大きいのも小さいのも好き
王都アマクロイスの城の一室には、騎士団長室や近衛兵の駐屯地などの他に、秩序管理室というものが設けられている。
その中でも一室だけ異彩を放つ扉が存在した。
小さな宝石やパッチワークで可愛くデコレーションされた扉はまるでケーキのようだ。
統率や秩序に重きを置く城の中でその輝きは、明らかに悪目立ちをしている。
甲冑を纏った兵士はその扉を躊躇なくノックした。
すると、中から「入っていいよー」と間延びした返事が返ってくる。
兵士が中に入ると、中は扉と同じくファンシーな空間が広がっていた。中央には大きな天蓋付きベッドがあり、机などが一切存在しない。代わりに、床には丸いクッションが散らばっており、まるで子供部屋のような有様だった。
兵士は一切気を緩めず天蓋付きベッドに向かって敬礼する。
「カルヴァ様!ご報告を申し上げます!」
「声うるさいよー。聞こえてるからもっと小さく喋ってぇ」
兵士は「はっ!」と短く返事を返した後、声のボリュームを落とした。
「先ほどゴーレムの村にて、不可解な熱光線が天空より出現したと勇者たちから報告が上がりました。その光線は2度にわたって目撃されており、そのどちらも勇者を狙うものであったとのことです。幸い、大きな怪我人はなし。遥か天空からの攻撃であるがゆえに敵の姿は目視できず、正体不明。熱光線は魔法や武器の一切を溶かしたとの報告でした。被害にあった勇者の証言から、新種のモンスターか兵器の可能性があると思われます」
「ふーん。それは怖いねー。今もその光線って出てるのかな?」
「いえ。再調査に行った勇者たちの報告では、再度現地に訪れても何も起こらなかったとのことでした!」
「じゃあ何か条件があるのかもね。その光線が最後に目撃されたのはいつー?」
「はっ!7日前になります」
「ははっ。報告超おっそーい。無能すぎー。殺すよー?」
「も、申し訳ございません!情報伝達に思わぬ時間がかかってしまったようで…」
カルヴァは天蓋付きベッドの中で着替えを始める。カーテンの向こうに女性のなまめかしいシルエットが見えるが、兵士は恐縮してそれどころではなかった。甲冑の中にじっとりと冷汗をかく。
「そういう言い訳はいらないからぁ。黙ってー?……あーあ。勇者くんや兵士くんたちが増えたのはいいけど、その分無能も増えたから困りもんだよねー」
のんびりとした口調には静かな怒りが含まれている。余所行き用のシスター服に着替えたカルヴァは、ゆっくりとベッドから降り立った。
「カルヴァ様、これからどこかに外出ですか?」
「上の連中からの命令でー、なんか脱獄した…ナインって元勇者を探せって言われてんの。だから、探しがてら時計台の街にお散歩に出ようかなーって。あそこなら、お気にいりのお店揃ってるしー。だから、君との話はここでおしまーい」
「さようでございますか!お気をつけて!」
「あ。今日のはそこのピーチちゃんを持っていこうと思うから、ちょっととってくれるー?」
カルヴァが指さした先には、壁に立て掛けられた巨大なハンマーがあった。どうやらそのハンマーがピーチちゃんらしい。
言われた通り兵士が両手で持ち上げようと試みるが、おかしい。全力を出しているはずなのに、びくともしない。もしや何かの魔法だろうかと兵士は首を傾げた。
「ああ、そういや君新人君だったねー。もー使えないなー」
カルヴァは兵士をどかし、壁に立てかけられていたハンマーを片手で持ち上げ、あっさりと肩に担いだ。
なんという怪力だ。
自身よりも身長の低い華奢な少女に圧倒され、兵士は息をのむ。
魔法かどうかもわからなかったが、もしあのハンマーで一撃でも殴られたのなら自身の骨など一瞬で砕け散るのだろう。目の前の少女には難なくそれを可能にしてしまえる力があることを兵士は知っていた。
今からできることなどただカルヴァの機嫌を損ねないよう黙って見送るだけだ。
「今日も神様の祝福があらんことをー」
最後にシスターらしい一言を捨て台詞に、カルヴァは一人城を去ったのだった。
「ただいまー!」
ゴーレムの花畑から宿屋に戻り、しばらくすると、ティロロが転移魔法を使って帰ってきた。
椅子に座っていたナインは立ち上がって「おかえりなさい」とそれを迎える。
「あれ?《熱の守護神》は?」
「ゴークなら空の上に。さっきまでここにいたんですけど、まだ人の多いところに慣れないようでして」
「あっそう。それで、ゴーレムの花畑は無事見れた?」
「ええ。無事見れましたよ。いつまで咲いているかわからないので、ティロロも良かったら是非…」
