ステータスと経験値
遺跡は石造りの宮殿のようだったが、見るからに老朽化が激しかった。立派な柱が立っていたであろう場所は、所々折れたり欠けたりしてしまっている。
動いていないゴーレムたち数体が遺跡入り口の側面で仁王立ちしている。ゴーレムたちが守っている遺跡というのはここで間違いないようだ。
「遺跡の周りに花はなかったですよね…。遺跡の中に入ってみましょうか」
「ちょっと待って」
ラミィに止められ、また草むらに隠れる。
息を潜めて促されるまま視線を向ければ、5人組の若者たちがこちらにやってくるところだった。
「やっと遺跡についたー!」
「あっ!ちょうどゴーレムもいるじゃん!」
3:2の男女混合構成パーティ。ケラケラと会話をしながら歩く若者たちの恰好から、彼らが勇者の一行だと察したナインは、何故ラミィが隠れるように言ったのかを理解した。
勇者一行の中には魔術師もいるだろう。村人程度ならともかく、上級の魔術師は魔力の気配に敏い。認識阻害の魔法をかけてもらっているとはいえ、接触は控えるべきだろう。
「ゴーレムって防御力高いから倒すの面倒なんだよな。弱点属性なんだっけ」
「水とかじゃなかった?」
草むらから盗み見されているとも気づかずに、勇者一行は眠っているゴーレムに近づく。そして魔術師と思われる女性が何か呪文を唱え出すと、何もない空間から激しい水鉄砲が生まれ、ゴーレムのうちの一体を攻撃した。
水をかけられたゴーレムの目に光が宿る。それに呼応するように、他の3体のゴーレムも動きはじめ、戦いが始まった。多人数同士の乱戦だ。
隠れながらそれを観察していたナインは、声を潜めて「ラミィ。少し聞いてもいいですか?」と尋ねた。
「何よ」
「何故、今あの勇者さんたちは眠っていたゴーレムを起こしてまで戦っているのでしょうか?」
「そんなの、ゴーレムを倒すと出る素材やドロップアイテムが欲しいからでしょ?」
「ドロップアイテム…。それは、人間にとって万病の薬になったり、飢えを凌ぐための食糧になったりするのですか?」
「知らないわよ。石のゴーレムだし、加工すればせいぜい格好いい武器や防具になったりするんじゃない?少なくとも、ゴーレムを倒せば経験値ってやつにはなるらしいわよ」
経験値。勇者鍛錬所で何度も聞いた単語だ。
勇者鍛錬所では常識のことだったらしく、ナインが詳しく聞こうとしたところで「そんなことも知らないのか」と馬鹿にされるだけで誰もその意味を教えてくれなかった。
ナインが「その経験値って何ですか?」と素直に尋ねると、ラミィは怪訝な顔をした。
「勇者は皆って呟くと眼前にパネルが出てきて、その経験値やレベルが数字で見れるって聞いたけど…あんたは違うの?」
「そうなんですか?俺は見たこともないですね…」
試しに「ステータス」と小声で呟いてみたが、やはり何も起こらなかった。
ナインは勇者の証である痕もただの火傷な上、姫から賜った聖剣もとうの昔に手放している。自分に勇者としての力は一切ないとわかっていたが、こうも露骨だと失笑せざるを得ない。
そんなナインを見て思うところがあったらしい。ラミィは聞かれずとも経験値について詳しく説明してくれた。
「勇者はモンスターを倒すと経験値が手に入る。経験値が一定数貯まるとレベルが上がって強くなるって聞いたわ。勇者が見ることができるステータスっていうのにはスキルっていうのもあって、中にはレベルがあがると覚えるスキルなんてものもあったりするそうよ。
基本的に勇者は自分のステータスしか見れないけど、そのスキルやアイテムを使えば相手のステータスを盗み見ることも可能みたいね。私たちモンスターは自分のステータスなんか知ったことじゃないけど、勝手に盗み見てきた勇者たちが『レベルがどうだ』『レア度がどうだ』とかギャーギャー騒いでいるのは見たことがあるわ」
それならナインも似た光景を見たことがある。
