親子の真実とワイバーンの群れ
アルバの父親は乱戦の中、走って来るアルバへ駆け寄るとその体を抱きしめた。
「どうしてって…。パパが山賊に捕まっちゃったんだと思って、助けに来たんだよ!ほら、見て!聖剣!僕もこれでパパと一緒に戦うよ!悪い奴らをやっつけるんだ!」
アルバは父親と再会できてうれしいのか、木でできた自慢の剣を自慢する。
それを見た山賊の一人が、下品な笑い声をあげた。
「ぎゃははは!!何だそのガキ!テメェのガキかよ?」
「今の聞いたか?悪い奴らをやっつけるんだとよ!こりゃあ傑作だぜ!」
「な、何が可笑しいんだよ!」
嗤われたアルバが怒りにまかせて大声を出す。
アルバの父親はそんなアルバの口を手でそっと塞ぎ、抱きしめていた腕を解いた。
「………いいえ。違います。この子は村の子供です。僕とは無関係だ」
「え……パパ?何を言ってるの…?」
「…僕は君のパパじゃない。人違いだ。だから、早くあの人たちと一緒にここを去りなさい。そして、ここで見たことは全て忘れるんだ」
感動の親子の再会のはずが、アルバの父親の不可解な言い分に、カルヴァは戦闘の手を休め、一人納得した。
「あー。やっぱりそういうことかー」
「やっぱりって、どういうことですか?」
まだよく状況が呑み込めていないナインがカルヴァに尋ねる。カルヴァはゆっくりと説明した。
「アルバっちのパパが、実は山賊とグルだったってことー。最初聞いた時から、転生勇者でもない勇者が仲間も連れず一人で山賊討伐に行くなんておかしいと思ってたんだー。大方、勇者ギルドや商人情報とかを、山賊に横流しでもしてたんでしょー?勇者ってだけで知れる情報は山賊なんかの比じゃないからね。上手くいけば雑魚モンスターを狩るよりよっぽど稼ぎになる」
言われてみれば、アルバの父親は山賊のアジトである洞穴から出てきたにもかかわらず、手足を縛られているわけでもなかった。それどころか、武器である聖剣を腰から下げることを許されている。
それはカルヴァの推理を裏付ける証拠のように思えた。
黙るアルバの父親に代わり、山賊たちが下劣な笑い声をあげながらまるで称えるように拍手する。
「ご名答!海賊を誑かせて勇者様たちがこの小島に来るのを足止めしたのも、馬車を襲う計画を俺たちに持ち掛けたのも、全てはこの勇者様ってわけさ!勇者様が協力してくれたおかげで、随分と楽に荷馬車を襲えたぜ!」
「嘘…。嘘だよねパパ…?だって、パパは強い勇者様で……正義の味方……」
アルバが声を震わせる。純粋無垢な瞳を責めるように、アルバの父親は涙交じりにその肩を掴んだ。
「これは仕方ないことだったんだ!私は、本当は強い勇者なんかじゃない!本当はパーティを追放され、一人でモンスターを倒すこともできない弱い勇者なんだ!!…………家族で生活していくためにはどうしても金がいる…。だから、これは仕方のないことだったんだよ…」
「そんな…!」
アルバの中の父親の理想像が粉々に打ち砕かれる。ずっと大切に持っていた聖剣の玩具は地に落ちて、カランと音をたてた。
周りの山賊たちは喜劇でも見たかのように、それを嘲り笑った。
「ほらほら僕、勇者様の聖剣を落としちゃダメじゃないか。ちゃんとその聖剣で目の前のパパをやっつけないと!ぎゃはははは!!」
山賊の一人が落とした聖剣のおもちゃを拾い、アルバの小さな手に無理やり持たせる。
茫然自失のアルバはされるがままだ。
悲劇の親子を嘲るのにようやく飽きたのか、山賊はナインたちを値踏みするように睨みつけた。
「まぁ、そういうわけなんで。遠路はるばる来てもらったところ悪いが、あの勇者様も俺たちの大事なお仲間なんでね。あのガキも含めて死んでくれや?」
