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マッサージパニック

 



 オアシスの蜃気楼を無事見ることができたナインたちは、次の目的地を決めるため話し合いを行っていた。


 ガイドブックには多くの絶景スポットが描かれていたが、何も考えずに最初のページから巡るというわけにもいかない。勇者たちからナインが命を狙われている以上、最低限の安全を考慮した場所を選ばないといけなかった。

 その上、絶景には希少価値が高いものも多く、偶然を待っていては何年かかるかわからない。ナインはただの人間なので、当然寿命もある。なるべく効率的に観光できるよう目的地は入念に決める必要があった。

 ナインがあれじゃないこれじゃないとラミィに相談に乗ってもらっている中、ふと椅子に座っていたティロロが静かなことに気付く。ティロロは目を閉じ、首をかくつかせながら船を漕いでいた。


「ティロロ。疲れてるならちゃんとベッドで寝た方がいいですよ?」


 いつもは喋らないと死んでしまうのではないかと心配になるほど口達者なのに、珍しい。よっぽど疲れが溜まっているのかとナインは心配になった。

 ラミィとオアシスの蜃気楼をスケッチしている間も、ティロロは転移魔法でモンスターの集落へ報告しに戻っていたし、戻ったのもつい最近だ。ナインたちが宿で休んでいる間もきっとティロロは動き回っていたのだろう。疲れが出たとしても無理はなかった。


「あれ…?今僕寝てた…?」

「はい。ちょっとだけですけど…。大丈夫ですか?」


「だいじょうぶだいじょうぶ」と返事しながらティロロは椅子から立ち上がって大きく伸びをした。眠気覚ましなのだろうが、その目元には疲労が薄っすら残っているように見えた。


「お疲れなら、良ければマッサージしましょうか?」

「え、何?いきなり接待みたいなこと言うじゃん」

「いつもティロロには助けてもらっているので、そのお返しがしたいだけですよ」


 ナインの提案を「殊勝な心掛けだね」と鼻で笑いながらも、ティロロは「じゃあお願いしようかな!」と機嫌よく宿屋に備え付けられていたソファに寝転がった。

 そのままうつぶせになってもらい、その背中に触れる。尻尾の毛で擽られる悪戯を躱しつつ、ナインはそっと力を入れた。


「っ!?う…うわぁ…っ!」


 その瞬間、自然と声が出た。焦ったティロロがぐっと全身に力を入れて耐えようとするが、その筋肉さえナインにほぐされてしまい、「ふぁ」とまた変な声が出てしまう。

 ナインは気にせずマッサージを続けたが、横で見ていたラミィは呆れたように嘆息した。


「ちょっと。気持ち悪い声出さないでよ」

「違うってラミィちゃん!これ本当…っ!くっ…!」


 弁明しようとする間もなくまた気持ちい箇所を押されてしまい、咄嗟に口を閉じる。

 その抗いがたい快楽に、ティロロは困惑した。


 (なんだこれ…!……めちゃくちゃ気持ちいいんですけど…!?)


 その心の内を知っているのか知らないのか、ナインは素知らぬ顔でマッサージを続ける。


「背中凝ってますね。ここと…」

「っ!」

「こことか」

「っ…!!!!」

「力加減とかどうですか?痛かったら言ってくださいね」


 言えと言われても。

 今口を開いたら確実にまた変な声が出る。


 それが分かっていたティロロが口を開けるはずもなく。その気持ちを代弁するように、尻尾がナインの腕に絡みついた。

 背中のツボを押されるたびに、『今すぐ逃げ出したい』という感情と、『気持ちいいからもっとしてほしい』という正反対の感情に板挟みにされてしまう。


(このままじゃ不味い…頭がおかしくなる…!)


 凶悪なまでの快楽にティロロの心が屈しそうになっていた。何も憚らずに言うなれば、尻尾をぶんぶんと振り回し、犬のように甘えてしまいたくなる。

 だが、そんなこと許容できるはずもない。ナインの指がツボを外れるようにと、必死に体をよじった。

 その拍子にローブの裾がめくれ上がり、いつもはローブで隠れていたティロロのズボンの背面が露になる。「へぇ。ティロロのズボンの尻尾の部分ってこうなってたんですね」と興味深そうにナインが尻尾の付け根のあたりを撫でようとした時、ティロロは姿を消した。


