転生勇者タロの独白(下)
アマクロイスの城に戻ってくると、メイドさんはまるで全て読んでいたようなタイミングでまた朝食を運んでくれた。
部屋で昼食をとった後、オレは特別な魔法石を発動する。
その瞬間、体が転生勇者だけが使える異空間へと飛ばされた。
目を開けると、異空間の中にはすでに見知った顔が並んでいた。
「おや。珍しい。太郎君が一番最後だったみたいやね」
「太郎様!お久しぶりですわ!」
異空間の中央に大きな円卓が一つ。それを囲むように座っていた佐藤弘樹と田中裕子はオレの姿を見て、それぞれ挨拶してくれた。
この並びと円卓。いつ見ても強者感が凄い。
オレも簡単に挨拶を返して、席に座った。
「あれ?野田さんは今日もお休みですか?」
「今日も体調がすぐれないんやて。ワイの方に連絡があったわ」
「また?最近多いですね…。大丈夫かな…」
「しゃーないやろ。ワイ等ん中じゃ野田さんが一番年上じゃ。ようわからんけど、寒暖差とか持病の癪とか、きっといろいろ体にこたえるんやろ」
弘樹さんは本気なのか冗談なのかよくわからないことを言った後、2人しかいないオレたちの顔を見渡した。
「さて、今日は定期報告会の日なんやけど、皆の衆、変わりはないかな?」
「ないですわ!」
「ないです」
「報告しておきたいことは?」
「ないですわ!」
「ないです」
このやりとりも一体何度目になるやら。
もう何回目になるかもわからない定期報告会は、こうしてあっけなく閉会した。
「平和でよろしい!んじゃ、定期報告会はこれくらいにして…。いつも通り、情報交換の時間といこうやないか!」
急に声のトーンを変える弘樹さんに俺たちも待ってましたと気分をぶち上げた。
姿勢を正しながらも裕子さんは手を90度に曲げた。
「はい。では、わたくしから。………今回わたくしに何か取り寄せて欲しい方はいらっしゃいまして?」
「はい!新作のゲームソフトで銃撃戦系のやつがあったら手に入れて欲しいです!最近はFPSにはままってて…!あと前回送ってもらった漫画の続編!もし出ていたら即取り寄せて欲しいです!それからいつもの週刊誌は継続購入で。Blu-rayについてはこの紙に詳細を書かせていただきましたので…なにとぞ…!なにとぞ…!!」
「ワシは新しいフライパンと電子レンジが欲しいんやけど、頼んでええか?長年使ってたもんがついに寿命が来てしまったんや…。後はコロコロの替え。仲間の毛がどうしてもカーペットに落ちてしもて…掃除してもしても終わらないんや!箱のダースで貰いたい」
「お安い御用ですわ!」
裕子さんは転生勇者でありながら、何故か悪役令嬢になりきっている面白い人だ。
嘘か本当かわらかないけど、転生する前は限界社畜OLをしていたらしい。
裕子さんは現実世界のネットをそのまま使える特別なスキルを持っていて、何故かアマ●ンと楽●を使って、何でもこの異世界に取り寄せることができる。
しかもお金はこの世界の通貨で大丈夫らしく、オレたち転生勇者はいつも彼女に借金するギリギリまでショッピングを依頼していた。おそらく転生勇者の中で裕子さんに世話になったことがない人はいないだろう。
「んじゃ、次にワイやな。今回出張モンスターショップを依頼する人はいるか?もしくは、新種のモンスターの情報があれば教えて欲しいんやけど?」
弘樹さんはいわゆるチートテイマーで、加えて無類のモンスター好きだ。
彼のスキルは出会ったモンスターを大体手懐けることができてしまうらしく、嘘か本当か知らないけど、一度それでこの異世界にもふもふ天国を築いたことがあるらしい。
転生前は凄腕営業マンだったらしいが、全ては謎のままだ。
「はい。また獣人奴隷なんてものがもしいらっしゃったらわたくしのところへ寄越していただきたいですわ!責任をもって、全力で幸せにいたします!」
「裕子さん、まだ獣人ブーム終わってへんの?」
「当然ですわ!耳と尻尾と萌えは淑女の嗜みですもの!」
そんな嗜みは聞いたことがない。
オレは小さく挙手した。
「新種かどうかはわかりませんが、砂漠のオアシスの街で空から光線が見られたそうです。なんでもそれが砂上の砦のダンジョンを一撃で葬ったとか。新しい魔法か、もしくはモンスターかも…」
オレは勇者ギルドの受付嬢から今日聞いた話をそのまま弘樹さんに伝えた。
「光線か…。光線を口から出すドラゴンは前に見たことがあるんやけど、もしかしたらそれかもな…。でも、話聞く限りその破壊力は確かに新種かもしれへんし…。しかも空からか。探すのが大変そうや」
「あー…ですよね。すみません。もっと良い情報があったらよかったんですけど」
「ええねん。ええねん。ワイはそういう不可解な現象からレアなモンスターに行き当たるときが一番楽しい!せやから、もしまた新しい情報があったら教えてな!」
「はい。わかりました」
素直に頷く。弘樹さんも裕子さんも、実年齢は知らないけど俺よりも年上で頼りになる転生勇者だ。今後もなるべく良好な関係を築いていきたい。
最後にオレの番が回ってきた。オレは控えめに尋ねる。
「ええと、お二人は今何か困っていることはありますか?」
「ない!」
「ないですわ!」
即答され、俺はちょっと落ち込んだ。
最強チートという肩書は、こういう時に無力だ。
2人が今トラブルを抱えていないことは結構なことだけど、役に立てないというのはやっぱり寂しかった。
「いつも助けていただいてばかりですみません。オレの能力も何かお二人の日常でお役に立てたら良かったのですが…」
「まぁ!何を仰っているんですの?太郎様が何もしないと言うのは、なにより平和な証拠ですわ。謙遜するのはやめてくださいまし!」
「そうやな。世界滅亡の危機とかになったら真っ先に太郎君頼みになるやろし、もしその時が来たらそん時はほんま頼みますわ」
「あはは…」
本気なのか冗談なのかわからない。
だが、最強チートが役立つとしたら、きっとそんなときぐらいなのだろう。つまり、それ以外は用なし、と。
オレはちょっぴり寂しい気持ちのまま、転生勇者会議の亜空間からアマクロイスの城へ戻った。
そして、テレビの電源をつけて、ゲームを起動させる。
この世界はこのRPGと同じだ。
モンスターを倒せば経験値が手に入ってレベルが上がる。レベルが上がればもっと強いモンスターを戦って倒せるようになる。それの繰り返し。
戦闘で傷を負っても魔法や薬ですぐに治るし、プレイヤーはなかなか死なない。
レアなアイテムは高値で売れるし、性能が良いアイテムを求めてプレイヤーが群がる。
今この城はなにやら《世界の原石》のことで盛り上がっているらしいけれど、《世界の原石》で世界のルールが変わったところで、この世界がゲームであることは変わらない。
精々RPGが恋愛シミュレーションゲームに変わったり、ホラーゲームに変わったりとジャンルが変わるぐらいだろう。所詮ゲームはゲーム。ここは俺の知る現実世界とは何もかもが異なっている。
今更、オレが無双できない世界が来るとは思えなかった。
「何か楽しいこと起きないかな…」
平穏を望みながら、頭の片隅ではいつも真逆のことを考えている。
無意識にナインに噛まれた指をまたなぞる。
何度思い返しても、強い意志を持ったあの目。
あれがこの世界のバグだったとしても、あの情熱が、オレには少し羨ましかった。