ヒロイン(?)が増えました
占いばあばのテントをくぐると、中は外観以上にファンシーになっていた。
可愛いユニコーンと思わしき置物と一緒に、悪魔を象徴するような黒ヤギの剥製がおどろおどろしく飾られている。ハートのランプの横にミイラの手が置かれていたりと、その一見正反対の飾りの数々は、まるで複雑な乙女心を表しているかのようだ。
ナイン以外の全員が割と本気で店に入ったことを後悔していると、中にはすでに先客がいた。
(よかった先客がいるならそれを理由にして帰れる)
3匹がそう思った矢先、その先客がこちらへ振り向いた。
「あ」
「「「「あ」」」」
見間違えようのないシスター服。
先に客としていたのは、秩序管理隊第2隊長のカルヴァだった。
咄嗟にティロロが転移魔法を使おうとする。だが、何やらカルヴァの様子がおかしい。
カルヴァはナインたちを見てすぐ戦闘モードに入るでもなく、平然と奥に座る老婆に向きなおった。
「おばあちゃん。さっき、カルちゃんの運命の人は次にこのテントに入ってくる人って言ってたけど、複数入ってきた場合はどうなるの―?」
「その場合は一番初めに中に入った者じゃろうなぁ」
「あびゃあ。なるほどー。つ・ま・り、あの人―?」
占いばあばと思わしき桃色のローブを頭にかぶった老婆が深く頷く。それを確認して、カルヴァはにたりと笑った。
「そっかぁ。カルちゃんの運命の人って、ターゲットのナイン・コンバートさんだったのかぁ…。ふむふむなるほどー。禁断の恋もそれはそれで燃えるかもー?」
「ハンマーシスター!一体ここで何してるのよ!?」
「それはこっちの台詞―。カルちゃんは真面目に君らを追っかけてここまで来たのに、どうしてこんな休憩中に再会しないといけないわけー?そっちこそ、こんな砂漠でなにしてんのー?」
座っている椅子をがたがた揺らしながら、カルヴァは面倒そうに眉を寄せた。追って来たというわりに、この再会は不本意だったらしい。
「俺たちはそちらにいる占いばあばさんに相性占いをお願いしに来たんです」
「俺たちじゃないわ。占いしたいのはあんただけでしょ」
「相性占いー?誰と誰のー?」
「俺と奥さんのです」
カルヴァが一瞬固まる。
「ちょっと待ってね」とカルヴァは占いばあばとこそこそ密談し始めた。
「えー…。ちょっとおばあちゃん。カルちゃんの運命の人、既婚者ってまじ?さすがに障害ありずぎじゃないー?」
「頑張りなされ」
「まじかー」
がっかりしているようにも大して聞こえない口ぶりで、カルヴァは首を垂らした。だが、復活も早い者で「仕方ないかー」とすぐにナインへ再度視線を戻す。
全身隈なく下から上へと品定めしようとする目には、まるで遠慮がない。
「あのー…?」
「顔面偏差値はまぁこんなもんかって感じー?懸賞金掛けられて危険と隣り合わせな感じはスリルがあっていいし、強いモンスター従えてんのも悪っぽくていいよねー……うん。決めたー」
カルヴァは一歩踏み出してナインの胸倉を掴むと、ぐっと自分の方へ引き寄せ、その頬にキスをした。
「まずはご挨拶…♡」
耳元で小さく笑いながら、小さな舌でぺろりと唇を舐める。その小悪魔的な仕草は、彼女が今着ているものとは全く正反対のものだ。
「愛しのダーリン♡今日は気分じゃないからしないけど、次会ったらちゃんと殺し合おうね?」
カルヴァはそれだけ言うと、周りが絶句し動けないでいることを良いことに、「じゃあねー」と店から軽やかに退散した。
それを止めることもできず、テントの中にはただただ嵐が過ぎ去った後の静けさだけが残された。
「……なにが何だかよくわかりませんが、これって役得というやつですかね?」
「あんな捨て台詞言われてもそれが言えるナイン君は大物だよ…」
「あああああんな…!あんなふしだらなことを突然するなんて、あの女、なんて恥知らずなのかしら!?」
「てめぇがそれを言うのかよナス女」
ゴーレムの村で、ほぼ初対面の男に全裸で迫った女性がいたことはまだ記憶に新しい。ゴークのツッコみはしっかり的を得ていた。
ちなみにその後占いばあばに占いしてもらった結果、夫婦の相性は120%と言われ、ナインが静かにガッツポーズをしたことは言うまでもない。
占いばあばの店を後にしたナインたちは、ようやくオアシスに辿り着いた。
商店が立ち並ぶ通りを抜け砂がひしめく砂漠を少し歩くと、そこには緑が広がっていた。
緑の木々たちの中心には小さな湖があり、太陽に照らされてはキラキラと光っている。
「わっ!すごく綺麗ですね。ここだけ過ごしやすい」
「昔からそうなのよ。まるで気温調節されているみたいに、オアシスの中だけはいつも涼しいの」
ガイドブックに書かれていたのは違うものだが、この景色だけでも一見の価値は十分にあるものだった。
