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いい名前じゃん

 



 隣ですんすんと鼻をすする音がする。

 それをBGMにナインは鉛筆を走らせた。

 泣くだけ泣いてようやく泣き止んだばかりラミィの瞼は若干腫れている。ナインに無様な姿を見られ続けてからというもの、とうとう開き直ったらしい。いくら酷い顔になろうとも自分の姿を魔法で変えることなく、不貞腐れた顔でナインの絵を覗き込んでいた。


「あんた本当に絵を描くのね。上手じゃない」

「あはは。まぁ、それほどでもないですよ」


 オアシスの蜃気楼を出現させる鍵となるのは、太陽の光と風の向き。それから、『鏡のモンスターに代々伝わるとされる舞』だった。


 本来オアシスの蜃気楼が見えるのは鏡のモンスターが宴などで舞を踊っている間だけだったらしいが、そこはオリジンの結婚指輪の不思議な力のおかげなのか、蜃気楼は消えずにそのまま残ってくれている。おかげで、ナインはこうしてスケッチに勤しむことができていた。

 蜃気楼がいつ消えるかもわからないため、なんとなくラミィもナインに付き合いスケッチを見守ることになったわけだが、早々に手持無沙汰になってしまう。

 ラミィは赤くなった鼻をすすりながら、ふと時計塔の街でゴークに言われたことを思い出した。


『死者を悼む時間くらいくれてやれ』


 普段飄々と妻自慢をしてくるから忘れてしまいがちだが、ナインは妻を亡くしてからまだ1年しかたっていない。一人になりたいときもあるだろうというゴークの言い分はもっともだった。

 ラミィの認識阻害は少し離れたぐらいでは消えないし、上空にはゴークもいる。

 少しぐらい離れても大丈夫だろうと、ラミィがそっと腰を浮かしたその時だった。「砦では、いきなり大きな声を出してすみませんでした」とナインから話を切り出される。ラミィは再びナインの隣に戻った。


「別にいいわよ。結果として、私の方が助けてもらっちゃったわけだし。アイツらにも大きな貸しができちゃったわ」

「ラミィは真面目ですね。きっとゴークもティロロも俺と同じで大して気にしてないと思いますよ」


 現に二人は脅威がないとわかるや否やゴークは空の上に戻り、ティロロはボスに報告に行っていた。どちらも貸しだなんて微塵も思っていないだろう。

 この美しい蜃気楼を一緒に見れないのは残念だが、女性の泣き顔を男3人で見るというのもどうかと思うので、ある意味タイミング的にはばっちりだった。


 ナインは時折蜃気楼を眺めながら、スケッチする手を休めることなく描き続けている。さっきはそれほどでもないと言っていたが、たいして絵心のないラミィからしたら十分上手いと思える絵だった。


「実は、あの時ラミィに言ったことは俺が昔奥さんに昔言われたことなんです。諦めきれなくてぐだぐだやってるくらいなら、諦めたくないって喚き散らせ!って。どうしようもないことでも諦めたくない気持ちに嘘をつくなって。…………勇者になれず、全てを諦めていた俺にそう叱ってくれたんです」

「…いい奥さんね」


 皮肉でも何でもなく、本当に心から出た賛辞だった。

 日頃のナインと接していれば、彼がどれほど亡き妻を愛していたか嫌でもわかる。だが、その話の端々に時折、恋愛感情とは別の、尊敬や憧憬、信仰といった情が見え隠れすることがあった。

 それが何故か。ラミィは今初めて分かった気がした。

 ナインは過去にオリジンによって命だけでなく、人生そのものを救ってもらっていたのだ。たった2年、一緒にいただけの関係。しかし、その2年がいかに濃厚だったかは想像に難くない。


「そうなんです。オリビアは俺にはもったいないくらい良い奥さんで……。………ぁ…」

「…?どうしたの?」

「いや…何でもな…………っ!」


 ナインは咄嗟に顔を覆ったが、もう遅い。隠そうとした手のひらの隙間から水滴が零れ落ち始める。

 堪えるように小さく背中を丸める姿を見てラミィはそっと手を伸ばしかけたが、結局手が触れることはなかった。迷った末、「私どこか別の所に行ってようか?」と気遣う。


「…ここにいてください」


 ナインの声ははっきりしていたが、寒さに凍えた子猫のように弱弱しい。

 ラミィはかつてゴーレムの村で、ナインから「一人にしてもらってもいいですか?」と言われたことを思い出す。お互いを曝け出して、ようやくここにいることを許されたような優越感に、思わず笑みがこぼれた。