あの日、ラッキーバードを打ち落とそうとはしゃぐ勇者たちは、どこか自分とは違う何かを見ているようだった。
「その経験値はドロップアイテムと違って、目には見えず触れもしないものなんですよね?なら、レベルというのは筋力を数値化したものなのでしょうか?」
「転生勇者の中にはたしか99レベルとかいう化け物がいたと思うけど、そいつは別に筋肉ムキムキって感じではなかったはずよ。だから、レベルは筋力と言うよりも兵力とかに近いのかしらね。百人力みたいな」
「転生勇者?」と聞きなれない単語に首を傾げる。慣れたもので、ラミィはすかさず補足してくれた。
「転生勇者っていうのは、この世界で生まれ育った勇者とは違い、異世界から召喚された勇者のことよ。異世界から来ただけあってこっちの世界の常識が通用しないから、そいつらは皆馬鹿みたいに強いわ」
「“そいつら”ということは、転生勇者は複数いるのですか?」
「ええ。私もちゃんと会ったことはないけど、私が知る限りでも3人はいるわ。そいつらと遭遇したら、すぐに逃げることね。たとえ最強のモンスターと謳われた《熱の守護者》でも絶対に敵わないわ」
「わかりました。心得ておきます」
雑談に興じている間に、勇者一行とゴーレムたちの戦いは佳境に入っていた。最初はゴーレムたちの方が優勢に見えたが、魔術師が水魔法の詠唱を唱え終えたことで戦況が逆転したらしい。
そろそろ剣士の一人がゴーレムの内の一体にとどめを刺そうと息巻いているところだった。
「勇者にとってはその経験値やドロップアイテムがよほど大切なんですね。ですが…」
ナインは勇者に追いつめられているゴーレムたちを通して、どこか遠くを見つめた。
「ここのゴーレムたちは俺たちを見ても攻撃してきませんでした。今ゴーレムたちが攻撃しているのは、あの勇者たちが攻撃してきたからです。ゴーレムを倒して手に入るドロップアイテムがどれだけ貴重なのかは知りませんが、自分が生き延びるためならまだしも、名誉やお金のための殺しなんて残忍で虚しいだけだと俺は思います」
そこで一度言葉を区切り、上空に向かって口笛を吹く。
すると、「なんだよ」と音もなくゴークが空から降りてきてくれた。
「なるべく穏便に、彼らを追い払うことはできませんか?」
「この俺様に喧嘩の仲裁をしろと?」
「はい。お願いできませんか?」
「……ちっ。分かった」
舌打ちをしたゴークが上空に戻って行くと、やがて神の雷のごとく1本の熱光線が空から垂直に落とされた。その光線はまるでペンで線を引くように、勇者たちへ襲い掛かる。
「なんだ!?」と慌てる前衛を無視し、光線は剣士の持っていた盾を真っ二つに焼き切った。
慌てた剣士が光線を切ろうと振り上げれば、今度はその光線に触れた剣が焼き切れる。
それを見ていた魔術師の一人が火球の魔法を放ったが、その魔法さえ光線に触れた瞬間「ジュッ…」と焼けるような音を残して霧散した。
天から落ちる光線は威力を落とすことなく逃げ惑う勇者たちを追尾する。
「やばいやばいやばいこっち来る!」
「きゃーーー!!」
「くそっ!何なんだよこれ!?」
「遺跡の力か何かか!?一旦退却するぞ!」
勇者たちの武器や防具がことごとく焼き溶かされ、瞬く間に阿鼻叫喚の地獄絵図が完成した。
リーダーと思われる剣士の一人が全員に撤退を呼びかける。それに従うように、勇者の一行は一か所に集まった。
中心にいたリーダーが聖剣を天高く掲げる。すると、聖剣から眩い光が放れた。
その聖剣の光に包まれたかと思ったその時、勇者の一行は全員姿を消した。
「消えましたね」
「聖剣に付与された転送魔法よ。一度行ったことのある町とかなら飛べるらしいから、きっと最寄りの町にでも逃げ帰ったんでしょ。使えるのは1日1回までらしいから、今日はもうここに戻ってこないでしょうね」
一仕事終えたゴークが再び地上に戻ってくる。
彼は退屈を隠そうとせず欠伸を一つ漏らした。