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【閑話】温泉旅行に行ってみた(下)

 


 宿屋の部屋に戻ってきたは良いが、やることがない。次の目的地はもう決まっているし、荷物の整理などは前回の街で全て終えている。


「夕食ができたら部屋まで運んでくれるそうですが…、まだそれまでには時間があるみたいですね。どうしましょうか?」

「えー。退屈!」

「部屋に置いてあったこのユカタというのにでも着替えてみますか?」


 ナインが引き出しを開けると、そこには“浴衣”と書かれた衣類が収納されていた。

 この宿のガイドマップを見る限り、寛ぐためにこの浴衣を着るのも様式美というものらしい。

 見慣れない服装だったが、着方が書かれた紙も一緒に収納してあったため、初めてで着られないと言うこともないだろう。

 あまりに暇だった4人はそれぞれ浴衣に着替えることになった。


 着替えた後、再度部屋に集合する。

 ラミィを見たナインは素直に感動の声を出した。


「女性用は男性用と色が違うんですね。よく似合っていると思います」

「あ、ありがと」


 照れているのか、赤く染まった頬に赤い浴衣が良く映える。男性は青い浴衣だったため一層華やかに見えた。


「ナイン君は何とも普通過ぎてコメントしづらい感じだね!」

「あはは。ですよね。自分でもそう思いました。ティロロは……おっと。そちらも別の意味でコメントしづらいですね」


 ナインが思わず言葉に詰まってしまったのも無理はない。ティロロは尻尾が邪魔で浴衣を全然着られていなかった。浴衣はどう見ても人間用でモンスター用に尻尾穴が付いてあるわけもないので当然と言えば当然だが。

 浴衣を着てみようと提案した手前、なんとか着る方法はないかとナインが頭の片隅で考え始めていると、ティロロは事も無げに「仕方ない。尻尾消すか」と指先1つで尻尾を消してしまった。


「その尻尾、消せたんですか!?」

「まぁね。人型っていわば仮の姿みたいな感じだし?てか、消せないとラミィちゃんがいないとき人間に紛れられないでしょ?普段は疲れるからあんまりやりたくないだけ」

「はぁ…そうだったんですね。驚きました」

「騙されないで。これが普通と思っちゃだめよ。私の角はそんなに簡単に消せないわ」


 尻尾を消したティロロは見れば見るほどただの人間だ。黙っていれば眉目秀麗なので、浴衣も良く似合っていた。


「仮の姿ってことは、ゴークみたいに本来の姿もあるんですよね?ティロロのはどんな感じなんですか?」

「うーんとねぇ…、内緒!謎が多い方がいい男っぽいでしょ?いつか見れる時を楽しみにしててよ!」


 ティロロはそう言ってウインクした後、ラミィへ「ねぇねぇ、今だけ俺好みの美女に姿変えてよー」とウザがらみしに行ってしまった。

 そうこうしている間に、襖と呼ばれたこの宿特有の横開きのドアが開く。

 ゴークも着替えを終えて帰ってきたようだ。


「あ、ゴーク。遅かったですね。着替え終わりました…か…」


 ナインは無言で立つゴークの姿に絶句した。

 浴衣が、全然着れていない。

 いや、厳密には着られているのだが、至るところがぴっちぴちだった。


「あはははっはは!!すごい似合ってるじゃん!!肩のところ布がはち切れそう!!」

「ふ…ふふ。やだ…笑わせないでよ…」


 サイズが全然合ってない。

 フリーサイズと書かれていたとはいえ、人間向けに用意された服という時点で気づくべきだった。

 ゴークの高身長で筋骨隆々とした身体には、用意された浴衣はあまりに小さすぎたのだ。

「皆で着てみませんか?」と提案したのはナインだし、きっとゴークも空気を読んで着てくれたのだろうが、これは目も当てられない。


「ええと…。ゴークはいつも通りの恰好でお願いします。その…はみ出しそうなので…」


 下半身を指さしたナインの余計な一言に、ティロロは腹がよじれるほど笑ったのだった。




 時間になり、ナインたちの部屋に料理が運ばれてくる。

 どれも見たことのないような料理ばかりだったが、その味は絶品だった。

 素材の味を生かしたような独特の味わい深さがある。

 普段はあまり料理を食べず酒ばかり飲んでいるゴークでさえ、酒の肴に料理をつまんでいたほどだ。


「今日は俺も付き合っていいですか?」

「おう」


 見たことのない透明な酒に興味を持ったナインへゴークが小さな杯を渡す。

 すると、とっくにゴークと同じ酒を飲んでいたティロロが「え!今日はナイン君も飲むの!?じゃあ僕が淹れてあげるー」とノリノリで割り込んでくる。いつもテンションが高いので酔っているのかどうかわかりにくいが、ナインの目には全く酔っていないように見えた。


「私も飲みたい」

「ラミィちゃんはまだダメー。大人しくこっちのジュース飲んでなさい」

「何よケチ。…コーヒー飲めないくせに」

「だから飲めないわけじゃないってば!」


 唇を尖らせるラミィには悪いと思いつつ、ナインは注いでもらった酒に口をつけた。

 美味い。それに、ものすごく飲みやすい。

 ゴークとティロロは二人とも酒に強く、飲むペースが早い。二人につられ、気づけばナインも次々に杯を空にしていたのだった。




「…あれ?もう朝…?うっ…頭が痛い…」


 次の日の早朝。ナインは紙でできた窓からこぼれる朝日で目を覚ました。

 いつのまに敷いたのか、畳の上に敷かれた布団の上で眠っていたようだ。寝乱れてしまった浴衣を整えつつ、周りを見渡す。


「…………あれ?」


 食事していた時よりも、明らかに荷物が散乱している。ゴークの浴衣や回復ポーション。宿屋でもらったガイドマップがそこら中で雑に散らばっていた。

 それに、今回部屋は二つ取っていたはずだ。ナインたち男性三人用と、ラミィ用の二部屋。

 しかし、件のラミィはナインのすぐそばで寝ていた。

 どうやら夢を見ているようで「もうやだ…酔っ払い怖いぃ…」と魘されている。

 それから、部屋の端には布団で作られた白饅頭があった。その白饅頭から尻尾だけはみ出ている。ティロロだろう。だが、何故あんなところに?ラミィと同じく寝ているのか、白饅頭はピクリとも動かなかった。


「起きたのか」


 ゴークだけは夜通し酒を飲んでいたようだ。窓の縁に座り、外を見ていた視線をナインへと向けた。ナインの気のせいかもしれないが、その目尻にうっすらと疲労の色が見える。


「おはようございますゴーク。俺、酔っぱらって寝てしまったんですね。昨晩のことはよく覚えていないんですけど、この部屋の感じ、俺が寝た後にみんなで盛り上がった感じですか?」

「てめぇはもう二度と酒を飲むな」

「え?」

「飲むな」


 有無を言わせない圧があった。


 その後ナインたちは普通に『天空岳にある荘厳な滝』を見に行って、スケッチして、帰った。

 あの晩に何があったのかをナインが尋ねても、3匹はきつく口を閉ざしたまま。真実は闇の中に葬られたのだった。






ただのご褒美回のつもりがまさかの長さになってしまいました。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

執筆の励みになりますので、もしよろしければ評価、いいね、ブクマ等よろしくお願いいたします。

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