まずは観光
転移が完了し目を開けると、辺りには広大な砂漠が広がっていた。
地平線にポツンと町があるのが見える。その隣には小さな緑もあり、きっと中に目的の湖があるのだろうと予想できた。目的地はすぐ目の前だ。
ナインたちは今、砂漠のオアシスに来ていた。
太陽が照り付ける中、砂漠を少しだけ歩き、ナインたちは町に到着した。
「ここがラミィの故郷ですか?」
「…ここはオアシス周辺の町。私の故郷はここじゃないわ」
今回、ナインたちがオアシス目掛けてやってきたのには、二つ理由がある。
一つはいつも通り、ガイドブックに描いてあった景色を見るためだ。『砂漠のオアシスで見られる不思議な蜃気楼』。どうしたら見れるのかなどは一切わからなかったが、砂漠のオアシスというのはここで間違いないだろう。
そしてもう一つは、ラミィの里帰りのためだった。
時計塔の街で次の目的地を決める話し合いで、ナインがガイドブックを捲っていると、ラミィがとあるページを見て反応を示した。それが、このオアシスの蜃気楼についてのページだった。
砂漠のオアシスはラミィの故郷の近くにあり、土地勘があるのだと言う。
それを聞いたナインは即座に案内をお願いしたというわけだ。
オアシスの町は時計塔の街とはまた違った賑やかさがあった。
いたるところにテントの店が立ち並び、商人の客引きや値段交渉の声でさざめき合っている。
「すごい活気ですね」
「ここは昔から行商人たちが露天を出しているの。物流が滞りがちな代わりに、お金だけは持っている人が多いから、きっと普通の町より良く売れるんでしょうね。あんまりキョロキョロしていると良いカモが来たと思われて、すぐ有り金を毟り取られるわよ。堂々としていなさい」
「はい」
「町の中は多少マシとはいえ、砂漠の夜は舐めたら痛い目見るからね。まずは宿探しから始めるわ」
「わかりました」
背筋を無理やりピンと伸ばす。
人酔いしそうなナインの後ろで、ティロロは一人自由に歩きながら露店を見て周っていた。
ラミィは諦めているのか、今にもはぐれそうなティロロを完全無視してナインに話しかける。
「近年ここに新しいダンジョンが誕生したの。それで、ダンジョン目当ての勇者たちがこぞってこの町に集合しているみたい。本当、迷惑な話だわ。この町にいる間はずっと周りが勇者だらけだから、せいぜい気をつけなさいよね」
「気をつけると言っても…」
ナインにはどうしようもできない。せいぜいできることがあるとすれば、ラミィがかけてくれた認識阻害の魔法の効果を信じ抜くことぐらいだ。
ラミィの言う通り、周りの人間をよく見てみると、商人と思わしき人の中に剣や盾などきちんとした装備をしている者も多い。そういった人たちはきっと漏れなく皆勇者なのだろう。もし仮にナインの正体がバレて全員に襲われでもしたら、確かにひとたまりもない。
ナインがヒヤリと背筋を凍らせていると、両隣から酒の匂いと肉の匂いがした。
「まぁ、バレちゃったらバレちゃったで、その時考えよ!それより、ナイン君もこれ食べる?あっちで売ってたんだけど、なかなかいけるよ!」
「この酒もなかなかだぞ。酒の美味い町は良い町だ」
いつのまにか肉の串焼きを見つけてもぐもぐ食べているティロロと、どこで見つけたのやら酒瓶を片手に飲み歩くゴークに挟まれていた。護衛してくれている二人がここまでリラックスしているのだ。一人だけ気を張っていてもしょうがないだろう。ナインは途端に馬鹿馬鹿しくなった。
前を見るとラミィも同じ気持ちだったようで、無言で頭を抱えていた。
幸い、町に着いてから程なくして宿屋が見つかった。
簡単な手続きを終え、宿屋で借りた砂漠用のマントを上から羽織る。いよいよ観光の開始だ。意気込んだナインは、さっそく今回のガイドであるラミィへ質問した。
「ところで、さっきから気になっていたのですが、あの大きな建物はなんですか?」
「あれがさっき言ったダンジョンよ。通称、《砂上の砦》。…まんまだけどね」
「へぇ…。あれが…」
