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3匹中2匹が迎えに来ました

 



 ―――3年後。

 ナインは薄暗い牢屋の中にいた。


 太陽光の届かない地下の牢屋は、蝋燭の明かりのみが頼りだ。牢屋は常に薄暗くじめじめと湿っていたが、それと不似合いなほど、中は陽気な口笛で満たされていた。

 今の時間、見回りの兵士はいない。ナインは今にも歌い出しそうなほど軽快に口笛を吹いていたが、それを咎める者は誰一人いなかった。


「るーたった♪るーたった♪」


 ついには本当に歌い出した。しかも、少し音程を外している。ナインは今にも踊り出してしまいそうだったが、それを制止するように、牢屋の外側の空間が歪んだ。


「おや?」


 流石のナインも異変に気付き、鼻歌を止める。歪んだ空間は徐々に広がっていき、やがて大きな穴になった。

 その穴から、一人の青年がひょっこりと顔を出す。そして、普通の穴を通るようにひょいと片足を上げて、空間の穴からナインのいる牢屋へ身を乗り出した。それに続いて、今度は栗色の髪を結んだ女性が穴から出てくる。

 青年は魔術師のローブを身に纏っており、その端からドラゴンのような尻尾が覗いていた。女性の方は見たこともない異国の踊り子のような飾りを身に着けていたが、その頭には鹿のような角が2本生えている。


(人間じゃ…ない…?)


 突然現れた二人の男女に、ナインは固まった。今のは紛れもなく空間魔法と呼ばれる魔法の一種だ。そういうものがあると人づてに聞いたことがあったが、実際に見るのはこれが初めてだ。

 魔術師の男は固まったままのナインに向かって、軽やかに挨拶する。


「初めまして!ナイン・コンバート君!モンスターを代表して、僕たちが君を迎えに来たよ!」


 仰々しくそう告げた魔術師の男は、胡散臭い笑みでもって、一方的にそう告げたのだった。






「いやー。それにしても!すごい不運続きだよねぇ!両親に報奨金欲しさに売られて、勇者の痕はないのに無理矢理勇者にさせられて、勇者鍛錬所とかいう怪しい施設に監禁された上に虐待をされて、そこから逃げた先の山で死にかけて…。そんでもって、今は勇者逃走罪で獄中。死刑待ちってね!そんなことあるの!?まじ!?って感じだよねぇ!人生波乱万丈すぎ!あっはっは!」


 魔術師の男の空間転移魔法によって難なく牢屋から出ることができたナインは、ろくな説明も聞かされないままよく知らない山を歩かされていた。

 実際死刑待ちの身だったため、脱獄することに関して拒否のしようもないのだが、それにしてもこの魔術師の男は良く喋った。まだ出会って間もないが、ナインが喋ったのが1だとすると、魔導士の男はすでに100は喋っている。


「しかもこの後は僕たちモンスターに死ぬまで軟禁されちゃうっていうんだから、可哀想すぎるよね!でも大丈夫!ストレスで自害しない程度には快適に閉じ込めてあげるから!」

「えっ!俺、この後閉じ込められちゃうんですか?」

「閉じ込められちゃいますねぇ!」


 幽閉宣言をさも愉快そうに話す魔術師の男。その後ろを踊り子の女がずっと不機嫌そうに歩いている。

 踊り子の女は歩く度豊満すぎる胸が衣服からこぼれそうになるので、男としてナインは気が気でない。『大きすぎて歩くたびに意志を持ったように跳ねる胸と尻』というものを初めて見たのだ。興味深い。

 そんなことを考えられていたら、件のおっぱいから話しかけられた。


「随分驚くのね」

「それはもう、すごく大きいので…」

「え?」

「あ、間違えました」


 ナインはこほんと咳払いをした後に続けた。


「驚きました。てっきり、俺はこれから君たちと楽しく冒険の旅ができるものだと思っていたので」


「何そのくそポジティブ!」と魔導士の男にゲラゲラ笑われてしまう。ポジティブ人間だと思ってもらっても一向に構わないが、今回は一応ちゃんとした理由もあったので補足しておくことにした。


「俺の奥さんが前に『近い未来、3匹の赤青緑のモンスターを連れて冒険できる日が来るじゃろう!きずぐすりを忘れずにね!ちなみにこの世界にモンスターは151種類以上いる!図鑑はない!』と言っていたので…」

