大砲にロマンはある
「すごいですね。本物の海賊船だ…!」
向かってくる船にはありありと髑髏の旗が掲げられている。
絵本などでは見たことがあったが、ナインは海賊船を見たのも初めてだった。まるでお伽噺のような展開に胸が躍る。
海賊船は帆にも大きく髑髏が描かれている。海賊がこんなにわかりやすくて良いのかと思わないでもなかったが、動物の威嚇だといわれれば納得できないこともない。もしくは、これまでこの海に彼らにとって強敵となるものがほぼなかったのだろう。海賊船に施された派手な装飾は、目立ったもん勝ちという思想が透けて見えるようだった。
「あ。大砲…!大砲とか撃ってくるんでしょうか…!?」
「あんた何でそんなに楽しそうなのよ?」
ナインの高揚感をラミィは理解できないようだった。
期待に応えるように海賊船が大砲を撃ってきた瞬間、「大砲です!」「おおー!」「骨がありそうなやつじゃねぇか」とナイン、ティロロ、ゴークの3人はそれぞれ感激の声を上げる。
しかし感動したのも束の間、撃たれた大砲が船に直撃しそうになると、ティロロは飛んできた大砲を次から次に消し始めた。はるか上空で大きな爆発音だけ聞こえたので、きっと砲弾を上空に転移させているのだろう。
「砲弾、あっちに打ち返していい?一瞬であの船全部消し炭にできるよ?」
こっちは無傷とはいえ、向こうに敵意があるのは明らかだ。反撃しても文句は言われないだろう。
しかし、こっちは逃げようと思えばいつでも逃げられるような能力がある。海賊は協会の港の人たちを困らせる悪党で間違いないのだが、穏便に済ませられる手を使わずただ一方的に殲滅するというのもいかがなものだろうか。
ナインが悩んでいる間に、海賊船はどんどんこっちへ近づいてくる。
やがて接敵すると、大砲ではなく海賊たちから魔法が放たれるようになった。
火の玉や稲妻がナインたちの乗っている船に向かって襲い掛かってくる。
「ちょっと!どうすんのよこれ!」
ラミィが鏡の盾で必死に魔法をはね返して船を守る。
その横で、カルヴァは大きく伸びをした。
「あー。ちょっと確かめたいことあるから反撃は一旦待ってー。……おいしょっと」
カルヴァが屈伸したかと思うと、人間離れした跳躍で海賊船へと飛び移った。
「何だてめぇ!?」
「女が乗り込んできやがったぞ!囲め!!」
「あーあ。やっぱりねー」
突然海賊船に乗り込んできたシスター娘に、海賊たちはどよめいた。
今すぐ敵を排除しようと、腰に差していた剣を次々に抜き始める。その剣を一つ一つ眺め、カルヴァは指さした。
「それ、旧式だけど、聖剣でしょ?君ら皆、元勇者ってことであってる?」
「それがどうした!?…野郎ども!やっちまえ!!」
海賊たちが一斉にカルヴァへと襲い掛かる。カルヴァは背中に背負ったハンマーを構えた。
「カルちゃんは今謹慎中なんだけどー。いいよぉー。遊んであげるー」
カルヴァは力強くハンマーを横に振り抜いた。直撃した海賊たちは体ごと薙ぎ払われ、数人がまとめて一気に海へと吹っ飛ばされる。
別の角度から襲ってきた海賊にはハンマーを縦に振って骨を粉砕した。
まるでゴミを掃うように、海賊たちを倒していく。だが、海賊たちも続々と船内から湯水のように湧き出てくるため、きりがない。
「うーん面倒になってきたなぁ…。あ、そうだー」
カルヴァはひらめいた顔をして、海賊船の支柱であるマストに抱き着いた。
海賊たちの誰もが何をする気かと見つめる中、カルヴァはそのマストを“引っこ抜いた”。
大きな大根を引っこ抜くような手軽さで、カルヴァは抜いたマストを持ち上げている。
「嘘…だろ…?」
化け物のような怪力を目の当たりにした海賊の一人が絶望を口にする。
カルヴァはマストを横に振り回し、海賊たちを海へぶん投げた。大の大人である海賊たちが反撃の一つも叶わず、しぶきを上げて海へ消えていく。
「これに懲りたら早くお家に帰りなー。元勇者の雑魚海賊さん♡」
仕上げにマストを海に投げ捨て、カルヴァはシスター服を翻した。
海賊船の上に立っているのは彼女ただ一人になってしまった。カルヴァはすっきりした顔で、ナインたちの船へと帰ってくる。
その戦いぶりを見ていたラミィは「すごい怪力ね。本当はモンスターなんじゃないの?」とドン引きしていた。ナインでさえ何と言ったらいいかわからない顔で固まっている。
カルヴァは二人の様子を見て、あびゃびゃと笑った。
「違う違う。カルちゃんのこの細腕見てよー。全然筋力あるように見えないでしょ?カルちゃんのこれはー付与魔法ってやつ。カルちゃん回復魔法も得意だけど、そっちも結構イケる口だからさー」
「それってつまり、クーちゃんに使ったら超ウルトラ破壊光線とか打てたりする?ちょっと見てみたい」
「おい。俺様で遊ぼうとするな」
ゴークが残りの海賊船から向かってくる魔法を焼き尽くしながらツッコみを入れる。
カルヴァが殲滅したのは一隻だけなので、実はまだ海賊船が残っていた。
「あははーごめんだけどそれは無理―。カルちゃんの魔法は全部自分にしか使えないからー」
「自分にしか使えない?回復魔法もですか?」
「そうだよー」
ナインは魔法がほとんど使えなかったが、生まれた村では医者が回復魔法を他者に使っているところを何度も目にしてきた。勇者鍛錬所でも回復役として勇者見習たちが使っているところを見たこともある。
カルヴァのこの発言には違和感を覚えたが、カルヴァとは一応敵同士だ。
手の内は全て明かせないということなのだろうと思い、深く聞かないことにした。
「で、反撃してもいいのか?」
「あ、ごっめーん。いいよいいよ。やっちゃってー。ね、ダーリン?」
「……はい。できるだけ殺さないように。戦意喪失か、もしくは戦闘不能にしてくれると助かります」
反撃を許可された三匹は一斉に反撃に出た。
すると思っていた通りものの数分で海賊船は全滅させられ、ナインたちは静かな海を取り戻したのだった。