あの中にパパはいる?
笑うカルヴァの視線の先には、逃げ遅れたアルバ親子がいた。
安全な洞穴までの道をワイバーンに塞がれ、逃げる事もできずに震えている。
「どうしようパパ…!」
「くっ…!」
親子へと涎を垂らしたワイバーンがじりじりと近寄っていく。
腕の中で震えるアルバを抱えたまま、アルバの父親は聖剣を抜いた。転移魔法を発動させ、アルバごと転移するつもりなのだろう。まばゆい光に包まれたが、それはワイバーンの爪の一撃でまんまと薙ぎ払われてしまった。
転移魔法が発動するまでの時間は使い手(勇者)の強さに比例する。アルバの父親の場合、相当の時間が無いと転移はできないようだった。
このままではあの親子がワイバーンに殺されてしまう。
ナインが口を開こうとすると、それをカルヴァの手によって塞がれてしまった。
アルバの父親はアルバを守りながら懸命に聖剣を振るが、ワイバーンの俊敏な動きには掠ることさえしない。
やがて長い尻尾で手ごと叩かれてしまえば、聖剣は彼方の方向へ弾き飛ばされてしまった。
「パパ!」
「………はは。だから言っただろう。僕は弱いんだって」
自嘲したアルバの父親は投げやりになったのか、ワイバーンからアルバへと視線を移した。
「…ずっとお前が目障りだった。馬鹿みたいに妄想を膨らませて英雄譚をでっちあげては、僕に投影しやがって。まだ子供だからと我慢していたけど、いい加減うんざりなんだよ!!」
「え…?」
「これは僕が使う。……お前なんて僕の子供じゃない!はやくここから消えろ!」
アルバの父親の怒号が森中に響き渡る。茫然として動かないアルバを、父親は思い切り蹴り飛ばした。
おもちゃの聖剣を奪われたアルバの軽い身体は、ボールのように地に転がる。
ナインが助け起こすと、アルバは痛みに呻きながらぼろぼろと泣いていた。
「う…うぅ…!どうして………?…パパ……っ!」
敬愛していた父から手酷く裏切られたアルバに、かける言葉が見つからない。
ナインが迷っている間にも、我先に逃げたアルバの父親はワイバーンに捕まってしまう。
「うわぁぁぁ!!このっ…!離せ!離せよ!!」
実の息子を裏切った罰だろうか。
アルバの父親は必死に抵抗するが、鉤爪はがっしりと肩に食い込んでおり、びくともしない。
先にワイバーンによって空に連れ去られた山賊たちも抵抗を試みているようだが、抵抗すればするほど鉤爪の力は強くなり、皆血を流しながら苦悶の表情を浮かべていた。中には強すぎる痛みに気絶している者もいる。空は死刑場のような凄惨たる有様だった。
誰もが目を背けたくなるような上空に、しかし、カルヴァだけは子供のような無邪気さで空を指差した。
「ねぇ。アルバ君。あの中にパパはいる?」
「え…?」
一瞬、アルバは何を聞かれたのか分からないようだった。泣き腫らした目を丸くしてカルヴァを見つめている。
そんなアルバに対し、カルヴァはもう一度「ねぇ、あの中にパパはいるの?」と尋ねた。
「い……」
いる。
そう言いかけたアルバの口が詰まって固まる。
アルバは再びワイバーンが飛び交う地獄を見上げた。
その中には「嫌だ…!やめてくれ!!まだ死にたくない!!死にたくない…!!」と子供のように泣き喚くアルバの父親の姿があった。アルバから奪ったおもちゃの聖剣を振り回している光景が一層惨めさを増長させているようだ。
カルヴァは何も言わずにアルバの返事を待つ。
アルバは大粒の涙を流しながら、それでも重い口を動かした。
「………いる…!僕の聖剣を持って……あそこに……いるよぉっ…!!」
アルバの決意を込めた言葉に、カルヴァは「了解―」とだけ軽く返す。
カルヴァはハンマーを持ち上げ、それを振りかぶったかと思うと、全力で空に向かって“投擲”した。
アルバの父親を掴んでいたワイバーンの頭にハンマーが激突する。
振り落とされ空から真っ逆さまに落ちた父親を、ゴークが途中でキャッチした。
「おい!あぶねぇだろうが!」
「あびゃびゃびゃ!!別にその高さなら、運良ければ生きてたでしょー?本当悪運の強い勇者様だねー」
ゴークの小言もどこ吹く風でさらりと流してしまう。
その間にも仲間が殺されたことで怒り狂った他のワイバーンたちが、地上目掛けて急降下してきていた。
「やっぱり戦闘はこうでなきゃ!!あびゃびゃびゃびゃっ!!」
ワイバーンたちの好戦的な様子を見て、カルヴァは目を爛々と輝かせる。
その両手には、いつのまにか巨大な斧が握られていた。
「カルヴァ。君が言っていた面白いものというのはもう見れましたか?」
「あ。そうだったそうだったー!もういいよーやっちゃってー」
「だそうです。ゴーク」
ゴークが手を空に向けると、カルヴァは「あ、でもちょっとはカルちゃんに残しておいてねー。モンスターとの空中戦っていうのも楽しそうだからー!」と注文する。ゴークはそれを無視して、無数の熱光線を空に放ったのだった。