「ま、待ってくれ!この子は僕と関係ない!この子だけは帰してやってくれ!」
「俺たち山賊と散々取引してたやつが何今更良い人ぶってやがんだ?あ?………てめぇのせいでこの場所がバレたかもしれねぇんだぞ。落とし前ぐらいつけてもらわねぇとなぁ!?」
リーダーと思わしき山賊に同意するように、山賊たちが雄叫びを上げる。
「どうか…この子だけは…!」と涙交じりに懇願するアルバの父の言葉を聞き入れてくれる様子はない。
カルヴァは白けたように、「落とし前って言うならさぁ…」と口を開いた。
「商人の馬車を散々襲ったり、荷物を盗んだことに関してはどう落とし前つけてくれるのー?カルちゃん我慢とか超嫌いでぇー。今すぐ返して欲しいんですけどー?」
「は?そんなの返すわけ…」
カルヴァは山賊が言い終わるよりも先に、身近にあった大岩を一撃で粉々に粉砕した。
パラパラと大岩の破片が地に落ちていく。その破壊力は山賊たちを黙らせるには十分だった。
「力の差、わからないかなー?こっちは女神様のような深いふかーい慈悲で、荷物返してって言ってるんだけどー?」
カルヴァは笑っているが、目が全然笑っていなかった。
その気迫に押され、山賊たちが黙って洞穴までの道を開ける。ここに来るまでに倒してきた山賊たちとは違い、この山賊たちは相手の力量をけして見誤らなかった。
「ありがとー」とカルヴァが山賊たちの間にできた一本道を優雅に歩く。
商人たちを襲って盗んだ荷物が隠されている洞穴にあと一歩で入れると思ったその時、轟音が鳴り響いた。
「おい…!見ろよあれ…!」
「ワイバーンの群れだ!!」
山賊たちが空を見て悲鳴を上げる。空には羽の生えたトカゲたちが無数に滑空していた。
ワイバーンと呼ばれたモンスターたちは、どれから食べようかと吟味するように上からこちらを眺めている。今にも襲い掛かってきそうな気配に、山賊たちは「洞穴に隠れろ!」と蜘蛛の子を散らすように洞穴に隠れ始めた。
しかし、逃げ遅れた数人の山賊はまんまとワイバーンの襲撃を受け、鉤爪に掴まれ上空に連れ去られてしまう。ワイバーンは餌を吟味するように、一人また一人と逃げ遅れた山賊たちを空に攫って行く。掴み損ねた山賊はその鋭い鉤爪に体を引き裂かれた。
人間だけだったはずの戦場は、第三陣営の登場により一気に混沌と化した。
ワイバーンの群れの内の一匹が、ナインとラミィへ襲い掛かる。
ゴークは無言でその向かってきたワイバーンを骨も残さず焼き溶かした。
「このワイバーン共は俺様でも知ってる。古からいる害獣だ。繁殖期だかなんだか知らねぇが、身の程をわきまえずに俺様達を襲ってきやがった。うぜぇ山賊諸共まとめて殺すぞ」
ゴークはナインに尋ねたが、その口調はほぼ決定事項を述べているだけだ。
ナインとて、こうなってしまったらアルバ親子を守るために多少の犠牲は仕方ないと止める気はなかった。
みるみるうちに、ゴークの手に膨大な熱が溜まっていく。
その手にカルヴァがそっと触れた。
「んー。手を出すのはちょっと待ってー」
じゅっ…と皮膚が焼ける音がする。それも厭わずに、カルヴァは呑気にゴークの手を掴んだまま離さなかった。
「カルヴァ!?手が…!!」
「あ?誰がテメェみたいなトマト女の言うことなんか聞くかよ。邪魔だ。退け」
「まぁまぁ、そう言わずにー。もうちょっと待っていたら、面白いものが見られるかもしれないからさ?」
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