とあるオリジンの記憶①
「人間を拾っただと…?」
「だからそうじゃと言っておろうが。神視点の選択で【つづきから】を選んだ稀有な人間よ。面白そうじゃろう?」
「面白いとかそういう問題じゃねぇだろうが。全く、面倒ごとを増やしやがって…。俺様は知らねぇぞ」
「こら!どこへいくのじゃ!?」
「巣に帰るだけだ!」
ゴークはそう言って本当に己の住処へ帰ってしまった。全く短気な奴じゃ。ワシを守る守護者のくせに、ちっとも言うことをきかない。
ワシの目の前には、ベッドで寝ている人間が一人。山奥で死にかけていたのを偶然見つけて、その時した問答が面白かったので回復魔法をかけてやった。傷はとっくに塞がっているはずだから、もうそろそろ目を覚ますだろう。
ほら、やっぱり目を開けた。
「……?私は死んだはずじゃ…?それに、ここは…?」
「ようやく目覚めたか」
混乱するのも無理はない。数時間前まで普通の魔法使いには治せないほど重症の傷を負っていたことは間違いないのだから。
ワシは山盛りの木の実が入った籠をベッドサイドに置いた。
「ここはワシの家じゃよ。傷はポーションでほぼ治っているだろうが、腹は減っているだろう。これでも食いなさい」
「何で…。何で私を殺してくれなかったのですか…?あの時、分かったって…」
「それはお主の意思はわかったと言う意味のわかったじゃ。ワシがそれに従う義理もない。ワシはワシのしたいようにやらせてもらった」
「どうして…」
「お主の【つづきから】が見てみたくなった。終わりは終わりの、つづきからが」
この男の名前はナイン・コンバートと言うらしい。
ただの火傷を勇者の痣と見間違得られ、無理矢理勇者にされてしまった挙句、勇者鍛錬所とかいういかにも胡散臭い施設で虐待を受け、この森まで逃げ遂せた。ワシと出会うまでの経緯は大体そんなところらしい。
話を聞く限りなかなかに不運な人生を歩んできたようだと同情したが、それにしては気になる気配があった。
「ナイン。これは何じゃ?」
「何のことですか?」
「ああそうか。お主には見えておらんのか。今お主の体中には薄っすらと《幸運の加護》が付けられている。覚えはあるか?」
「幸運の加護…?」
ナインは首を傾げるだけだ。本当に覚えがないのだろう。仕方がないので、もっとよく“視て”やる。すると、その正体が分かった。
「ほう。これは珍しい。ラッキーバードの加護か。ワシも肉眼で見るのは初めてだ。この幸運の加護の効力はあと少しのようだが…。なるほどな。森の中でワシと出会ったのも、おそらくこれが原因だろう。面白いことをしてくれる」
ラッキーバードは遭遇するのも難しいレアモンスターだ。加護の魔法を付与してもらえることなど、さらに難しい。よほど気に入られでもしない限り、不可能だろう。
ワシがラッキーバードの名を口にすると、ナインはこれでもかと目を丸くした後、くしゃくしゃに顔を歪めた。
「その幸運の加護というのは、一体いつから私に…?」
「うん?そこまでの詳細はわからぬが、ラッキーバードの加護の持続時間はそう長くない。きっとお主がラッキーバードと別れたときにはもう加護が付与されていたのではないか?」
「そう…ですか…」
ナインは己の手で目を覆った。
「おかしいと思ってたんです。いつもパンを食べたらすぐにどこかへ帰っていくはずのあの子が、何故まだ上空を飛んでいたのか。絶対脱出できないはずの勇者鍛錬所の正門が、何でよりにもよって私が逃げようとした日に警備ががら空きだったのか…。もしかしたら、あの子は私の願いを叶えてくれようとして…!」
「……事情は知らぬが、ラッキーバードは賢いモンスターじゃ。意味のないことは絶対にせぬ。だからそれはそやつにとって“意味のあったこと”なのじゃろう」
「意味のあったこと…」
「どうじゃ?少しは生きる気になったかのう?」
