奇術師セプテンバー
「なんだあれ…?」
《砂上の砦》はダンジョンであり、観光名所だ。その周りはいつも旅行客や商人、勇者たちで賑わっていた。しかし、この日はいつも以上に人だかりができている。
人だかりはさらに人を集め、ざわざわと落ち着きがない。
しかし、それもそのはずで、《砂上の砦》の入り口前には本来ありはしない簡易的な祭壇と、その上を陣取る仮面の男が立っていた。
「皆さんここより先には入らないでください。これからショーを開始します」
「ショー?」
仮面の男はマントを翻しながら、拡声器の魔道具を使って観衆に語り掛ける。一体何が始まるのかと、観衆たちは足を止めていた。
「おい!何か知らんがダンジョンの中にいたら急に外へ転送されたぞ!?」
「お前らもか!実は俺たちもなんだ。さっきまでダンジョン攻略してたってのに…一体何がどうなってるんだ…?」
「なんか知らないけど、これからショーが始まるんだってよ」
「ショー?」
観衆の中には当然勇者たちもおり、突然何もない空間から現れたり消えたりしていた。
1から100までわけのわからない状況だったが、ショーと言うからには何かが始まるのだろう。だったら待ってみる他あるまい。砂漠のオアシスの土地柄のせいか、占いが流行る程度には摩訶不思議な力に寛容だった。
「おっとそこのお兄さん。その線からはみ出すと危ないですよ?」
「おっと、悪い…。ってだから誰なんだよテメェは!」
「通りすがりの奇術師です」
壇上の上で飄々としている怪しさ満点の仮面の男を、勇者の一人がなじった。
「おい!俺たちはこれからそのダンジョンに挑むところなんだ!そこをどけ!」
「そうだそうだ!馬鹿なこと言ってねぇでどっか行きやがれ!!」
「ふふ。それはすみませんでした。でも、きっとこれはダンジョンに挑むよりも楽しいショーとなりますので、どうかご容赦ください」
「はぁ?意味わかんねぇこと言ってないで、早くそこをどけよ!この変態仮面野郎!」
観衆が集まるにつれ、野次が大きくなり始めた。しかし、仮面の男がそれに動じることはない。まるで今からダンスでも踊るように、悠々とお辞儀をして見せた。
「申し遅れました。私の名前は奇術師セプテンバー!これから始まりますこちらのショーでは、 3年前に急遽姿を現したこの《砂上の砦》を、この私が奇跡の力を使い、一瞬にして消滅させてご覧に魅せましょう!」
「はぁ!?何言ってんだコイツ…?」
「この馬鹿デカい砦を消すとか…。頭いかれてんのか?」
「おーおー。そりゃ随分と大きく出たじゃねぇか。やれるもんならやってみやがれ!」
セプテンバーは観衆の反応を慈しむようにくるりと壇上で1回転する。その動作の一つ一つが芝居のように優雅で、勇者以外の観衆たちも揃って『これから何か面白いものが見られるのではないか』と知らない内に胸を躍らせた。
勇者や商人以外の者にとっては、どのみちダンジョンなど別にあってもなくても生活に大して支障はない。それよりも、もし本当にこんなに大きなものを一瞬で消して見せると言うのであれば、それは是非とも見てみたい。新しい娯楽を楽しむように、小さな子供までもがセプテンバーの動きに目が釘付けになった。
「狂人で結構!どうか皆さま、この奇術は一瞬です。なので、どうかお見逃しのないようお願いいたします」
セプテンバーは恭しく天に向かって指を突き立てる。
そして「10…9…」とカウントを始めた。
そのカウントが少なくなるにつれて、子供たちもセプテンバーと一緒になって数字を唱えだす。
「3・2・1………0!」
そして、唱えていたカウントが0になった瞬間。
上空から垂直に落ちてきた光の光線によって、《砂上の砦》が呑み込まれた。
「っ…!!??」
観衆が悲鳴を上げることさえままならない。
突如巻き起こる粉塵と熱風。
神の雷と見間違うかのようなその光線はそびえ立っていた巨大なダンジョンだけを、消し炭一つ残さず綺麗に焼き溶かした。
やがて光線が消えると、かつて《砂上の砦》があった場所には、砂の地面は底が見えないほど抉られた大穴だけが遺される。
「まじかよ…」
あまりに一瞬の出来事。
奇術を目の当たりにした観衆たちは反応が遅れ、ダンジョンが消えた事実に気付くまで時間を要した。
見ていた誰もが本当にダンジョンが消えるなどという世迷言を信じていたわけではない。だからこそ、勇者たちも奇術師などと宣う狂人を無理やり引きずりおろすことなく放っておいたのだ。
しかし、実際こうして蓋を開けてみれば、今まさに、その奇跡は起こってしまった。
ようやく事態に頭が追い付いてきた勇者たちが一斉に声を上げた。
「嘘だろ!?本当にダンジョンを消しやがった!」
「おい!さっきの仮面の男がいないぞ!?」
「あの野郎!どこ行きやがった!?俺たちが挑んでたダンジョンを消しやがって!!誰かひっ捕らえろ!!」
挑むはずだったダンジョンが消されたとあっては、黙っているわけにはいかない。勇者たちは血眼になって辺りを捜索した。
しかし、奇術師セプテンバーと名乗った仮面の男は壇上からすでに姿を消しており、残されたのはダンジョンがあった場所に空けられた大穴だけだった。
「くそっ!奇術師セプテンバーめ…!どこに消えやがった!?」
「なぁ、もう探すの止めないか…?こんな大穴空けちまうなんて、きっとあの変態は只者じゃねぇよ。ここは、勇者ギルドに戻って応援を呼ぼう」
勇者たちが相談する中、突如「キェェェェェ!!」という馬鹿デカい奇声が上がる。それは、観衆のど真ん中にいた老婆があげた奇声だった。
「今度はなんだババア!」「気がふれたかババア!」と近くにいた勇者が次々に驚いていたが、老婆は気にせず発狂した。白い髪を掻きむしり、頭をぐるんぐるん回す。
「隕石が落ちたぞ!これは神のお怒りじゃあ!きっと神が天罰をくださったのじゃ!」
「い、隕石…?いや、あれは隕石じゃなくて、もっと光線みたいだったような…」
「隕石が落ちたのじゃあ!この大穴の底に貴重な隕石が埋まっておるー!!」
「底見えねぇけど…?」
「埋まっておるんじゃあー!!」
事態を把握しきれない勇者がツッコみを入れるが、老婆は一切譲らない。
「儂はこの地で100年占い師をしておるが、ここでのダンジョン再建は諦めた方が良い。でないと、また隕石が落ちてくるじゃろう…。そうこの水晶に出ておる…」
「ババア、超有名な占い師だったのか!」
「占い師が言うなら…そうなのかも…?」
「なぁ、もし隕石が本当に埋まってたら、隕石ってもしかしてレアアイテムなんじゃね?」
「確かに。掘り起こしてみようぜ!」
「いや、先に掘り起こすのは俺たちだ!」
占い師だという老婆の話は伝言形式でみるみるうちに勇者たちの間で広がっていき、あっさりと心を動かした。勇者は次第にセプテンバーを探すのを止め、埋まっているかもわからない隕石発掘の算段を立て始める。
「どこら辺に埋まってるんだババア!」と年上を一切敬う様子のない勇者に適当な相槌を打ちつつ、その一方で老婆は別のことを考える。
(こいつら揃いも揃って馬鹿すぎる…!まさかこんな作戦が上手くいくなんて…!)
占い師の老婆に扮したラミィは、勇者たちのその流されやすさに内心で呆れかえるしかなかった。