転生勇者タロの独白(上)
番外編のような異世界説明会。
転生勇者タロから見たこの世界についての話です。
強い衝撃に暗転する視界。最後に見たのは、黒くて綺麗な毛並みをした猫。
オレ、鈴木太郎は目を覚ました。
見慣れた天蓋を見た後に寝返りをうてば、豪華絢爛な調度品の数々が目に入る。
それらをぼんやりと眺めながら、今しがた見ていた夢を思い出していた。
(学校帰りに黒猫を助けようとして、トラックに轢かれるとか…。我ながらライトノベルにありがちな死因だったな…)
オレが今見ていた夢は、転生する前にいた世界―――現実世界で実際にあった出来事の夢だ。
なぜならオレは一度、現実世界で死んでいる。
死んだと思った直後、オレは何故かもう一度目を覚ました。
そこはまさに亜空間と呼べるような何もない空間で、その中央には【つづきから】と【はじめから】の文字だけが浮かび上がっていた。
(こんなのまるでゲームの待機画面じゃないか。
だとすると、タップしたら何か起きるかもしれない)
その時の俺は何一つ現状を理解できていなかったが、ゲーム脳だったことが幸いして、かろうじてそれだけは理解できた。
待てど待てど人っ子一人来やしない。きっとボタンを押さないと何も進まないということなのだろう。
オレは悩みに悩んで、結局【はじめから】を選んだ。
死んでしまったものはしょうがないし、正直、ろくな人生じゃなかった。
それに、つづきからの方を選んで、交通事故の後植物人間からスタートでしたなんていう事態は避けたい。
はじめからやり直せるというのならそれも一興だろうと、オレは胸の高鳴りを抑えながら文字をタップし、こうして異世界転生を果たしたのだった。
そんなことを思い出しながら、オレがベッドの上でもだもだしていると、部屋の扉が控えめにノックされた。
返事をすると、音もたてずに城のメイドさんが入ってくる。いつもながらいつオレが起きるのか全て分かっているかのようなベストタイミングだ。
メイドさんが引いてきたワゴンの上には朝食が乗せられていた。
「タロ様。お食事をお持ちいたしました」
「いつもありがとう。そこに置いておいて」
異世界転生をして赤ん坊から人生をやり直したオレは、この世界を遊びつくした末に今はここアマクロイス城を根城にしていた。
異世界に来たばかりの頃は、それこそ新しい生と初めての異世界に浮足立ち、世界中を冒険をして楽しんだものだったが、それもものの10年で飽きてしまった。
オレはいわゆるチートキャラというやつで、何をしても大抵のことは上手くいく。
魔法も剣術も、それこそ人間関係も。まるでそう調整されているかのように、特になにか努力したわけでもなく、何もかもが上手くようになっていた。
この異世界では、オレが欲しいと思ったものは大抵何でも手に入った。
アイテムに土地に、名誉でさえ。手に入れられるものは大抵どうにかなってしまうらしい。
ならいっそ世界征服でもと考えたりもしたけど、それもすぐにどうでもよくなった。
それなら、ラノベの異世界転生者よろしく、ハーレムでも築いてこっそり暮らしている方が性に合っている。成人したオレは冒険の中で出会った数人の可愛いヒロインたちと交流を続けつつ、孤独を感じない程度にアマクロイス城で自堕落に過ごすことに決めた。
幸い、俺と同じく異世界転生したらしい転生勇者の友人から、定期的にテレビゲームや漫画を恵んでもらえているため、退屈になることはない。
実に奇怪なことに、オレは異世界転生して生まれ変わってからも、結局は転生前と似たような人生を歩んでしまっているわけである。つまるところ、ただのひきこもりだ。
いろいろ遊んでみた結果、平穏と安定が一番だったということにきづいた名誉の隠居と言ってもいい。
ひきこもりではあるけど、かつての旅で出会った可愛いヒロインたちが時々この城を尋ねてくれたりする。それに、仲良しというわけではないけれど、同じ境遇の転生勇者たちもいる。
