とかげの尻尾切りの逆バージョン的な何か
今回戦闘シーンがあるので、軽いですがグロい描写があります。苦手な人は自己防衛をお願いいたします。
ナインたちが歩いてきた通路の真ん中に、修道服に身を包んだ少女が立っていた。
その背中には忘れもしない、大きなハンマーが背負われている。
「あー!なんか忘れてると思ったら、あの時のハンマーシスター!」
「面白いあだ名をありがとー。ヘなちょこダンサー」
「誰がへなちょこよ!」
ラミィとハンマーシスターが言い合っているうちにナインも思い出した。
時計塔の街で会ったこのハンマーシスターは、出会い頭にティロロの転移魔法で“この山”に飛ばされていたのだった。偶然とはいえ、すっかり存在を忘れていた。
「こっちだってハンマーシスターなんて名前じゃないしー。カルちゃんはねー…秩序管理隊の第2隊長。カルヴァって言うんだよー。以後お見知りおきをー」
「どうして俺たちがここにいるとわかったんですか?」
「んーとねー。それは、企業秘密♡」
カルヴァが指を鳴らすと、奥から兵士たちがぞろぞろと中に押し寄せてきた。どうやってここが特定されたかはわからないが、ナインたちと事を構えるためにあちらもそれなりの準備をしてきたということだろう。
ティロロがまた転移魔法を使おうとする。が、カルヴァはそれより先にハンマーでその魔法を殴った。
「おっと。二度も同じ手には引っかからないよー」
彼女の体格に不釣り合いなほど大きいハンマーは、まるで重さを感じさせないかのように俊敏に動いた。
まさか転移魔法を殴って無理矢理壊すなんて。きっとあのハンマーには対魔法用の何かが付与されているのだろう。ティロロは「ちっ」と舌打ちした。
「あ、これ言うの忘れてたー。ナイン・コンバート、だっけ?…あなたにはアマクロイス城の姫様から、捕縛命令が出ていまーす。ご同行願いまーす」
「嫌です」
「あびゃびゃ!はっきり断ってくれてありがとー。これで君が逃げられないようにカルちゃんが四肢を粉々に砕いても、あとで姫様から怒られないで済むよー!」
カルヴァの命令に従い、周りの兵士たちが一斉に切りかかってくる。ラミィ、ティロロ、ゴークの3匹が応戦し、さらにそこにコウモリたちが鐘を守るべく戦闘に介入した。
兵士たちはそこそこの手練れのようで、こちらの戦力を見ても引く様子がない。この程度の敵にゴークが負けるとは思えなかったが、有象無象に面倒くささを感じたらしい。ゴークはわかりやすく眉間にしわを寄せていた。
「こいつらまとめて殺していいか?」
「ダメです。ゴークが本気を出したら、この洞窟が崩れかねません」
「じゃあ、僕がナイン君とあの鐘を街まで転送しようか?」
「願ってもないことですが、それではあのコウモリたちの信頼を裏切り、見殺しにすることになってしまうかもしれません。だから、ここは一旦迎え撃つしか…」
「なにこそこそ話してんのー?」
巨大なハンマーがナイン目掛けて振り下ろされる。
その間にチャクラムを持ったラミィが割って入るが、カルヴァのハンマーの威力は凄まじく、鏡の盾でも受け止めきれずに体ごと吹き飛ばされてしまう。
「きゃあっ…!」
「ラミィ!」
「弱いくせによくも邪魔してくれたねー?死にたいみたいだから、お望み通りカルちゃんが殺してあげるー」
ナインが駆け寄るよりも先に、カルヴァがその俊足でラミィへとどめを刺そうとハンマーを再び振り上げる。
そしてハンマーがまさにラミィの頭を砕こうと振り下ろされたその時、ラミィが“消えた”。
「…ちょっと、ちょっと。これだけ良い男が揃っているのに、女の子から狙うなんて卑怯なんじゃない?」
ラミィはぽかんとした顔のまま、ティロロの横に転移させられていた。
それを見たカルヴァが、苛立ちに目を曇らせる。
「またそれかぁ。君のそれ、本当にうざいねー」
「カルちゃんのハンマーもねー」
挑発しているのか、わざとカルヴァの口調をまねて話す。飄々とした態度を崩さないティロロに、カルヴァはハンマーで殴りかかろうとする。ティロロはそれを転移魔法でよけながら、同時にカルヴァの身体に転移魔法をかけた。
それを、カルヴァがまたハンマーで魔法ごと殴る。
「だからー。それはもう見切っているから無駄だってー」
「君一人が見切っていても、周りの兵士たちはどうかな?」
ティロロがそう言うのとほぼ同時に、「うわー!?おおお俺の腕がぁぁ!!」と周りの兵士たちの絶叫が轟く。
辺りを見渡すと、兵士たちの剣を持っていたはずの腕が“消えていた”。
血が流れている様子もなく、ただ、第二関節から先が綺麗に“無くなっている”。その異常な光景に、カルヴァは目を見開いた。
兵士たちが泣き叫ぶ中、ティロロはその中心を「さぁさぁお立合い!世紀の魔術師ティロロ様のお通りだよ!」とわざと気雑ったらしく歩く。
