人生うまくいったその後で
城のはるか上空で転移魔法を使ったナインたちは、モンスターの集落に戻るわけにもいかず、適当な森の中で野宿用のテントを張っていた。
「はー…今回は大変だったね!」
「誰のせいだと思ってやがるこのオクラ野郎!こっちは腹に穴まで開けたんだぞ!?」
「だからごめんって言ってるじゃーん」
転生勇者の目の前に転移するという盛大なミスを犯したティロロは口をとがらせて謝った。ぶーぶーと不平を漏らす姿はナインが最後に見た時よりも元気そうだ。きっとたくさん眠れたのだろう。
ちなみに、「腹に穴まで開けた」というゴークの腹は跡形もなく塞がっている。こちらの回復力も相変わらずだった。
「皆で前もって『転生勇者に会ったら戦闘は避けて全力で逃げるか安全確保第一』って言っていたのに、皆してバリバリに戦い始めたので、一時はどうなることかと思いましたよ」
転生勇者に備えていたナインたちは予め、万が一遭遇した時の対応についても話し合い済みだった。しかし、いざ転生勇者を前にして蓋を開けてみると、ナイン以外全員好き勝手動いていたので、あの時は内心肝を冷やしたものだ。
「いやあれは……寝ぼけて気が動転して転移魔法が狂いまくってたし」
「強敵を見たら血が騒いだ」
「ナインが殺されない可能性が高いこと忘れてた…」
どうやら、三者三様で見事ぽんこつになるタイミングが被ったらしい。どうしてこんなときだけ仲が良いのか。
後から作戦を思い出したのか、途中で攻撃を止めたティロロはともかく、ゴークとラミィはあれ以上反抗していたら危なかっただろう。幸いタロが穏便派の転生勇者だったから命まではとられなかったものの、最悪の場合問答無用で殺されていた可能性だってある。
「俺を殺したら世界の原石が使える可能性はあるにしろ、これをミスったら次の《世界の原石》が何年後になるかもわからないですからね。慎重にもなりますよ。向こうは転生勇者もいて、ある程度余裕もあるでしょうしね。だから、攫われてもすぐには殺されないと思うので、後から転生勇者がいない隙を見て助けてくださいって言っておいたのに…」
「でも、捕まったら拷問くらいはされたかもしれないじゃない!」
「君たちを失うことと比べたら、そんなのどうだっていいことですよ」
実際、城の牢屋でクーズ騎士団長から尋問まがいのことをされていたので、ラミィの言っていることは間違いではないだろう。助けてもらうことがもう少し遅かったら、きっと身体的な拷問にかけられていた。
「へぇ。随分と僕たちのこと可愛がってくれるじゃん?」
「友達ですからね。心配ぐらいします。それに絶対に助けに来てくれると信じていたので、そんなに怖くなかったですよ」
「怖くなかったら、この手の傷は一体なんだって言うのよ。ほら、貸しなさい」
「痛っ!」
ラミィに無理やり左手を引っ張られ、回復ポーションを上からかけられる。もともと深い傷ではなかったのか、握りしめすぎて出血していた傷は見る見るうちに塞がった。
砂漠のオアシスでラミィに泣き顔を見られてからというもの、どうにも強がりが通用しなくなってしまったようだった。
見栄を張っていたことがバレて恥ずかしかったが、それを悟られるのも恥ずかしい。
ナインは話題を変えるべく、自分の荷物からスケッチブックを取り出した。
「こんな時までスケッチ?」
「はい。さっき見た夜景を完全に忘れてしまう前に急いでスケッチしないと、と思いまして」
夜景を書き込むには時間が必要だ。下書きから初めてみたものの、なかなか終わりが見えない。大まかな建物の配置だけでも書き留めておこうと鉛筆を走らせていると、それをティロロは興味深そうに眺めた。
「へぇ。絵ってそうやって描くんだね。……ところで、ナイン君。あの時、お姫様に向かって『《世界の原石》の使い方を知ってます』的なこと言っていたけど、あれってマジ?僕らと初めて会った時には知らないって言ってたじゃん。騙してたの?」
「ああ、ティロロも聞いていたんですね。あれははったりですよ。使い方を知らないなんて正直に答えたら、殺される確率が高くなるだけでしょう?少しでも向こうに俺を殺すのをためらって欲しくて言ってみただけです。咄嗟の機転にしては、なかなかじゃないですか?」
「ああ。なんだそういうこと!てっきり本当に知ってて僕らにも秘密にしているのかと思っちゃったよ!やるじゃん!」
「でしょう?」
ティロロが褒めたたえるようにナインの背中を遠慮なく叩く。それをゴークは呆れた顔で見ていた。
「もし本当にてめぇがオリビアの石の使い方を知っていたとして、それが使えた時、何を望むんだ?」
「もし使えたらですか?《世界の原石》って、たしか世界のルールを変えることができるすごい石なんですよね?うーん…」
スケッチの手を止め、悩む仕草をする。そして、数秒もしないうちにあっさり宣った。
「『ガイドブックの場所を全て周るまで、ナイン・コンバートが不死身で最強になる』とかどうですか?我ながらいい案だと思うのですが!」
モンスターも勇者も全く関係ない。
清々しいほど自己中心的。いや、妻中心な回答に、一同は頭を抱えたのだった。
「三人とも、助けてくれてありがとうございます。これからも、よろしくお願いしますね」
三匹は苦笑しながらも、頷いたのだった。
暗闇の中、ぼうっと白い人工的な光が灯っている。
光は一つの影を映し出した。
「だから、報告した通りだってば」
「モンスターの集落に行っても、城で脅されても、ナイン君は世界の原石について何も情報を漏らさなかった。本当に何も知らないのか、知っているのに教えようとしないのかはわからないけど」
「わかってるよ。来るべき時が来たら、ちゃんと殺す。だから、そっちも約束は守ってよね」
「転移魔法があると言ってもあんまり遅いと怪しまれちゃうから、僕はもう行くよ」
「うん。わかった。………じゃあ、行ってくるね。姉さん」
影がスイッチを押す。光が消えて暗闇が広がった。
やや不穏な感じではありますが、これにて『アマクロイスの夜景編』及び物語の1部完結になります。お付き合いくださりありがとうございました!
ここまで書き上げれると当初は思っていなかったので、感無量です。
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