同じひきこもりでも、オレは孤独じゃない今の異世界生活を気に入っていた。
幸いこのアマクロイス国は一番勇者贔屓が強い。姫も美人だし。転生勇者という肩書でひきこもるにはぴったりだった。
「タロ様、本日のご予定をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「午前中は昨日のゲームのつづき、午後は…あー。そういえば、転生勇者の集会があるんだった。それに出席するかな」
メイドさんはいつも通り食後のコーヒーを嗜むオレへ予定を確認する。
転生勇者として部屋を借りている身分ではあったが、アマクロイスの人たちは支配するでも束縛するわけでもなく適度に自由をくれていた。
「承知いたしました。では、午前中に勇者ギルドへの顔出しをお願いいたします」
「えっ。今日は昨日のゲームのつづきをしたいんだけど…」
「ギルドマスターへお変わりがないか確認していただくだけです。いかがでしょうか?」
「うーん」
強制はしないものの、アマクロイス城の上の方々は時々俺にこうして頼みごとをしてくる。断っても文句を言って来たりすることはないが、オレもタダ飯食らいというのは気が引けたから、いつも気分によって引き受けたり引き受けなかったりしていた。
今回の頼み事は定期的にある勇者ギルドへの顔出しだ。
オレはこの世界でいわゆる最強というやつらしいので、治安が悪くなりそうな勇者ギルドへ時々挨拶に行って欲しいと頼まれる。分かりやすく言ってしまえば、見回りだ。
調子乗った礼儀のなっていない勇者がいれば懲らしめてやるし、そうでなくてもオレの存在は抑止力になる。それに、勇者になったばかりの者にとってオレの存在はそれだけで士気が上がるらしい。
「わかった。引き受けるよ。どこの街に行けばいい?」
「《砂上の砦》のある砂漠のオアシスの街へお願いします」
「あそこね。了解」
オレは適当に服を着替え、窓の縁に足を引っかけると魔法を使って空を飛んだ。
転移魔法も使えなくはないけど、今日は晴れてて天気も良い。運動不足解消がてら空を飛んで行く方が気持ちよかった。
(いつ見ても綺麗なマップだよなぁ…)
砂漠を目指しながら、空から世界を見下ろす。
地球のような地形をしているけれど、ここは地球じゃない。
この異世界には転生勇者の他にも、多くの勇者がいる。
だが、その勇者たちはオレとは違う存在のようだった。
ステータスが数字となって現れたり、回復ポーションで傷が回復したりするのはオレと一緒。でも、転生勇者ではない勇者たちは『ここがゲームの世界だということを知らない』。
「よっと」
10分ぐらい飛んでようやく砂漠の街に着いたオレは、さっそく勇者ギルドへ向かった。
「タロ様!ようこそお越しくださいました!」
ギルドの受付嬢に奥へと案内される。モブ顔のオレを一目で見抜くなんて、なんてできた受付嬢だと半ば感心した。だがそれも、ゲームの仕様だと思えば納得だ。見た目で人を判別するNPCなんて聞いたことがない。
勇者ギルドは名前の通り、勇者のパーティが依頼を受けるためのギルドだ。モンスター討伐や薬草採集など様々なクエストと呼ばれる頼みごとがあり、それを達成すると報酬がもらえる仕組みになっている。
オレはギルドの勇者たちに見守られる中、受付嬢の案内で奥の応接室に通された。
「タロ様にはこれから、突如《砂上の砦》が消えてできた大穴の調査をお願いしたいのです」
えっ。そんなの聞いてない。
「どうかされましたか?」
「あ、いえ…。なんでもないです。続けてください」
あのメイドさん。さては図ったな。
オレは転生前と同じく圧しに弱い。特に女性には絶対に強気に出ることができなかった。
受付嬢の話を聞くと、その大穴は最近できたものらしく、どう扱ったらいいか迷っている最中らしい。そこで、ちゃんとした転生勇者に調査してもらってから処遇を決めたいと言うことだった。
