ただの愛の逃避行でした
ナインたちが宝の洞窟に入ると、中は薄暗くじめじめしていた。
するとすぐに、ゴークが明かりをつけてくれる。指先に灯った熱の塊はまるで松明のようだ。ナインの口笛が洞窟だと聞こえない可能性があるからか、ゴークは洞窟に着いた後も黙って後ろを付いてきてくれている。助かることこの上ない。
「んー」
「どうしたんですかラミィ」
「いや…さっきからこの山について何か忘れているような気がするんだけど、思い出せないのよね…」
「ああ。ありますよねそういうこと。でもそういうのって、頑張って思い出さなくても、その時が来たら自然と思い出せたりするものですよ」
「…そういうもの?」
「そういうものです」
コウモリが住み着いてしまったからか、それとももともとそういう造りなのか。
洞窟の中は廃坑のようになっていて、地面に錆びれたレールが引かれている。そのおかげで迷うことはなさそうなことが救いだったが、いたるところに蜘蛛の巣が張り巡らされており、空気がどこか湿っぽかった。
モンスターの住処と聞いていたので心配していたが、幸い勇者の姿は見当たらず、ナインたちは足を止めることなく奥へ奥へと進んでいく。その途中で、ふいに視線を感じた。
天井を見ると大量の光る目玉に見つめられていた。ナインの隣でラミィが「ひっ」と息を飲む。先ほど空を飛んでいたコウモリのモンスターが、逆さ吊りになってこちらを見ている。
「来る」
「来るね」
ゴークとティロロが呟くのとほぼ同時に、コウモリたちが一斉にナインたちへ襲い掛かってきた。
体のサイズは小さいが口の牙で噛みつかれたらひとたまりもないだろう。咄嗟に身をかがめて防御態勢を取る。
しかし、噛みつかれそうになる前に、ゴークとティロロが向かってくるコウモリたちを次々に叩き落とした。ゴークは素手を使って叩き落したが、ティロロは魔法防壁を張り、ナインとラミィを守ってくれる。
「だーーー!!羽虫みたいで面倒くせぇ!こいつらまとめて溶かしていいか?」
「ダメですよゴーク。俺たちは戦うために来たんじゃないんですから」
「とはいえ、このままじゃキリないよ?」
力の差はあまりに歴然だったが、ティロロの言う通り猛攻が止む様子はない。冷静になってきたナインは安全な魔法防護壁の中からコウモリたちに向かって声をかけた。
「俺たちに戦う意思はありません。貴方たちと話をするために来ました!どうか攻撃を止めて我々と会話してはいただけませんでしょうか?」
ゴーレムの村でも似たようなことをしていたことを思い出し、ラミィは「あんたまたそんなこと…!」とナインの肩を掴む。
しかし、コウモリたちはナインの言葉に反応したように、攻撃をぴたりと止めた。
「オマエ達ハ、何者ダ?」
「嘘でしょ…!?喋れるの!?」
まさか本当に話が通じるとは。
ラミィは驚いていたが、ナインは会話が成り立ったことを素直に喜んだ。
「俺たちは世界中を旅しているただの一般人です。俺はナインで、こちらがゴーク、ティロロ、ラミィ。俺たちは今、あの街にあった金色の鐘を探しています。金色の鐘について何か知っていることはありませんか?」
「オマエ達、彼女ヲ探シニ来タノカ?」
「彼女…?」
コウモリたちは超音波で喋っているようだ。直接脳に響くような声に若干眩暈を覚えつつ、ナインは会話が成り立ったことを喜び、耳を傾けた。
「彼女ハ今、病ニ臥セテイル。オマエ達ハ、彼女ノ病ヲ治セルカ?」
「……誰か病にかかった人がいるのですか?俺たちは医者ではないので、治せるかどうかはわかりません。でも、その方に会わせてくれれば、何か力になれることがあるかもしれません」
「信ジラレナイ…」
会話が通じているのか微妙ではあったが、警戒を解くにはあと一歩足りないようだ。
どうしようかとナインが考えていると、隣でティロロが悪い顔をして笑った。
「信じる信じないはそっちの自由だけど、今信じないともれなくこの《熱の守護神》様が君らを全滅させちゃうよ?いいのかな?」