オアシスには町の住人と思わしき人の他に、勇者と思われる者たちが寛いでいる姿もある。
ラミィに認識阻害の魔法はかけてもらっているが、ここで目立つわけにもいかない。ナインはオアシスの中を静かに観察した。
「うーん。流石に初日から蜃気楼を見るのは無理ですかね?」
ガイドブックに書かれていた『砂漠のオアシスで見れる不思議な蜃気楼』。
そこにはオリジンが描いてくれた絵が載っていたものの、蜃気楼の詳細はよくわからない。前回は金色の鐘を5回鳴らす、とはっきり条件が書いてあったが、今回はそういった条件についての記載がなかった。
蜃気楼と言うからには、きっと見る角度や気温、天候などで左右されるのだろう。場合によっては長期的に機会を待つことも視野に入れないといけないかもしれない。
そう思いナインがラミィの方を見ると、ラミィは沈痛な面持ちでオアシスを眺めていた。
「ラミィ?」
「……え?…ああ、ごめんなさい。少しぼうっとしていたわ」
「何か困ったことがあれば言ってくださいね?」
ラミィはようやく自分が暗い表情をしていたことに気付いたようだ。少し悩んだ様子を見せた後、意を決したようにもう一度「ごめんなさい」と謝った。
「本当は、ここに来ても蜃気楼は見れないの。それを知っていたのに、案内するなんて嘘をついたわ」
「そうですか。理由を聞いても?」
「…怒らないの?」
「どうして?絶景が見られないのは残念ですが、ラミィのせいではないでしょう?君が意地悪で俺に蜃気楼を見せないようにしているなら話は別ですが」
「そんなことしないわ!」
「はい。わかっています。なので、理由があるのかなと」
この町に来てからラミィの表情がずっと曇っていたことには気づいていた。だから、ラミィが話すタイミングをうかがっていたのと同様に、ナインも聞くタイミングを見計らっていた。
他の勇者たちに会話を聞かれないように、落ち着いて話ができる場所に移動する。
オアシスが一望できるベンチを見つけてそこに腰を下ろすと、ラミィはぽつぽつと話し始めた。
「蜃気楼って光の屈折と温度変化、それから風の向きなんかが奇跡的に組み合わさってできる自然現象だっていうことは知ってる?」
「はい。本で知った程度でなんとなくですが…。砂漠で蜃気楼が見えるのは、その温度変化が異常だからですよね?」
「そうよ。だから、この辺りではオアシスに限らず昔からよく蜃気楼が見えていたの。蜃気楼目掛けて旅人が歩いたりしてしまうものだから、聖剣が普及する前は進路を惑わされて町まで辿りつけず、砂漠で亡くなる人間も多かったと聞いたわ。私たちモンスターにとっては蜃気楼はただ綺麗なだけだったけれどね。私がまだ生まれたばかりの頃は、蜃気楼が出現するたびに『不思議だね。綺麗だね』って子供同士ではしゃいでたわ」
ラミィは視線をそっと砂漠にそびえたつ《砂上の砦》に向けた。
「それが、あのダンジョンができてしまったせいで、全てが狂ってしまった。あれができてしまったせいで、光の角度や風向きが変わり、オアシスの蜃気楼は二度と見れなくなってしまったの」
悔しさをこらえるように下唇を噛む。
ナインはラミィと同じように《砂上の砦》を見た。巨大な砦の存在は凄まじく、まるで一匹の怪獣がそこに佇んでいるようだ。
「ダンジョンは勇者たちの遊び場よ。勇者たちから逃げている私たちにはどうすることもできない。だから残念でしょうけど、オアシスの蜃気楼を見ることは諦めて。つい故郷が懐かしくて行きたいと言ってしまったけれど、もう満足したわ。次の目的地を決めて別のところを見に行きましょう」
ラミィは立ち上がったが、ナインは立ち上がらなかった。座ったまま、しげしげと《砂上の砦》を眺めている。
「なるほど。つまりあのダンジョンをどうにかすれば、オアシスの蜃気楼がまた見られるようになるかもしれないんですね?」
まさかの質問に、ラミィは「それはそうだけど…。どうするつもり?」と怪訝な表情を隠さず尋ねた。
「うーん。どうするか決めるのは今じゃないと思います。今やるべきは、潜入調査ですかね」
「潜入調査?」
「俺、実はダンジョンの中ってちゃんと見たことないんですよね。ろくに旅にも出ず勇者を辞めてしまっているので。だから、これも世界を知るいい機会かなと。ダンジョンの中に入ってみる……二人ともそれでいいですか?」
「僕は別にどっちでもいいよー」
「勝手にしろ」
オアシスに着いてからずっと聞き役に徹していたゴークとティロロが初めて声を発する。
ラミィはまだ言いたげだったが、行き先について反論することはなかった。
こうして、ナインたちは砂漠のオアシスを取り戻すべく、砂漠のダンジョン《砂上の砦》を目指すこととなった。