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因果は巡る

 



 ナインの怯えた様子を見て、クーズ騎士団長はまた笑顔を作った。


「やりとりをしていたら、つい昔が懐かしくなってしまった。ナイン君が勇者鍛錬所にいた頃は楽しかったなぁ。よかったらまたあの勇者鍛錬所で私自ら鍛え直してあげてもいいんだよ?」

「え…」

「君もいろいろあって一度は鍛錬所を離れたようだが、私たちはいつでも君を勇者として歓迎している。聖剣だって、失くしてしまった君のために姫様がもう新しいものを用意してくれているそうじゃないか。よかったよかった」

「嘘…ですよね…?」

「んん?嘘じゃないぞ?今日はその挨拶もかねて私がわざわざこんな牢まで会いに来たのだから。どうだい?また勇者になれるんだ。嬉しいだろう?」


 上手く息ができない。先ほどから冷汗が止まらず、何も考えられなかった。

 勇者になんて二度となりたくない。あんなところにはもう戻りたくない。

 断らなければ。そう思うのに、声が出なかった。

 ナインは手を握る。左手の薬指は冷たく、沈黙したままだ。


(そうだ…。俺が強くなれた理由のオリビアはもう…どこにもいない…)


 今ここにあるのは恐怖。ただそれだけ。頼もしい友も仲間もいない。

 果てのない孤独がナインに圧し掛かる。

 また口が勝手に動き出した。


「………はい。嬉」

「ねー。ちょっといいかなー?」


 鉄格子をまるでドアをノックするように叩きながら、カルヴァが口を挟んだ。



 実はずっと横で一部始終を見ていたらしい。とっくにどこかに行ったと思っていたクーズ騎士団長はカルヴァの存在に「なんだ。まだいたのか」と目を瞬かせた。


「君は確か…秩序管理隊のカルヴァ隊長…だったかな?久しぶりの教え子との会合なんだ。できれば邪魔をしないでいただきたいのだが?」

「いやさぁ、先にダーリンと話ししてたのこっちだからねー?おじさん後から来て何?まじキモすぎなんだけどー」

「は?」


 クーズ騎士団長のこめかみに青筋が浮かぶ。


「なんだその口の利き方は?!私を誰だと…!?」

「あびゃ?騎士団長様でしょー?さっき自分で言ってたじゃーん。………けどマジムカつくから、蹴るね?」

「何を言って………がぎゅっ!!!???」


 カルヴァの顎目掛けたハイキック、からの、よろめいて下を向いた額に向かって飛び膝蹴りの連続技が炸裂する。

 流石の騎士団長でも、無防備な頭を狙った不意打ちの連撃に耐える術はなかったのだろう。その場に呆気なく撃沈する。蹴られた瞬間、顎や頭蓋骨がかち割れていてもおかしくないようなすごい音がしたが、生きているのだろうか。

 何を言ったらいいかわからず、ナインは「あの…」と控えめに声をかけた。


「言っとくけど、お礼はいらないよー?カルちゃん我慢とか苦手でぇ。こいつマジキモすぎて無理だっただけだからー。あ、今こいつ失神してるけど、ダーリンもむかつくでしょ?一発いっとく?」

「い、いえ…。大丈夫です」

「そっか!じゃあカルちゃんがもう一発殴っとくね!えいっ」

「えっ」


 ばきっ。

 掛け声のわりに全然可愛くない音がした。これは口の中の歯が何本か逝ったかもしれない。あんなに怖かったはずのクーズ騎士団長の顔が殴られて変形し、もう恐怖どころではなかった。

 お礼はいらないと言われてしまったが、タイミング的に助けてもらったことは確かだ。何か言わなくてはと言葉を選んでいると、そのうちにカルヴァは「それじゃあこれ捨ててくるねー」とクーズ騎士団長の巨体を鎧ごと片手で引きずってどこかへ行ってしまう。

 あまりの手際の良さに、ナインはただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。


 なんだかどっと疲れた気がする。


 誰にも見られていないことを確認して、そっと蹲った。


「はぁ…。こんな姿、皆に見られたらきっと笑われちゃいますね。天国の奥さんにだって……きっと呆れられてしまった。うう……本当に情けない……恥ずかしい…穴があったら入りたい……」


 落ち込むだけ落ち込んで立ち上がると、ナインは「ブック」と唱えた。何もない空間から出てきたガイドブックをパラパラと捲り、精神を安定させる。


「………頑張らないと」


 ガイドブックをぱたんと閉じる。

 その瞳にはまだ怯えが残っているものの、小さな勇気が宿っていた。





「時間だ。出ろ」


 城の兵士2人に牢屋を開けられ、ナインが連れてこられたのは謁見の間だった。

 忘れたくても忘れられない昔と寸分変わらぬその風景に、飲まれそうになる。

 ここはかつて勇者になりたくなかったナインが、姫から聖剣を賜った場所だった。

 見るからに豪華な椅子に腰かけて読書していた姫が、ナインの姿を見てゆっくりと立ち上がる。


「お久しぶりですね。勇者様」

「……お久しぶりです。ロイス姫」


 謁見の間は明るく煌びやかで、今にも目がつぶれてしまいそうだ。

 ロイス姫は本を閉じ、愛おしそうに背表紙を撫でる。

 3年経った今もその美貌は衰えることはない。その優雅な微笑みはアマクロイスの民にとって慈愛の象徴だった。



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