「おいコラ。何を勝手に…」
「………来イ」
ティロロの一声が効いたのか、はたまた《熱の守護神》の肩書と生の迫力に助けられたのか。
コウモリたちは一時的に警戒を解いて、ナインたちを洞窟のさらに奥まで案内してくれた。
洞窟の中をしばらく進んで行くと、広く開けた空間に出た。
天井が吹き抜けになっており、そこだけ光が差し込んでいる。そのせいかその空間にだけ苔の緑があり、鉱石と思われる小さな石たちが輝きを放っていた。
そのどこか神秘的な空間の中心に、巨大な金色の鐘が鎮座していた。
それを見たナインが何か言う前に、ラミィが「あった!」と声を上げる。
「金色の鐘!あの鐘を盗んだのは貴方たちだったの?」
「盗ム?…チガウ。我々ハ彼女ト一緒ニイタカッタダケダ。動ケナイノハ、退屈ダ。ダカラ、招待シタ。楽シンデホシカッタ」
「どういうことなの…?」
なぞなぞのような不可解なことを言うコウモリたちに混乱するラミィ。
コウモリたちは超音波を巧みに操り、次々に喋った。
「ココニ来テカラ、イチドモ声ヲ聞カセテクレナイ」
「以前ハアンナニ歌ッテイタノニ」
「彼女ハ病ニ侵サレテシマッタニ違イナイ」
「どういうこと?この鐘が実は生き物だったってこと?でもそれらしい気配も魔力も何も感じないわよ…?」
先ほどから黙ってラミィとコウモリたちの会話を聞いていたナインだったが、一人だけなぞなぞの回答がわかったように「ああ」と納得した。
「それ、多分病気とかではないですよ」
「ナンダト?」
コウモリの群れが騒めき出す。小さな黒い塊の集合体はそれだけで大きな生き物のようだ。
「彼女を元いた場所に戻してあげれば、きっと前みたいな歌声を聞かせてくれるようになります。ここでもできなくはないですけど、きっと天井が耐えられなくなっちゃうので。それが良いと思います」
「ソレハ本当カ!」
「はい」とナインは自信をもって頷いた。
「え、待ってどうゆうこと?」と疑問を露にするラミィたちに向かってこっそり説明を入れる。
「おそらく、このコウモリさんたちは多分あの金色の鐘が大好きで、一緒にいたいがためにここまで連れてきちゃっただけなんですよ。でも、鐘って地面についてると叩いてもあんまり良い音が出ないじゃないですか。きっとそれで病気にかかったと勘違いしちゃったんですね」
「は?え、待って。…彼女って、本当にこの鐘のことだったの!?」
コウモリたちにとって、金色の鐘が生き物であるかどうかは関係なかった。ただ、いい音で歌う彼女がいつも同じ場所にいたので、退屈だろうと外に連れ出してあげたのだ。
鐘は吊り下げないといい音が鳴らないということも知らずに。
ただ、金色の鐘への強い思いだけを胸に実行に移してしまった。
一晩のうちに鐘がなくなったというのも、きっとこの洞窟中の黒いコウモリたちが闇夜に紛れて全員でこの鐘を運んだからだったのだろう。
そして、音が鳴らなくなったことを病にかかったと勘違いしたコウモリたちは、この洞窟で鐘を看病していたのだった。
「なにそれ。こいつらただの馬鹿じゃん」
「ティロロ。そんな言い方は酷いです。これは愛ですよ愛」
「愛って?もしかして、コウモリとあの鐘のこと言ってる?」
「はい。愛の逃避行ってやつです。ロマンチックですよね。まるで城に囚われた姫を攫う王子様のようじゃないですか」
良い笑顔で頷くナインにティロロは呆れて言葉も出なかった。
最近分かってきたことだが、ナインは妻を溺愛するあまり、恋愛話になると少々頭のねじが外れてしまうようだ。ロマンチストといえば聞こえはいいが、いつも時間も場所も憚らず語り出してしまうのは考えものだ。これは話が長くならないうちに、早々に切り上げた方がいいだろう。
ともかく、これで金色の鐘の謎は解明した。あとはコウモリたちに時計塔まで戻すことに了承を得て、転移魔法で元の場所に戻してしまえばいいだけだ。
「やっと見つけたー」
そこに、聞きなれない甲高い声が洞窟を反響した。