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順調に1匹増えました

 



「ちなみに、あんたに拒否権はないわよ。目と耳と手足を潰して、生かしながら持ち帰る方法だって私たちにはあるんだから」


 妻を亡くしてただでさえ傷心だというのに、この展開はあんまりじゃないかとナインは思った。妻に会うまで散々な人生だったから、ここからは好転するしかないと思っていたが、どうやらそう甘くはいかないらしい。

 魔術師の言う「匿う」の意味がほぼ牢屋暮らしと同義だとすれば、ナインはそれに賛同するわけにはいかない。だがしかし、踊り子の態度を見るに、そうやすやすと逃がしてくれることはなさそうだった。


(二人はモンスターだけど言葉は通じるみたいだし、交渉はできそうですよね)


 左手を掲げて《ブック》と囁いた。それを攻撃魔法だと思った二人は臨戦態勢に入る。

 ナインの左手の指輪から出てきたのは、武器でも何でもなく、1冊の古びた本だった。

 ぱらぱらとページをめくり、その一つを開いて二人に見せる。


「これ、僕の奥さんが作った『ガイドブック』なんですけど…」

「今、魔力の気配もなくいきなり本が出たわよね!?」

「せっかく牢屋から出られたので、このページとか、ここのページに書かれた景色や風景を見に行ってみたくて…。でも今の話を聞く限り一人じゃ心もとないので、良かったら一緒にどうですか?」

「いやいやいや、今そんな雰囲気じゃなかったでしょ!?僕の話聞いてた!?」

「俺のおすすめはこことここのページなんですけど…。この絵とこの色使いが秀逸で」

「ていうか、字下手過ぎ!こんなの子供の書いた絵日記じゃない!」

「むっ。奥さんはこれを描いた時、生まれてたったの2年だったんですよ。むしろ上手な方でしょう?」

「怒るポイントそこかよ!!」


 魔術師がツッコみを入れるが、ナインはマイペースにページをめくる。

 そこに書かれた文字は確かにミミズが這ったような文字だったが、描かれた絵は愛嬌があり、そこそこ特徴をとらえたもののようだ。絵のおかげで、辛うじて何が書いてあるのか推測できる。


「俺はこれから、彼女が残してくれたこの本の風景を巡ろうと思っています。俺の残りの人生を賭けた大旅行です。助けていただいたことには大変感謝していますが、俺にはこの目的があるので、貴方たちの言う通りに軟禁されるわけにはいきません」


 穏やかに、だがはっきりと。ナインは自分の意志を表明する。そこには、過去「勇者を辞退したい」と懇願し震えていた青年の面影も、勇者見習に虐められ裸足で逃げ出した青年の面影もなかった。


「あんた話聞いてた?普通に出歩いたら人間に殺されるのよ?」

「それでもいいです。生きる意味を失うことより、ずっといい」


 ナインの心は揺るがない。


「あ。でも、安心してください。流石に俺も旅行中に死ぬのは嫌なので、対策を取ろうとは思います」

「対策?」

「困ったときは友達に頼るのが一番だと思うんですよね」


 そう言うやいなやナインは地下で吹いていた口笛をまた吹きだした。

 気でも狂ったかと思った二人だったが、ナインが口笛を吹くにつれ、何かとてつもないものが近づいてくることが分かった。

 それは生物の息吹や殺気とも違う。もし、隕石がこちらに向かって落ちてくるのが見えたら、似た感覚を得るのかもしれない。


 熱い。


 いち早く動いたのは魔術師だった。これから来るであろう衝撃を予測して、自分を中心に、他2人を囲うように魔法で防御壁を展開する。

 その隣でナインは気にせず口笛を吹き続ける。やがて想像通りのものが合間見えたその時、笑顔でそれを迎えた。


「お久しぶりです。ゴーク」


 目の前にそれが現れただけで、凄まじい熱風が辺りの木々を揺らす。

 ゴークと呼ばれた、マグマのような熱の塊。

 人間の何倍もの大きさになる巨大な球体は、まだ上空を漂っているにもかかわらず、ぐつぐつと熱を放っている。触れたものを溶かし尽くさんばかりの熱。その圧倒的な熱量は、生きた太陽を連想させた。


「生きていたのか…」


 熱の塊がどこからか声を発する。ナインはそれに対し、「はい。生きてました。そちらもお元気そうでなによりです」と何事もなく返した。

 口も目も鼻も一体どこにあるかわからない。だが、ゴークとナインは確かに見つめ合い、お互いの姿を確認した。

 しかし、感動の再会も束の間、ゴークは噴火したように身を燃やした。


「な・に・が、お久しぶりですだ!このカボチャ野郎!!今まで何処行ってやがった!?」

「それが、これまでどこかもわからない地下牢にいまして。ゴークを呼ぶためのこの口笛はよく吹いていたんですけど、やっぱり地下だと聞こえないんですね」

「確かにそれだと聞こえないかもしれねぇけど…………!!くそっ。地下にいたのかよ。こっちはずっと、どっかでとっくに死んじまったんじゃねぇかと…!」

「ご心配をおかけしてすみません。とりあえず生きてますよ。今のところは」

「今のところはってどういうことだオイ!?」


 ゴークを安心させようと努めるナインだったが、言葉を尽くせば尽くすほど逆効果のようだ。ゴークはこれでもかと温度を上昇させている。

 その端で、警戒を緩めないまま現状を理解できていない様子の魔術師と踊り子が固まっていた。魔術師が咄嗟に作った魔法防壁は、ゴークが登場した時の熱に耐え切れずひびが入っている。

 2人が固まっていることにようやく気づいたナインは、補足を入れた。


「紹介が遅くなってすみません。彼が俺の奥さんの幼馴染で、頼りになる僕の友達です」

 

 



3匹並んでるときが一番ワクワクするまである。

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