん」
ラミィはこくりと頷いた。
「多分そうだと思うわ。このジャングル自体迷いやすいように認識阻害の魔法がかかっているみたい。だけど、それとは別に何か強い魔法の気配を感じる…。おそらくそれが私たちの探している洋館でしょうね」
「では、がっつり隠れてしまっているわけなんですね。その気配を辿ったりすることは難しそうですか?」
「んー…。できなくはないかもしれないけど……ティロロ。あんたの方がこういう気配探るの得意でしょ?あんたがやりなさいよ」
「あはは。面倒くさいから嫌!ラミィちゃんがやりなよ」
「はぁ?面倒くさいからって…何よその理由!」
不真面目さを怒るラミィを恐れることなく、ティロロはにやけながらそっと耳打ちした。
「僕が気を利かせて、カルちゃんに一歩リードされちゃったラミィちゃんに見せ場を作ってあげようって言ってるの……わからない?」
「…っ!余計なお世話よ!!」
ラミィは囁きかけてきたティロロを、まるで虫を掃うように追い払う。くすくすと愉快そうなティロロを置いて、ナインに向きなおった。
何も知らないナインはやや残念そうに「別の方法を考えた方がいいですかね?」と首を傾げている。その額にカルヴァが何をしたのかを思い出し、ラミィは奥歯を噛んだ。
「………やってみるけど、あんまり期待しないで頂戴」
ラミィはそう言って、集中するように一度大きく深呼吸をする。
小さな鏡をいくつか出現させ、辺りを探るように自分の周りをくるくると旋回させた。
「やっぱり時間かかるねー。洋館の場所がわかるまで、僕暇だから飛んでる虫を一匹ずつ殺しててもいいー?」
「洋館を探すなら、このジャングルを焼け野原にしちまえばわかりやすいんじゃねぇか?」
「ゴーク。それは最終手段ですよ」
「あんたたちいいから黙ってなさい!!ちゃんと頑張ってるから物騒なこと言わないで!」
人がせっかく頑張っているのに、ジャングルの命運まで背負わされては堪らない。
いらぬプレッシャーを受けつつ、数分後。ラミィの頑張りにより、ナインたちは最も認識阻害の魔法が強そうな場所を突き止めた。
ラミィがここだと思うと言った場所にゴークが手を触れ、かけられていた魔法を熱で溶かす。
すると、ベールのようなものが剥がれ落ち、ジャングルの中に突如大きな洋館が顔を出した。
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