「きずぐすり?」

「あ、それは俺にもよくわかりませんでした。回復ポーションのことですかね?」

「何よそのふざけた予言。私、今日たまたま青い服着てたってだけなんだけど。なんかまんまと言い当てられたみたいで謎の悔しさがあるわね…」

「てか、それで僕が緑だとすると、赤がいなくない?もう予言外れてるじゃん!」


 嘘は何一つついていないのに、魔術師の男には素直な呆れ顔をされ、踊り子の女には気味が悪がられた。

 これから軟禁されると聞いたところで、ナインにはどうせ他に行く当てがあるわけでもない。元いた牢屋に戻ったところで死あるのみだ。

 歩みを止めるわけにもいかず、とりあえず二人について行くしかなかった。


「つーか、奥さんって…。えっ!?ナイン君既婚者なの!?」

「…えへへ。実はそうなんです」

「その奥さんってのは今どうしてるの?」


 ナインは足を止め、そして寂しそうに笑った。


「…亡くなりましたよ。1年前に。奥さんは俺にはもったいないくらい、素敵で、可愛らしい方でした。背中に生えた蝶々の羽が綺麗で、笑うとお花みたいなんです」


 二人のモンスターも、ナインと同じく足を止める。

 気まずい沈黙が流れる中、魔術師の男は遠慮がちに尋ねた。


「その奥さんってもしかして…僕たちと同じ…?」

「はい。モンスターです。…おかしいですか?」

「いや、過去に遡ればそういったカップルがいた文献が残っているぐらいだ。おかしいことじゃないよ。でもただ…その相手がよりにもよって…」


 魔術師の男が言葉を詰まらせたタイミングで、踊り子の女も会話に入る。


「よりにもよってその奥さんっていうのが、馬鹿みたいに大物なことが問題なのよ。そいつ、自分のことオリジンだって言ってなかった?」

「ああ!そういえばそんなことを言っていた気がします!」


 あっけらかんとそう答えるナインに嫌気がさしたのだろう。

「何も知らないのね」と不機嫌な顔をさらに深くした踊り子は、まるで用意された台本を読むように、言葉を紡いだ。


「オリジンは、SSSレアモンスターよ。モンスターの中でも精霊は、会合率が低く、その中でもオリジンはさらにずば抜けて会合率が低いといわれているわ。しかも世界中に神出鬼没で、出会うには何か条件があるのではないかと疑われるほど、普通に出会うのはほぼ不可能なモンスターよ。

 当然、運よく出会えたとしても討伐は困難。最後に出現した記録があるのも500年前のものとされているわ。……それが1年前、突如、何の変哲もない山奥で『オリジンが発見された』と報告が入ったの。あの時は世界が騒然としたわ」


 自分が知らなかった妻の来歴に、ナインは黙って耳を傾ける。踊り子の女は続けた。


「オリジンがSSSレアと言われる理由は会合率の低さだけじゃない。オリジンが討伐された時に落とすドロップアイテムは、《世界の原石》と言って、それを使うとこの世界のルールを書き換えることができるといわれているの。だから当然、1年前も《世界の原石》を巡って多くの勇者たちがオリジン討伐に派遣されたわ。

 そんな中、討伐を任された勇者の一人が、なんとオリジンの討伐を成功した。…貴方の奥さんの死因は、それで合ってる?」

「はい。まぁ、大体そんな感じです」


 ナインは困ったように頬をかきながら、付け加えた。


「1年前、急に殺されてしまったことには驚きましたけれど、もともと俺の奥さんの寿命は3年でした。俺が会った時にはもう1歳だったので、一緒にいられるのは長くても約2年ほど。寿命を待たずに亡くなったのは…残念でしたけれど、奥さんも俺も覚悟の上でした」


 ナインの反応が意外だったのか、踊り子の女は切れ長の目を丸くする。


「随分と割り切った性格をしているのね?」

「そんなことないです。割り切ったふりをしているだけですよ」


 それ以上何も言えなくなってしまった踊り子の代わりに、今度は魔術師の男が説明役の語り部として前に出た。


「この話はまだ終わりじゃないよ。…1年前、オリジンがドロップした《世界の原石》はただの石ころだったんだ」

「え、そんなことがあるんですか?」

「普通はあり得ないね。ドロップアイテムが出ないならまだしも、ドロップアイテムが出たのに、機能を成さないなんてことは聞いたことがない。でも、勇者たちが何をしても《世界の原石》の効果は発動せず、今も沈黙したままだ。だからもし、その謎を解明できる可能性があるとすれば、君の存在なのだよ。ナイン・コンバート君!」

「え?俺ですか?」

「オリジンが生前、寝食を共にした異例の人間は君ただ一人だ。まさか、結婚までしてるとは思わなかったけれどね!勇者共はそんな君に、オリジンが何かしらの契約をしたのではないかと疑っているのさ!例えば、自分の死後、君にしか《世界の原石》を使えなくする契約、とかね?」

