砂上の砦
「俺ってもう勇者じゃないんですけど、中に入れますかね?」
「問題ないよ。憲兵とかに見つかれば危険だからって理由で止められるかもしれないけど、証明書が必要なわけでもないし。ダンジョンは入ろうと思えば誰でも入れる」
さっそく《砂上の砦》の前までやって来ると、案の定、周りは勇者だらけだった。
ラミィの認識阻害の魔法とゴークたちの強さを信じ、ナインたちは堂々と正面入り口から中へと入る。
砦の中は窓が少ないこともあり少し蒸し暑かったが、意外と広く、所々にランタンがあるおかげかそこまで暗さを感じない造りになっていた。
途中、怪我をしたのか装備がボロボロになった勇者パーティとすれ違う。こっそりと盗み見ると、腰には聖剣が刺さっていた。本当に緊急だったら聖剣の持つ転移魔法でダンジョンから脱出できるはずだから、それをしないということはすでに1日1回の転移魔法の上限を使い切ってしまったか、もしくはダンジョンの入り口付近のモンスターでダメージをおったかだろう。
後者だった場合、ナインたちがモンスターと会合するのもきっともうすぐだ。
奥へ奥へと進んでいくと、思っていた通り、モンスターと今まさに戦闘中の勇者パーティに出くわした。戦いの最中でもある程度余裕があるのか、勇者たちは戦いながら丸腰のナインたちを見てぎょっとする。
「お前たち!ここはもうダンジョン内だぞ!見ての通りモンスターも出る!装備もなしに危険だ!」
「ご忠告ありがとうございます。でも、大丈夫です。見学に来ただけなので」
「だからそれが危ないんだと…!おい待て!せめて俺たちの回復ポーションを分けてやるからそれを持って行け……!」
忠告しながらもスライムのようなモンスターと戦闘を繰り広げる勇者たちの横を素通りする。先頭にいた勇者がなんとかナインへ回復ポーションを渡そうとしてきたが、ナインに渡すより自分たちで使った方がいいと思ったナインは丁重にお断りした。
通り過ぎた後もその勇者たちは何か言っていたが、それも次の階層へ続く階段まで来ると聞こえなくなっていた。
「回復ポーションを分けてくれようとするなんて、優しい勇者もいるんですね」
「こらこら。簡単に騙されちゃだめだよ?ダンジョン内で民間人に何かあったら困るのは勇者の方だからね。ほら、偶然迷い込んだ民間人が中で亡くなって、ダンジョンが危険物扱いされて立ち入り禁止とかになったら困るでしょ?だからだよ」
「なるほど」
ましてやこのダンジョンは立地が良く、出現するモンスターのレベルもそこそこということで例の経験値集めが捗るらしい。勇者たちにとってはさぞかし人気のあるダンジョンなのだろう。
「ねぇ。あの勇者が言っていた通り、ここはダンジョンでモンスターがバンバン襲ってくるわけなんだけど、怖くないの?ナイン君は勇者じゃないし、戦闘全然ダメダメじゃん」
「怖くないですね。だって、皆がいてくれるじゃないですか」
このダンジョン内でゴークに敵うモンスターが出現するとは考えにくい。それに、ティロロの転移魔法とラミィの認識阻害魔法もある。仮に思いがけない何かが起こったとしても、どうにかなってしまうような最強の布陣だ。
「ふーん。…じゃあさ、もし今ナイン君だけを置いて、他の皆を僕が転移魔法でどっかにやっちゃったらどうする?」
「他の皆って、ゴークもですか?」
「そうそう。当然、僕もいなくなる」
ティロロは悪戯を思いついた子供のように嗤う。カルヴァの部下の腕を切り落としたときに見せた時と同じ、無邪気な笑顔だ。
それに対し「そうですね…」とナインは考える仕草をして見せた。
「そうされたら、きっと俺はこのダンジョンの中を逃げ回るでしょうね。そして、意地でも生き延びてみせます。…だからティロロも、するなら安心して悪戯してくれていいですよ。もちろん後でちゃんと怒りますが」
「ふん。そもそも俺様がテメェなんかに勝手に飛ばされるかよ」
「クーちゃんまでやだなぁ。そんなことしないって!仮定の話じゃん!マジにならないでよ」
他愛もない雑談をしながら、さらに上階へと進む。
モンスターと出会っても、大抵はゴークの威嚇だけで逃げていってしまったため、ナインたちは砦の中をほぼ散歩のようなスピードで歩くことができた。
ダンジョンは広く、迷路のようになっている。序盤で会った時のように勇者パーティにもそこかしこで出くわしたが、上に行けば行くほど皆戦闘に夢中で、ナインたちのことなど気にかける余裕もないようだ。
石の壁伝いにさらに歩みを進めて行く。すると、通路の途中でゴークが立ち止まった。
「ゴーク?」
「変な魔力を感じる…」
眉を顰めて壁のあたりを探ると「ここだ」と言って、ゴークは石の壁をまるでスポンジのように抉り取った。
あまりの怪力っぷりに驚かされはしたが、それよりも、ナインは抉り取られた壁の中から出てきたものに目を引かれた。
「何だこれ?」
「鏡…?」
通路の壁の中には、姿見ほどの大きさの鏡が埋め込まれていた。
試しにその鏡に手を触れようとする。すると、触れるよりも先に鏡の中からコブラのモンスターが這い出てきた。
ゴークは瞬時にコブラの首を掴み、片手で頭を握りつぶす。コブラの身体は瞬く間に光の粒となって霧散し天に還っていった。
「うわっ」
「危ないから退いてろ」
1体倒した後も、鏡の中からコブラが次から次に出てくる。
ナインは指示通りゴークの後ろに下がりながら、その異様な光景から目が離せなくなった。
「鏡からモンスターが次から次へと…。これは一体どういう仕組みですか?転移魔法の一種…?」
転移魔法の専門家ともいえるティロロは一瞬その目をラミィに向けたが、それにラミィが反応することはない。ラミィの目はずっとコブラが無限に出てくる鏡に注がれたままだ。
ティロロは肩を竦め、諦めたように説明する。
「違う違う。これは僕の転移魔法とは全く別物。つまり、1体目と2体目は全く同じ個体で、もともといた1体のモンスターをこの鏡によって複写しているにすぎないんだ」
言われたことがにわかに信じられず、ナインは目を見開いた。




