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月夜で輝く女神のステンドグラス

 



 スケッチを終えたナインが神父の書斎を尋ねると、ナインは神父にカルヴァ宛の手紙を託された。


「貴方はカルヴァの知人なのでしょう?今ならきっとこの協会の裏にある小さな丘の上にいると思いますので。ご面倒をかけて申し訳ございませんが、あの馬鹿娘へどうかこの手紙を渡してもらえませんでしょうか?」

「……どうして俺がカルヴァと知り合いだとわかったんですか?」


 カルヴァに口止めされていたので、ナインからカルヴァの存在を仄めかしたことはなかったはずだ。頼まれた寄付だって、ナインのお金でやったことになっていたはず。

 すると、神父は小さく笑った。


「それくらいわかりますよ。だって、この協会にもう孤児院はないのに、そんなことも気づかずにわざわざ他人を使って大金を寄付しようとするなんて、あの馬鹿娘くらいなものでしょうから。孤児院の子供たちへの懺悔のつもりなのかは知りませんが、特に縁もゆかりもなさそうな方々からありもしない孤児院へ寄付をされ続ければ、いくら私たちだってその裏に誰がいるのか気づきます。あの馬鹿娘の方は未だにバレていないと思っていそうですけれどね」


 昼間見せたような優しい顔で、わりと辛辣な言葉を吐く神父はやれやれと肩を竦めた。

 昔話をするように、どこか遠くを見つめながらゆっくりと語り始める。


「昔カルヴァがまだ孤児院にいた時、この協会が賊に襲われました。

 誰もが神の教えに従って身を守ることだけに専念する中、カルヴァだけは賊に立ち向かい、私が教えた回復魔法と付与魔法を己に使って、賊を皆殺しにしました。この食堂で起こったあの夜のことが、今でも忘れられません。…その際、私は奮闘して全身血まみれになった娘に向かって『お前は罪人だ!この協会から出ていけ!』と言い放ちました。何故なら、カルヴァはこの女神のステンドグラスの前で毎朝誓った不殺の契りを破ったからです。それはけして許されることではない。いくら娘と言えど、それが私や孤児院の子供たちを守るためだったとしても。殺人は大罪なのです」


 神父は深く呼吸してから、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「盗賊に襲われたあの日、私は死を覚悟していました。私は聖職者です。人を殺すくらいなら死んだ方がマシだと今でもそう思っています。………娘に人を殺してはならないと教えたことに一切後悔はありません。神様の教えに従い、厳しく慈愛と節制を強いたことに関しても同様です。あの日血まみれの娘に向かって罪を糾弾したことにも、後悔はありません。今私が唯一悔いているのは、血まみれになって去って行く娘にあの日、『いつでも帰ってこい』とただ一言言えなかったこと。ただそれだけなのです」


 神に使える神父の顔が月夜に照らされ、徐々に一人の父親へと変わっていく。

 頑固で、規則ばかりで、怒ってばかりだとカルヴァが言っていた。神父は、不器用な父親の顔をしていた。


「血のつながりはありませんが、誰が何と言おうと、私はあの子の父親だ。罪人となってしまったあの子を、けして孤独になどさせはしない。娘の帰る場所になるためなら、私は親愛なる神にだって背きましょう」


 そう言った神父の顔は、もうすっかりただの娘の帰りを待つ父親の顔だった。


 先ほどナインが結婚指輪を通してみた情景。

 それは、目の前の神父がせっかく修復した女神のステンドグラスを粉々に砕く光景だった。“罪人の娘を女神の目から隠す”ただそれだけのために、神父はもう何度もステンドグラスを破壊することを続けていた。


 女神のステンドグラスを壊すことが、再び娘の帰る場所になることと直接つながるとは思えない。娘へ『帰って来るな』と言ってしまったことへの懺悔にしても、もっと他に方法があったといってしまえばそれまでだ。

 だが、そこにはこの親子の間には家族にしかわからない暗黙の了解のような、ナインにも見えない絆があるように感じた。


(不器用な似た者親子ですね)


 昨晩「帰る場所があるってどんな感じなんだろう」と寂しそうに言っていたカルヴァが思い出される。

 何でも破壊してしまおうとするカルヴァと何でも修復しようとする神父。やっていることは真逆でも根本的なところが酷く似ているような気がして、ナインはこっそりと頬を緩ませた。


「ところで、貴方とカルヴァはどういったご関係なのですか?」


 まさか命を狙われている仲ですとは言えずナインは「最近知り合った知人です」と言葉を濁した。

 その言葉を一切疑うことなく一つ頷くと、神父は微笑んだ。


「彼女は…カルヴァは元気にしていますか?」

「すごく元気だと思います。昨日も自分の身体と同じくらいの大きさのハンマーを振り回していましたよ」

「それはそれは。もっとお淑やかにしなさいと叱ってやらないとですね」


 カルヴァは宿屋で、自分の父親は叱ってばかりだったと言っていた。

 きっとこういうことを言っていたんだなと思ったナインは、これから壊されるはずのステンドグラスでできた女神が笑っているように見えた。


「この手紙は、神父さんが直接渡してください。きっとそうした方がカルヴァも喜ぶと思います」


 ナインの提案を、神父は静かに首を横に振った。


「私は娘から帰る場所を奪ってしまいました。私にはその罰を受ける義務があります。だから、その選択権は彼女にゆだねたい」


 会うか、会わないか。帰る場所として、カルヴァが神父のことを認めるかどうか。


「どうか。娘をよろしくお願いいたします」


 神父は深くお辞儀をした。それは、まさしく聖職者であり、父親の姿だった。






 カルヴァは小さな丘の上で手紙を握りしめ、子供のように泣き続けていた。

 その姿はまるで怪力や超人的な回復魔法を使っていたことの方が夢だったように思えるほど、いたいけな少女のように見えた。

 娘のカルヴァがこれだけ驚いているのだから、あのステンドグラスはきっと神父にとってよほど大事なものだったに違いない。

 粉々に割れたステンドグラスの破片は、月明かりに照らされ、壊れてもなお宝石のように光を放っていた。


「オリビア。君があのステンドグラスをガイドブックに描いた意味が分かった気がします」


 親の愛情は時々すごく身勝手だ。時に子供を縛り、苦しめる。

 けれど、それでも。帰る場所があるということは嬉しいことだとナインは思った。


 帰りを待つ家が、美しくないはずがない。


 壊れてしまった大切なものを捨てられずに、宝箱にそっと入れるように。

 いつか修復できることを願って。

 ナインはバラバラに壊われたステンドグラスを脳裏に焼き付けた。





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