「すごい。モンスターには、そんな限定的な契約ができたりするんですか?」

「精霊の契約の効果は絶対だ。それがオリジンとなればなおさら。あり得ない話じゃない。というかもう、そうでも考えないとこの状況に説明がつかないんだ」

「でも、俺は奥さんと契約なんて結んでいませんよ?」


 ナインには全く心当たりがなかった。しかし、踊り子の女はナインの左手首に掴みかかった。


「嘘。その左指の入れ墨が何よりの証拠じゃない!とぼけないで。さっきから精霊の気配がそこからしているのよ!」

「ああ!なるほど。これは、結婚指輪です」

「…はぁ!?結婚指輪!?」


 ナインは左手の薬指にある入れ墨を撫でながら「俺の奥さんは案外独占欲が強いんです。指輪だと俺が失くしてしまうかもしれないので、こうして肌身離さずできるようにと…。可愛いですよね」と惚気る。

 そののほほんとした様子に、踊り子の女は苛立ちを露にした。


「さっきから奥さん奥さんって、あんた私たちの話ちゃんと聞いてたの!?オリジンはモンスターの中でも特別な存在なのよ!あんたみたいな平凡な人間が会うことも許されないような相手なの!」

「はい。知っています。でも、好きになってしまったんです。どうしようもなく。勇者になれず、生き方さえわからなくなったどん底の人生が、彼女に会っただけで全て報われてしまったほどに。……彼女がどんな存在だったか俺には関係ありません。それを知ったところで、変わらず愛し続けるだけです」


 話ながら、ナインは「あ、そういえば」と何か思い出したように声を漏らした。


「俺、奥さんと契約したかもしれません」

「本当!?どんな契約をしたの!?」

「病める時も健やかなる時も愛し敬い慈しむ事を……って誓ってもらいましたね。結婚式の時に。僕も誓ったのでお互いに、ですが」


 踊り子の女は二の句が継げなかったが、その横で魔術師の男は「これは一本取られた!」と腹を抱えてげらげらと笑った。


「あのオリジンと時間を共にした数奇な人間がいると聞いた時はどんな奴かと思っていたけど、まさかこんな惚気男とはね!」


 魔術師の男はナインの左手首を掴み、左指の入れ墨を見つめる。蔓が巻き付いているようなその文様は、確かに結婚指輪のようだ。


「話を元に戻すけど、《世界の原石》の効力は約500年といわれていてね。これは上層部の人間しか知らないことだけれど、つまり、以前使われた《世界の原石》の効果が切れて、今あるルールがいつ消失してもおかしくないと言われているんだ。だから、今のルールを存続させたいと思っている人間たちは手に入れた《世界の原石》の力を使う方法を血眼になって探している。………というわけで、真偽はどうあれ、オリジンと契約したと疑われているナイン君は、したかもわからない契約抹消のために、これから命を狙われるだろうね。今日だって、もし僕たちが迎えに行かなかったらあと数時間後死刑だったんだよ?」


 魔術師は明るく言うが、結構重い話だ。だが、嘘を言っているようにも見えない。

 ナインは自慢じゃないが聖剣を手にしてから数年経った今でもとびきり弱い。勇者鍛錬所を飛び出したときに聖剣は失くしたし、筋力だって1年も牢屋暮らししていたから、なくなったも同然だった。

 今勇者に襲われでもしたら、間違いなく瞬殺だろう。


「助けていただき、ありがとうございます。今の話で人間側の目的は何となくわかりました。貴方たちの目的は何ですか?」

「僕らモンスターは今あるルールの消失を望んでいる。よって、僕たちの目的は500年前に発動した《世界の原石》の効力切れ。つまりは、世界のルールが消滅するまでの時間稼ぎってわけ。

 さっき言ったでしょ?500年前に使った《世界の原石》の効力は切れつつある。待っていれば勝手に世界は500年前に戻るんだよ。そのためには、君を人間側に取られたくないし、《世界の原石》の効果発動の鍵になっているかもしれない可能性がある以上、死なれちゃ困るんだ。だから、僕らが軟禁して匿ってあげる。…どう?理にかなっているでしょ?」


 森の木々を風が揺らす。

 魔術師の男は笑っていたが、目が獲物を見つけた獣のようにぎらついていた。話していると忘れてしまいそうになるが、彼らは人間じゃない。モンスターだ。

 その威圧感に、ナインは生唾を飲んだ。


「その500年前に書き換えられたルールって一体何ですか…?貴方たちモンスターは、一体この世界のどんなルールを消そうとしているのですか…?」

「500年前に《世界の原石》によって生まれたのは、“勇者という仕組みそのもの”だ。……僕らモンスターはただ、この世界から勇者が消えていなくなることを願ってるんだよ」


 今この世界には総勢約1000万人の勇者がいると言われている。

 ナインはその勇者たちが一斉に消えることを想像した。




過去編終わって、3年後。ようやく本編開始。楽しくなってまいりました。

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