ゴークとカルヴァによって瞬く間に殲滅されたワイバーンたちの成れの果て。
その片隅で、死に別れるはずだった親子は二度目の再会を果たした。
「パパ…肩から血が…!」
「触るな!」
父親は駆け寄ろうとするアルバを拒絶した。
「失望しただろう…?こんなのが父親の正体だったなんて…はは…」
全てを諦めたように笑う。
「…っ!しつぼう…はよくわからないけど、パパが本当は頼りないパパってこと、ボクもママはずっと前に知ってたよ。だから、助けに来たって言ったじゃん。…ひっく……なのに……ボクのこと知らないなんて…そんな嘘つかないでよ…!!………もうこんな怖いところ嫌だよ……一緒に帰ろう。パパ……っ!!」
「アルバ…!」
アルバの父親は今度こそアルバを強く抱きしめた。
涙を流す顔は親子そっくりで、鏡写しのようだった。
とりあえず一件落着した感じになり、ナインたちはほっと息を吐いた。その横で、ワイバーンの血でシスター服を血みどろにしたカルヴァが冷めた目をしている。
「人騒がせな親子だねー」
「あんた、こうなることが最初からわかっていたの?」
ラミィの問いかけに、カルヴァは「そんなわけないじゃーん」と軽く流した。
「人間って命がかかると本性が出るじゃん?あの父親の本性が、自分の子供を囮にして逃げ延びるとかだったら、最高だなと思って静観したかっただけー。それに、君らが動くと瞬殺しちゃうでしょ?カルちゃんワイバーンとは戦ったことがなかったから、前から戦ってみたかったんだよねー。空中戦超楽しかったー」
「あんたって本当に性悪ね」
「あびゃびゃ。よく言われるー」
カルヴァは特徴的な笑い声をあげた。その脇腹には大きな切り傷ができている。
ナインが怪我をしていることを指摘すると、カルヴァは「平気平気」と魔法を唱え始めた。
「すぐ治るよー………ほらね?」
まるで奇跡のような回復魔法に驚かされる。その精度はほぼ素人に近いナインが見ても鮮やかだった。
だが、それゆえに恐ろしくもある。どんな傷を負ってもすぐに回復できてしまう体。それは人間でありながらアンデット(死霊)のように思えた。
「カルヴァは死ぬのが怖くないのですか?」
「うーん。あんまり。なんかそういうの考えるのって面倒じゃない?死にたくないって気持ち、昔はあった気もするけど。もうよくわからないやー」
あっさりそう言ってのけるカルヴァはとても悲観しているようには見えない。実にあっけらかんとしたものだった。
「そんなことよりも」と言わんばかりに、あっさりと話題を変えてしまう。
「………勇者になっても適性のない奴ってのはどこにでもいてさぁー。勇者になりきれずに居場所をなくして、でも収入は下げたくないって思って、山賊や海賊になる勇者って実は結構いるんだよ。人間相手の方が、モンスターより怖くないし、稼ぎになるからねー。
あの勇者は世帯も持ってるみたいだったし、帰る家がある。………勇者は命を奪うことに慣れすぎているから、大抵は魂まで汚れきっちゃって、もうどうしようもなくなっちゃうんだよー」
「……だから、試したんですか?」
「そうそう。そんな感じー。………だから、あの父親もダーリンも運が良かったね。途中で救ってくれる人がいてさ」
「はい。本当に」
カルヴァは「あの中にパパはいる?」と尋ね、アルバはそれに頷いた。
もしあの時アルバが「いない」と答えていたら、カルヴァはきっとアルバの父親を見殺しにしていたのではないだろうか。あくまで仮定の話なので、真偽のほどはわからないが、カルヴァならしそうだなと思った。
ナインにはあの父親がアルバを蹴飛ばした時、本気でやっているようには見えなかった。むしろ、ナインたちがアルバを助けるようにわざとそう仕向けたように見えた。
あの酷い罵倒も、アルバが大事にしていたおもちゃの聖剣を盗ったのも、全てはアルバを危険から遠ざけるための嘘だとしたら。
そうだったらいいと切に願わずにはいられなかったし、カルヴァも同じ気持ちだったらいいなと思った。
「この後、アルバ君の父親はどうなってしまうんでしょうか?」
「んー。普通なら山賊を先導した罪として死罪確定だけどー。こうして小島に巣食う凶暴なワイバーンの群れを討伐した功績と最後の最後で山賊を裏切った “証人”がいるわけだし、精々勇者の地位剥奪くらいなんじゃないかなー?わかんないけど!」
「………カルヴァって、素敵な女性ですね」
「あびゃ!でっしょー?じゃあ、付き合っちゃう?」
「俺には心に決めた人がいるので」
「ざんねーん」
全く残念そうに見えないカルヴァに苦笑した後、ナインたちは山賊たちを捕らえ、洞穴の中の盗られた荷物を確認することにした。
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