町の中から見ても異彩を放つ巨大な建造物。それがダンジョンだと聞いて、ナインはなるほどと思った。町からこれほど近いところにダンジョンがあるのであれば、勇者たちもこの町に拠点を置きたくもなるというものだろう。
町があればアイテムの補給も休養も十分にしながら万全の状態でダンジョンに挑める。そして、その勇者たち向けに商売を行えば、商人たちも儲かるという寸法だ。交通の便が悪く、人が過ごすには過酷な砂漠に何故これほど人が集まっているのかと思っていたが、なるほど理にかなっている。
「ダンジョンというのは、ゴーレムたちが守っていた遺跡や、コウモリたちがいた宝の洞窟みたいなものですか?」
「あれは彼らの住処。人間で言う家みたいなものでしょ。ダンジョンと正式に登録されているものとは全然違うわ。なぜなら、ダンジョンは…」
元勇者にもかかわらず勇者の基礎知識さえ知らないナインにも、ラミィはいつも懇切丁寧に教えてくれる。
だが、それを邪魔する者たちがいた。
「何でさ!そんなに美味しい酒なら一口くれたっていいじゃん!!クーちゃんのケチ!」
「どうせオクラ野郎に酒の味なんてわからねぇだろうが。……っておい!返せ!」
「へへ。転移魔法で盗っちゃったもんね!…ごくっ。ナニコレ不味い!」
「だから言ったろうが!馬鹿舌!早く返せ!」
「ん?でも後味は悪くないかも…?これは僕が責任をもって飲んであげるから、クーちゃんには代わりにこれあげるね」
「これっててめぇの食い終わった串じゃねぇか!ゴミ渡すな!!」
せっかくダンジョンについて説明してくれているのに、大の男2人が騒ぐせいで全然聞こえない。「あんたちうるさいのよ!!」とラミィが叱ったが、その声も二人には届かなようだった。
ナインは苦笑しながら、話題を変えた。
「あそこに綺麗な色のテントがありますね。あれは?」
「ああ。あれは、昔からいる占いばあやの店よ。よく当たるって有名なの」
町の中で砦のダンジョンとは別の意味で、異彩を放つ蛍光ピンクのテント。
あまりに目立っていたので聞いてみたが、まさか占いの店だったとは。
正直、とてもそうは見えなかった。怪しい薬を売っている店と言った方がまだ納得できる。
「へぇ。そうなんですね」
「あんまり興味なさそうね」
「奥さんがちょっとした占い師みたいな方だったので」
占い師どころか、オリジンの能力はいろいろと全知全能すぎてほぼ予言者に近かったのだが、ナインにとっては同じことだった。
オリジンの力を間近で目にした人間にとっては、確かにこんな露店の占い師の実力など見ても面白くないだろう。そう思ったラミィは、蛍光ピンクのテントの前を素通りした。
「まぁ、そもそもあの店は恋愛専門の占いだし。別に行っても楽しくないものね」
「恋愛専門?それって、亡くなった人とかでもいけますかね?」
と、思ったら物凄い勢いで食いつかれた。表情はあまり変わらないが、ぐいぐい来る。
「………その人の生年月日とかが分かれば可能でしょうけど…。もう結婚した相手と相性占いしてどうするのよ?」
「でも、気になりません?だって、俺と奥さんとの仲はゴーク以外の他の方に見てもらったことなんてありませんし。俺たち夫婦の運命力がどれくらいで結ばれたのか、気になります」
「そういうものか?」とその場にいたナイン以外の全員腑に落ちていなかったが、勢いに押され口には出すことはなかった。
「でもさナイン君。もしその占いで『奥さんとの相性最悪です☆』とか言われちゃったらどうすんの?気分悪くならない?」
「あり得ないとは思いますが、もしそんなことがあったら占い師の方に『相性100%です』と言われるまで店から一歩も退きません」
「占い過激派かよ!つかそれ占いの意味ないじゃん!」
「恋愛専門の占い師さんか…。楽しみですね。さっそく行ってみましょう」
ナインが妻のこととなると頭のネジが変な方向に飛んで行くのはいつものことだったが、また始まってしまった。一度こうなってしまうと人の話を聞かないし、止めることさえ馬鹿馬鹿しい。
占い師には申し訳ないが、どうか一発目で『相性100%です』といってくれることを願うしかない。観念したモンスターたちはナインを先頭に、怪しいテントに足を踏み入れることにした。