「あんた、返ってくるのが遅いのよ!報告に行くだけって言ってたのに…!絶対遊んでたんでしょ!こっちは大変だったんだからね!?」
ナインの言葉を遮り、ラミィがティロロに詰め寄る。ティロロは「ごっめーん☆」と全く反省の色が見えない言葉だけの謝罪をした後、目を丸くした。
「…って、あれ?あれあれ?ラミィちゃんもしかしてそれ魔法使ってない?おっぱいも萎んじゃってるし…。あはは!てか、君ってそんな顔だったんだね!笑える!」
ラミィは顔を青くして後ずさる。顔を隠すように、咄嗟に口を手で覆った。
だが嘲笑うティロロはそんなことお構いなしに詰め寄る。
「てか、何で魔法解いちゃったのさ?僕は前の方が好きだったなぁ。本当の君はわりと役立たずで泣き虫でポンコツだしね。あのエロい感じが良かったのに、弱い君から容姿を取ったら一体何が残るの?…ねぇ、今からでも前の姿に戻ってよ」
「っ…!」
「え、何その顔。もしかして、傷つけちゃった?だとしたら、ごめんね。…でも、僕正直者だからさ?本当のことしか言えないんだ。許してね?」
顔は笑っているのに、その言葉の数々はまるでナイフのようだ。
最初は傍観していたナインだったが、思わず口を挟む。
「では俺も正直者なのではっきり言いますけど、ティロロ。女性の趣味が悪いんじゃないですか?」
「…は?」
「誰しも嘘をつくものですが、仮初の女性の方が好きだなんて、随分変わった趣味をお持ちのようで……。それに、相手が自分の思い通りにならなくなった途端に文句を垂れるなんて、見た目のわりに案外お子様なところがあったんですね?意外です」
そのわかりやすい挑発に、ティロロのこめかみがぴくりと動く。
「…なに?殺されないと思って、調子乗ってんの?こっちは《熱の守護神》の目を掻い潜って、四肢を切断するぐらい造作もないんだよ?ナイン君、今の自分の立場ちゃんとわかってる?」
「やるならどうぞご勝手に。けど、いいんですか?それをした瞬間、君は俺に口喧嘩で勝てなかったことを認めることになりますけど?」
二人の間に一触即発の空気が流れる。
それを打ち消したのは、ラミィだった。
「やめて。もう…あんたの好みの姿にはもうならない。私はこれから、必要時以外は私のままでいることにする。そう、決めたの」
「…へぇ?面白いね。僕がいない間にラミィちゃんが絆されてる。一体どんな手を使ったのさ?」
敵意むき出しの視線に対しナインは涼しい顔で「別に何も」と返す。
これ以上の追撃は無駄と思ったのか、ティロロは先ほどの剣呑な雰囲気を取っ払い、わざとらしい笑みを作って茶化した。
「でも、まぁ。これから一緒に行動するんだし、仲良くなれてよかったじゃん?……ナイン君は初めて会った時、目がずっとラミィちゃんのおっぱいに釘付けだったもんね?」
「えっ!?」
「大きいのは良いことだと思います」
「えっ!!??」
突然のカミングアウトに、ラミィがバッとナインの方を見た。「あはは。それはそれ、これはこれということです」とナインが笑って流せば、「否定しないのかよ!?」とティロロがゲラゲラと笑った。
「…と、まぁ冗談はこれくらいにして。花畑が見終わったなら次の街に移動するでしょ?どこ行くかはもう決まってるの?」
「あんたが来るのが遅かったから、もうとっくに決まってるわよ」
話が脱線してしまったが、ティロロが帰ってきたのはちょうど次の目的地を決める話し合いが終わった後だった。それを告げると、ティロロは指を2本立てた。
「それは良かった。じゃあ遅れた俺からも情報を提供してあげよう。良い方と悪い方、どっちから聞きたい?」
「じゃあ、悪い方からで」
「ナイン君のクエストが世界中の勇者ギルドに貼られたみたい。懸賞金もあって、ナイン君を捕まえた勇者には金貨1000枚だって。これで、世界中の勇者たちや秩序管理隊が君を捕まえに来るよ」
聞きなじみのない単語だ。ナインは「秩序管理隊とは何ですか?」と尋ねた。
「アマクロイスの城で兵士とは別に特別に編成された部隊のことだね。兵士では取り締まれない、道を踏み外した勇者なんかを闇に葬っているほぼ勇者関連専門の秘密部隊さ。まぁ、そいつらは転生勇者ほどヤバくないから勇者同様無視していいよ」
「わかりました。では、良い方は?」
「僕らのボスから正式に同行の許可が降りたよ。これからは僕とラミィちゃんが世界中の人間どもから君を守ってあげよう!大船に乗ったつもりで、旅行に出かけようじゃないか!…というわけで、これから“は”仲良くしようね。ナイン君♪」
わざとらしく根に持っている様子のティロロに、「やっぱりちょっと子供っぽいところがあるな」と思ったナインだった。