ワシはわざと軽く笑ってみせる。どことなくナヨナヨとした印象だったが、柳眉を下げたナインの目には、再び蝋燭のような火が灯ったようだった。
「ナイン!こっちじゃ!」
「はぁ…はぁ…」
「お主、体力がないのう」
「仕方ないでしょう。誰にでも得手不得手はあります…!」
「ふぉっふぉっふぉっ!言い返すようになったじゃないか」
数日経ちナインの体力が戻ったところで、ワシはナインを連れて《熱の守護神》の住処を訪れた。
「ここじゃ!ワシの知己はここにおる!」
「洞穴…?すごくおどろおどろしいですけど、本当にこんなところにオリビアの友人がいるんですか?」
「あやつも偏屈な奴じゃからのう。空の上とか穴の中とかよくわからない場所を好むのじゃ。さ、中に入るぞい」
久しぶりの山歩きで汗だくのナインを置いて、どんどんと洞穴の中へ進む。
奥へ進めば進むほど熱くなっていく気温は、目的地に近づいていることを知らせてくれていた。何の装備もしていない人間には辛い暑さだろう。時折ナインへ水分を取らせたり、涼めるような魔法をかけてやりながら、洞穴の中を進んだ。
そうして目的地へ到着すると、身を焦がすような熱風が吹き付けてきた。ワシがこの洞穴を訪れたことはとっくに気づいているはずなのに。よっぽど人間を拾ったことが気に食わなかったらしい。地味な嫌がらせをしよって。
ワシは蜘蛛の子を掃うようにして、熱風を打ち消した。
「おい。オリビア。何故その人間をここへ連れてきた?」
「こやつの名前はナインじゃ!ゴークにもちゃんと紹介してやろうと思って、わざわざ出向いてやったのじゃ!…って、これこれ。人間にその熱は熱すぎる。抑えるのじゃ!」
《熱の守護神》のゴークはその身をこれでもかと燃やしていた。人間には丸いマグマが喋っているようにしか見えないだろう。思った通り、ナインはワシの背中からゴークを見て「マグマが喋ってる!?」と驚いていた。
「てめぇを守るのが俺様の役目だ。小汚ねぇ虫が付いていたら払ってやるのも役目の一つだろうが」
「喧嘩っ早い奴じゃのう。ワシは抑えろと言ったのじゃが、聞こえなかったのか?」
「………チッ」
舌打ちは余計だったが、ようやく熱を沈めてくれた。これでやっとまともに会話ができる。
「ナイン。此奴はワシの友人。名をゴークという。ゴークは、通称《熱の守護神》ともいうワシを守るモンスターじゃ。見た目はこんな感じで武骨だしやや短気なのが玉に瑕じゃが、悪い奴じゃない。仲良くしてやってくれ」
「あ、その…。ナイン・コンバートです。よろしくお願いします」
「ああん!?」
「ひっ!」
初っ端からビビらせにかかるゴークへ「やめんか!」とグーでパンチを入れる。すると、辺りどころが悪かったのか、ゴークの身体の5分の1くらいが消し飛んだ。
「何しやがる!」
「それはこっちの台詞じゃ!!お主よりずっと弱い立場のナインがきちんと挨拶してくれたのじゃぞ!?いいから早く人型になって挨拶せんかい!」
ワシの一喝が効いたのか、ゴークは渋々ながらも人型になった。
マグマのような体がみるみるうちに筋骨隆々の人間男性のような姿に変わる。
「…ゴークだ。これでいいかよ?」
ナインはモンスターが人型に変わるのを見るのはこれが初めてだったのかもしれない。驚きに声も出ないようだった。代わりにワシが代弁してやる。
「相変わらず無骨な姿じゃのう。どうせ人型になるならワシのようにもっとキュートな姿になればいいものを」
「知るか」
不貞腐れた顔でそっぽを向いてしまった。ナインは驚いたりしていたものの、畏怖した様子はないようだ。「ゴークですね。これからよろしくお願いします」と平然としている。
これは思っていたよりも面白いことになりそうだと、ワシはこっそりほくそ笑んだのだった。
新章突入ですが、一旦過去編挟みます!
過去編は全3話を予定。更新頻度早めにしたいと思います。