受付嬢に案内されるまま、大穴までやってきたオレはすごすごと鑑定スキルを使い、調査を開始した。
すると、面白いことが分かった。
大穴自体は何か強い衝撃でできたただの戦場痕みたいなものだ。
オレがファイアボールを撃ってもきっと似たようなものができるだろう。
それなのに、この穴にはそこかしこにレアな鉱石が埋もれていた。原産地などの種類はバラバラ。その上、何故か鉱石以外のレアアイテムまでいくつかご丁寧に埋められてあった。
どう見てもそれらはこの砂漠で自然発生したものではないだろう。
「いかがでしたか?」
「…危険はないようなので、このまま放っておいていいと思います。ダンジョンを新しく建てるのも大変でしょうし、このままこの街の観光地にしてしまっても問題はないかと」
「そうですか!それはよかった!」
穴から出て、受付嬢へ鑑定の報告をする。嘘は言っていない。
この穴はまるで、日本の潮干狩りみたいになっていた。きっと、商人たちが観光客の足を途切れさせないためにせっせとお宝をあの穴へ落として補充しているのだろう。鑑定すると元のアイテムの持ち主がわかるので間違いない。
それを勇者が掘り起こし、『レアな鉱石が取れる大穴』として話題を呼んでいる。
ダンジョンがなくなったのは残念だが、これはもう立派な観光地だ。
別に誰かが損をしているわけでもないのだから、このまま放っておいても問題はないだろう。
「安心しました。この大穴、奇術師セプテンバーと名乗る者が空けたようなのですが、もし危ないものだったらどうしようかと心配でしたので…」
「奇術師セプテンバー?」
「はい。仮面を被った紳士服を着た怪しい変態がそう名乗ったそうです。ですが、大穴を開けるほどの光線が空から撃たれた時、セプテンバーから魔法の気配がなかったそうなので、光線自体はその男が撃ったわけではなさそうだというのが、目撃者である勇者様方の見解でした」
空から光線って、なんだかSFみたいだな。でも、奇術って言ってるんだから、奇術なのか?知らないけど。
ちょっと興味を惹かれたけれど、この街以外で奇術師セプテンバーの目撃情報はないらしいから、きっと会うこともないだろう。
オレは帰り際、勇者ギルドの壁に貼られた懸賞金のチラシに目を通した。
懸賞金の中には手ごわいモンスターや凄腕の悪党がいたりして、手に負えなかったりするとオレのところまで依頼されることがある。その予習として、オレは勇者ギルドに来た時は念のため全て目を通すことにしていた。
「あの時のナイン…だっけ。そういえば脱走したって聞いたけど、結局どうなったんだろう?」
アマクロイスの姫から捕縛依頼を受けて、オレが捕らえた元勇者の懸賞金首。
鑑定スキルを使ってみた限り、あのナインという人間はかなり強力なモンスターを連れていた。
特に《熱の守護神》なんかは、ゲームのバグを疑うぐらい性能最強ぶっ壊れモンスターだった。他の2匹のモンスターも、育てれば間違いなく超超激強モンスターになるに違いない。あれは地道に経験値稼いでどうにかなる敵キャラの範疇を超えていた。
きっとあれはこのゲームのレアアイテムである《世界の原石》を使うためのNPCなんだろうけど、それにしても随分とキャラが濃かった気がする。
「こんなゲームの世界であんな本気になる必要なんてないんだけどな…」
オレはかつてナインに噛まれた指を擦った。
明確な信念や目的を持ち必死に抵抗しようとするあの姿勢は、今のオレが失くしてしまったものだ。
城から脱走したということは、また会うこともあるだろうか。
もし次に会えたら、今度はその熱意はどこから湧いてくるものなのか聞いてみたいなと思った。
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