「今、こいつらの腕を別空間に飛ばしたよ。ここで引かないなら、今すぐ腕ごと空間を閉じちゃうけど、どうする?」
「人質ってわけー?どっちが卑怯なのって感じ?」
「こっちは最初から争う気なんてないんだ。平和的解決と言って欲しいな」
「どうせハッタリでしょー?…ほら、君たちもカルちゃんの部下ならさぁ、腕の一本や二本無くなったぐらいで怯まずに頑張ってー?」
「は、はい…!」
腕がなくても口は使える。兵士たちは口々に魔法を詠唱し出した。
魔法陣が浮かび上がり、そこから放たれた電撃魔法がティロロへと直撃する。かのように見えた。
電撃はティロロに到達する前にねじ曲がった空間に飲み込まれ、跡形もなく消失する。
兵士たちが戦慄く中、ティロロはにっこりと笑顔を作った。
「ほらほら。どうしたの?早くしないと、腕を一本ずつ切り落としちゃうよ?いーち…」
「ぎゃあああああ!!俺の腕がぁぁぁ!!」
「ほらね?にー…」
「ああああああ!!!」
「あはは!これはこれで楽しいね!一気に行くのと、徐々に切っていくの、カルちゃんはどちらがお好みかな?」
部下の腕がカウントと共に切られていく。
その笑顔に狂気を感じたが、それで素直に怯むほど、カルヴァとて正常ではなかった。
大して悩むことなく、「んー。いいよぉ。じゃあ一思いにやっちゃってー」と怠そうに許可を出す。「えっ!?カルヴァ隊長!?」とまだ腕を切られていない兵士たちがどよめき出すが、そんなこと一切気にしない様子で口を曲げた。
「部下がいないと締まらないかなーと思って呼んだだけだしー。足手まといになるなら、いらないやー。そんな腕どうぞ切り落としちゃってー」
「そ、そんな…!」
兵士たちが絶望するのを、ティロロはほんの少し不憫に感じたが、ここで手心を加えてやるつもりもない。「…あっそ。んじゃ、遠慮なく」と指を曲げる。
その瞬間、カルヴァはハンマーを置いたかと思うと、俊敏な動きでナインの元に一直線に駆け出した。
「隙あーり♡」
あの重そうなハンマーを持ってあの速度だったのだ。それを無くした今、より俊敏に動けるのは当然の道理だった。
俊足の勢いを殺さないまま拳を作り、カルヴァはナインに殴りかかる。
ティロロは咄嗟にナインの周りに魔法で防御壁を張って守ったが、それより先にゴークの熱光線がカルヴァの腕を焼き切った。
「あびゃびゃ!痛い痛い痛い!!あともう少しのところだったのに、おっしーい。痛ーい!!あびゃびゃびゃー!ビームなんて反則じゃなーい!?」
「気持ち悪い女だな…」
焼き切られた腕から血を吹き出しながら、痛みに転げまわるカルヴァを見て、ゴークが率直な感想を漏らした。
カルヴァは喚くだけ喚くと、途端に静かになる。そして、彼女が何かぶつぶつと呟き出したかと思うと、トカゲの尻尾のように“腕が生えた”。
そして、その生えたばかりの腕ですぐにハンマーを持ち上げ直す。
「ひ…!」
「自己再生能力…?いや、超回復魔法か…?」
「うわっ。気持ちわる…マジで人間辞めてんね?」
モンスターの3匹にドン引きされるカルヴァだったが、構わず「さぁ、もっと遊ぼー?」と笑った。その顔は狂気じみていて、話が通じそうにない。
よく見るとティロロに腕を切られた兵士たちの腕も新しく生えている。どういう仕組みかは詳しくわからなかったが、ここにいる兵士全員、アンデットのような底知れない回復力を持っているようだ。
これは徹底的に殺し合うしかないかと各々が覚悟を決める中、ナインは「待ってください!」と大声を張り上げた。
「その前に、皆さんこちらを見てもらえませんか?」
ナインはそう言って天井の方を指差す。罠だと思ったカルヴァがすぐにそちらへ視線を向けることはなかったが、それこそが悪手だった。そうして無防備になった耳へと刹那、衝撃が走った。
天井にいたコウモリたちからものすごい量の超音波が放たれる。
障害物も大して意味を成さない音の攻撃。
耳を手で塞ぐこともできなかった兵士たちは「ぐあああああ!!」「み、耳が…!!」「頭が割れる!!」と地面を這いつくばった。カルヴァ自身も超音波をまともに食らったせいで脳が揺れ、地面に膝を着く。
「………っ。…あびゃー。これはやられたなぁ…」
超音波の嵐が終わると、そこにナインの姿はなかった。鐘とコウモリ諸共いなくなっている。目を離した隙に、まんまと空間転移魔法で逃げられたのだ。
もう追いつけないとわかり、カルヴァはその場にごろんと仰向けに寝転がった。
「ナイン・コンバートとへなちょこダンサー、緑の魔法使いに光線男………サーカス団みたいで面白―い。次会ったら絶対に殺そー♡」
新しい玩具を見つけた子供のように、楽しそうな笑い声が洞窟内に響く。
周りの兵士たちはそれを怖がりながらも、「上からの命令は捕縛ですよ…殺しちゃダメです…」とそっとツッコみを入れた。