「あれ?」

「はい!終わり終わり!!終了ー!!」


 空間転移で瞬間移動したらしい。

 いつの間にかティロロは部屋の隅に移動していた。

 珍しく尻尾を部屋の壁に打ち付けて興奮しているようだ。一歩でも近づいたら噛みついてきそうな気迫があった。


「マッサージ、お気に召しませんでしたか?」

「いやいやいや…。お気に召すとか召さないとかそういう問題じゃないから!何をどうしたらただのマッサージがああなるの!?」

「おかしいですね。気持ちよくなかったですか?奥さんには好評だったんですけど…」

「うっ…。気持ちよく…なくなくはないけど………てか、えっ!これオリジンも受けてたの!?」

「はい。奥さんにもいつも助けてもらってばかりだったので、毎日」

「毎日!?」


 驚きに声が裏返ったティロロに向かって、ラミィは容赦なく「何をそんなに驚いてるのよ?」と疑いの目を向けた。

 その視線に抗議する間も惜しいのだろう。ティロロは大真面目な顔でラミィへ尋ねた。


「これ、ラミィちゃんもやってもらったことある?」

「は?別にないけど」

「うんうん。そうだよねまだラミィちゃんにこれは早いよ…。止めた方がいい。ただでさえチョロいんだから。…あっ、クーちゃんは…?」

「ゴークですか?ゴークは昔一度だけやってあげたことがありましたね。けど、別に普通でしたよ?」

「オリジンもクーちゃんもすげー…!こんなん最後まで受けて陥落しないモンスターいるの…?」


 現にティロロは危なかった。

 あの暴力的なまでの快楽は間違いなく劇薬だ。しかもだいぶ中毒性がありそうなやつ。もし耐性のないモンスターが最後まであのマッサージを受けたら、たちまち骨抜きにされてしまうに違いない。よもやこの天性のテクニックでオリジンと堕としたのではあるまいなとあらぬ疑いまでもち始める始末だ。

 思わず『出会ったモンスター全員にマッサージしていき、最終的には小さなモンスター王国を作るナイン』まで想像してしまい、馬鹿馬鹿しいとティロロはすぐ頭を振った。


 (ナイン君って実は、滅茶苦茶凄いモンスターたらしなのでは…?)


 目の前のナインは何故そんなに警戒されているのかも分かっていない様子なのがまた憎たらしい。

 だが、まだ自分の秘めた能力に気付いていないのならそれに越したことはない。

 ティロロはもう二度とナインにマッサージをさせまいと誓った。


 そうして一波乱があった後、ナインたちは次の目的地を決める話し合いを再開した。

 しかし、再会してすぐにティロロがまたうたた寝していることに気付き、ラミィが声をかけてやる。

 するとティロロは目を開けたものの、先ほどよりもだいぶ眠そうな様子で目をこすった。


「あー…。ダメだ。さっきのマッサージ受けて尚更眠くなってきた…。そろそろ…限界かも……。ナイン君、クーちゃん呼んでー…」


 辛いなら先に就寝してくれていいのに、どういうことだろうか。何故今ゴークを呼ぶ必要があるのか分からなかったが、ナインはそれに従いゴークを呼んだ。


「何だ?」


 ティロロは開き切らない目でゴークを捉えると、何の説明もなしに全員に向かって転移魔法を使った。

 瞬き1つの間に世界が変わり、ナインが気づいた時には、全員今までの宿屋とは違う知らない部屋にいた。


「え…。ここは…?」

「僕の部屋…。僕はここで寝てるから、ラミィちゃん案内よろし…くぅ…」


 ティロロは言うだけ言うと、着替えもしないままベッドで丸くなり、すぐに寝息を立て始めた。あまりに一瞬のことで何が起こったかわからなかったが、ラミィだけはこの事態に何も驚いていないようだった。ただ、呆れ果てたように頭を抱えている。


「…安全確保のためとはいえ、ちょっとは説明してから飛ばしなさいよね!しかも面倒ごとばっかり私に押し付けて…本当に勝手なんだから!」


 怒っているように吐き捨ててはいたが、どうやら本気で怒っているわけではないようだ。文句の一つでも言わないとやっていられないといったところか。最終的には諦めた様子で、ラミィは部屋の窓を開いた。


 窓の外には広大な地下世界が広がっていた。

 天井が高く、空を見たこともない鳥型モンスターが自由に飛んでいる。石造りの家々が立ち並ぶその隙間には、人外のモンスターたちが行きかっていた。


「ここは私たちが住むモンスターの集落よ。仕方ないから、私がボスのところまで案内するわ」




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