「ふふ。私も散々泣き顔見られちゃったし、これでようやくおあいこね」


 声を殺して泣くナインをからかうように、肘で脇腹をこつんと小突く。


「オリビアか…いい名前じゃん」

「………はい」


 オアシスの蜃気楼は消えずにまだそこにある。

 過去の幻は消えてもなお、それを見た人々がいる限り、そこにあり続けた。






 一方その頃、王都アマクロイスの城にて。

 砂漠のオアシスから帰ったカルヴァは諸々の報告をしに姫の元へ馳せ参じていた。


 ナインたち一行を時計塔の街で見かけたが、“泣く泣く”取り逃がしてしまったこと。

 砂漠のオアシスへ個人的な占いをしに行った時、遠くから見た天から落ちる光の光線を見たこと。

 また、その光線を近くで目撃した勇者たちの証言によると、《奇術師セプテンバー》と名乗る奇妙な男がやったと証言していることなど。

 全て、“カルヴァの部下”が事細かに説明してくれていた。


 報告するのが面倒だったカルヴァは、その横でただ突っ立っているだけだ。占いばあばの店で出会った者について報告を省いているあたりにも、その不真面目さがうかがえる。

 しかし、そんな不真面目なカルヴァの本心など関係なしに、報告された側のロイス姫は神妙な顔をして頷いた。


「事情はわかりました。報告ありがとうございます。砂漠の大穴については、別の者に調査へ行かせましょう。………ですが、まさか、あの時の勇者様がこんなことになるなんて。運命とは時に残酷で、悲しいものですね」


 目尻に涙さえ浮かべるロイス姫に、カルヴァは内心で引いていた。


(昔からこの姫様、なんか好きになれないんだよねー。このいい子ぶってる感じが鼻に付くって言うか?男はこういうのが好きなんだろうけど、カルちゃんは絶対友達になりたくないタイプー)


 これが演技だったら賞賛ものだが、この姫の場合これが素の可能性が高い。カルヴァは尚更好きになれなかった。


「カルヴァさん」

「はーい」

「先日、元勇者様の取り締まりを『盗賊団退治』と称して殺めたそうですね。後から調べたところ、その盗賊団の中には勇者様と何の関係もない方もいらっしゃったとか。悪を許さず悪を罰することは褒められるべき行いですが、殺人はいけません。できるだけ話し合いで解決するべきです。そうすれば無用な血を流さずに済むことだってあります」

「すみませんでしたー」


 反省していないことが丸分かりな返事だったが、代わりにカルヴァの横にいた部下が「申し訳ございませんでしたああああ!!」と猛々しく謝ってくれた。部下のオーバーリアクションが功を奏したのか、あまりの五月蠅さに馬鹿馬鹿しくなったのか。姫からのお咎めはなしだった。


(カルちゃんのことが嫌いならそう言えばいいのに、遠回しで嫌な感じー。大体、ろくに戦場に出たこともないお姫様が知った風な口聞いてんじゃねぇよって感じ?)


 カルヴァが捕らえた盗賊は元勇者ではなかったというだけで、列記とした盗賊だ。窃盗だけでなく、殺人もしているような最低な人間ども。つまり、悪は悪。何も間違ったことはしていない。戦場では殺さなければこっちが殺されるのだ。


 不満は大いにあったが、それを口にしたら最後、物理的に首が飛ぶことはわかっている。カルヴァは従順なふりをして、とりあえずロイス姫の好きなように言わせることにした。


「ですが、秩序管理隊にばかり負担をかけるのもいけませんよね…。この件は慎重に事を運ばないとなりません。どなたか、転生勇者のタロ様をここに呼んでくれませんか?彼に一緒に取り組んでもらえないかお願いしたいのです」


 転生勇者。それは異世界から来た勇者のことで、そう名のつくものは皆桁外れの強さを持っている。

 アマクロイスお抱えの転生勇者であるタロも、例に漏れず絶大な力を持っていた。

 カルヴァは戦場で初めてタロの力を目撃した時、本能ですぐに『勝てない』と思い知らされたことを思い出す。


(もう転生勇者様のおでましかー)


 ナインが元勇者ということで、その管理を任せられたはずの秩序管理隊がいつまでも結果を出せずにいたのだ。いつかはこうなるだろうと思っていたが、それにしては転生勇者の登場が早すぎる気もする。

 城の上層部は何をそんなに焦っているのだろうと気になりはしたが、そこは所詮下で動く者には関係のないことだ。余計な詮索はすまい。

 カルヴァはただ、相手が誰であろうと血肉沸き踊る殺し合いを求めているだけだ。


(カルちゃんが殺す前に死なないでほしかったけど、ダーリンこれは死んだかもねー)


 そんな心の中のつぶやきを聞いてくれる人がいるわけもなく。

 カルヴァは占いばあばが言っていた自分の運命の相手が、早々にこの世からいなくなることを予想したのだった。




これにて『オアシスの蜃気楼編』完結です!ここまでお付き合いくださりありがとうございます。

主人公ナインとラミィの今後の成長に期待ですね。

不穏な転生勇者の影を見せつつ、次回から新章突入します。もしよろしければ、お付き合いくださいませ。

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