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【はじめから】と【つづきから】

 



 ナインは夢を見た。

 何もない空間に、2つの文字が浮かんでいる。

【はじめから】、【つづきから】。

 意味は分からなかったが、なんとなく、ここで終わらせてはいけない気がした。

 だからナインは、【つづきから】の文字を押した。





「ほうほう。これは珍しい」


 ナインは今度こそ目を覚ました。

 少し呼吸しただけで全身が痛い。だがその痛みのおかげで、ナインは自分が勇者鍛錬所から逃げ出し、無我夢中で山の中を走りまわった挙句、斜面から落下して気を失っていたことを思い出した。

 声はナインのすぐ上から聞こえていた。鈴が鳴ったような可愛らしい声の主は、まだ年端もいかない少女が出したものだった。

 祖母か祖父の口調が移ったのだろうか。口調がまるで老婆のようだ。


「君はモンスター…なのですか?」

「おっ。そうじゃよ!よくわかったのう!」


 わからないわけがない。少女の背中には偽物とは思えないほど立派な蝶々の羽が生えていた。木漏れ日で少し透けた羽が、今も眩しい程に光を放っている。


「話を戻すが、この状況で【はじめから】を選ばぬとは、お主、なかなか見どころがあるのう。なぜそちらを選んだ?こう言っては何だが、お主の人生はお世辞にも良いものだったとは言えなかっただろう。はじめからやり直したいとは思わなかったのか?」


 どうしてこの少女がナインが今しがた見た夢の内容を知っているのか不思議だったが、それもモンスターの特殊能力か何かなのかもしれないとすぐに納得した。

 転んだ拍子に刺さったのだろう。今、ナインの脇腹には短い木片が深く突き刺さっている。出血多量で頭がぼうっとしているせいか、見た目ほど痛みはなかった。

 自分はこのまま死ぬのだろうなと、ナインはどこか他人事のように思った。

 そこまで考えて、途端に大体のことがどうでもよくなってきてしまう。ナインは自嘲気味に少女の質問に答えた。


「意味もわからず押してしまったので、特に理由はありません。【つづきから】が右の方にあったからとかじゃないですか?私右利きなので、つい押しちゃったんですよ」

「こらこら、そう自棄になるでない。ここ多分結構大事なトコじゃよ。人生の分かれ道ってやつ。もっと真面目に考えるのじゃ!」


 初対面でしかもこっちは死にかけなのに、良く喋るモンスターだなとナインは内心で呆れた。

 だが、特に反抗する気があるわけでもなく。言われたことに従い、もう一度考え直してみる。


「…………【はじめから】ってあんまり好きじゃないんですよね。だって、【はじめから】の言葉の後に続くのは、大抵、やり直しでしょう?なんだかそれって、今まで苦しかったこととか悔しかったこととかが全部パッと消えちゃうみたいで。こっちはこんなに苦しかったのに、そんなのって酷いじゃないですか」


 首の角度を変えようとしただけなのに、全身に痛みが走る。いよいよ重症だと思ったが、口は止まらなかった。


「あの夢が私の人生に関する質問だったとわかっていても、私はきっと【つづきから】の方を選んだでしょうね。こんな…大嫌いな自分の死を中途半端にしたまま、また人生を【はじめから】やり直すなんて、考えただけで反吐が出ます。だったらいっそ、【つづきから】を選んでちゃんと自分の手で終わらせたい。………私はずっと自分が嫌いでした。だから、勇者にもなれず、何者にもなれなかった弱い自分を、ここできちんと殺しておきたいんです」

「お主………………。死にかけなのによく喋るのう!!」

「喋れと言ったのは君でしょう!?」


 考えろと言うから真面目に考えたのにあんまりだ。


「ほほほ。愉快愉快。しかし、自分嫌いもそこまで行くと筋金入りじゃな」

「本当に嫌いなら、もっと早く死んでおくべきだったんでしょうけどね。裸足で逃げ出したり、死に際でこうもべらべらと口が回るということは……。きっと、少しは愛着があったんでしょう。それこそ、未練のようなものが」


 少女は満足げに頷いた。


「然り。…して、その怪我の状態で【つづきから】を選んだお主は、このままじゃと死ぬだけだということはもうわかっておるな?……先ほどもう答えを聞いてしまった気がするが、念のため問おう。生きたいか?」

「…いいえ」

「理由は?」

「続いたところで、終わりは終わりだからです」

「わかった」


 この問答に果たして意味はあったのかどうか。

 そんなことを考える余力も、ナインには残されていなかった。

 少女は死に絶える寸前のナインへ寄り添うように、地面に膝を付けた。

 そうすると、少女の羽がよく見える。触れてもいないのに、どこか温かい。その羽は生命そのものだった。


「終わりは終わり…か。じゃが、終わったと思っていたものが実は続いていたなんてこともよくある話なのじゃよ」


 その達観した口ぶりは、少女の姿とは似ても似つかない。

 何処か不思議な雰囲気を纏う蝶々の羽の付いたモンスター。彼女の光り輝く羽に、森の緑が良く映える。

 それは、この世のものとは思えないほど美しい光景だった。


 (ああ。綺麗だな…)


 散々な人生だった気もするが、最期に見た光景がこれなら少しは報われたのかもしれない。

 ナインの世界はここで暗転した。





今回は短め。これを異世界ものと呼んでいいのかわかりませんが、「異世界ものは主人公が死んでからが本番」というのができてよかったです。

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