ハンマーシスターがしょうぶをしかけてきた!
お金を調達したナインたちは、ようやく旅で必要なものを全て買い揃えることができた。
新しい服と靴に全身着替えたナインは気持ちを新たにする。
ティロロのおかげでほぼ野営なしの旅とはいえ、やはり備えは必要だろう。
回復薬や財布など最低限の物を腰のポーチに詰められるだけ詰め、緊急以外であまり使わない大きな荷物については、ティロロが空間魔法で預かってくれることになった。いつもながらありがたいことだ。
「これで当面の資金・資材不足の問題は解決ですね。ではさっそく、時計台へ行きましょうか」
意気込んだナインが歩いていると、前から歩いて来ていた少女の肩と肩がぶつかってしまう。
少女は転びこそしなかったが「きゃっ」と声を上げてよろめいた。
「あ、すいません。余所見をしてしまっていて…怪我はありませんか?」
焦ったナインが女性へ手を差し出すが、少女がその手を取ることはなかった。
少女は華奢な体に不釣り合いなほどの大きなハンマーを背中に背負っていた。一瞬、勇者かと思ったが、少女が着ていたのは僧侶が着るような修道服だった。
(勇者?いやでもそれにしては…)
協会で力のある者で勇者の痣が顕現した者が勇者となり回復役として活躍するのはよくあることだ。だがしかし、それにしては魔法を使うための杖が見当たらない。あるのはやはり背中のハンマーだけだった。
はたしてこの格好は、前衛なのか後衛なのか。戦士なのかヒーラーなのか。
いろいろとあべこべな出立ちの少女は差し出された手を取らず、その大きな瞳で戸惑うナインをじっと見つめた。
「この魔力の気配……認識阻害系―……?普通の旅行者がこんな高等魔法使ってるのおかしいよねー。あ、もしかして君、ナインっていう名前だったりするー?」
「っ!」
「やっぱりそうだー。ラッキー。カルちゃん、上から君を捕まえるように命令されててー。だから、ちょっと遊んでくれない?」
少女はゆっくりと背中に背負ったハンマーを構えた。自身の体重よりも重そうなハンマーを軽々と持ち上げる姿を見て、ナインはようやく目の前の少女が只者ではないことを察した。
「ちょ、ちょっと待ってください!こんな街中で戦闘なんて…。せめてどこか場所を移動してから…!」
「問答無用―。カルちゃんは秩序ー」
と、何か言いながらハンマーを振り上げたタイミングで、少女の姿が忽然と消えた。
「え」
周りを見渡してみるが、やっぱりいない。瞬間移動にしても不自然なタイミング。
ナインはまさかと思い後ろを振り返った。
「いやー危機一髪だったね!まさかこんな街中でラミィちゃんの魔法が見破られるなんて。危ない危ない!」
ふーとティロロが全く流れていない額の汗を拭うような仕草をする。もしかしなくても、ナインを狙った敵と思われる少女が姿を消したのは、ティロロの転移魔法だった。
助けてくれたことには感謝しかないが、タイミングがタイミングだ。なんとなく気まずい。
「彼女、まだ何か喋ってませんでしたか?」
「いいのいいの。あの腕章からして、秩序管理隊の一人っぽかったし」
「あ、そうなんですね」
言われてみれば、シスターのような服の上に何か腕章のようなものをしていた気もする。
大きなハンマーに気を取られすぎて、全く気付かなかった。
「殺してませんよね…?」
「迷ったけど、流石にね。あっちの山の奥の奥の方に飛ばしただけ!」
あっちの山…と示された山は肉眼で見てもこの街からだいぶ離れた距離にあるようで、確かにすぐ戻ってくることは難しそうだった。
勇者であれば聖剣の持つ転移魔法で即座に戻ってくることも可能かもしれなかったが、はたしてあの秩序管理隊と思われる少女が転移魔法を使えるのだろうか。ティロロの口調からして、また戻ってきたところで今のように転移魔法で飛ばしてしまえばいいやという魂胆なのだろう。
姿がバレた時はヒヤリとしたがとりあえず穏便に危機を回避できたようで、ナインはほっと息を吐いた。
「どう?僕、そこの木偶の棒より役に立つでしょ?」
ティロロはわざとらしく親指で、実は素材換金後からずっと地上にいたゴークのことを指さす。ゴークはこれでもかと眉間のしわを深くした。
「その木偶の棒ってのは、まさか俺様のことじゃないよな?オクラ野郎」
「突っ立ってるだけで何もしないんだから、そういうことでしょ?自覚あるじゃん!役立たずは空にお帰りくださーい」
「殺すぞ」
「やれるものなら」
よせばいいのに、ティロロはナインだけでなく今度はゴークにまで喧嘩を売り出した。
口を閉じたら死ぬ病にでもかかっているのだろうか。ゴーレムの村ではわからなかったが、ティロロが一人いると良くも悪くも賑やかだ。
「二人を置いて先に行きましょうか」
「私の認識阻害がぁー…あんな簡単に見破られるなんて…」
得意の固有魔法があっさり見破られたことを静かに気にしていたラミィを慰めつつ、ナインは再びこの街の中心にある時計塔へと足を進ませたのだった。