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魔女と骸の剣士  作者: 佐藤遼空
第四章 鉄の魔女
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おまけ キラーバ隊全滅の顛末

 峠道を超えようとする三人の前に、ひどい風景が現れた。

 谷に掛かった橋が、土砂崩れによって壊れている。木造の橋は紐が完全にちぎれ、大きな岩を含んだ土砂の下敷きになっていた。

 その谷の底を覗こうとした時、足元の地面を掴む手が現れた。

 レギアはその手に眼をやる。掴んだ地面を手掛かりに、谷底から男が一人這いあがってきた。

「大丈夫ですか?」

 アストリックスが慌てて駆け寄る。男は息を切らしながら、地面に倒れ込んだ。

「俺は大丈夫だ……しかし、仲間が一人怪我をした」

「お仲間さんは、谷底ですか?」

 男は話しかけるアストリックスを見ながら口を開いた。

「いや…途中で分断されて俺は落ちたけど、前の二人は向う側に渡ったんだ。けど、後ろにいたリックが落石で頭を打った。ジェイドはリックを担いで小屋に戻った。俺は谷底から登ったら、里まで医者か治療師を呼びに行く約束をしたんだ」


 男は息も絶え絶えにそう言うと、立ち上がった。

「この先に行くのは無理だぜ。俺は里へ急ぐ、じゃあな」

 男はそれだけ言うと、アストリックスが止める間もなく走り去った。

 男の背を見ると、アストリックスがレギアの顔を見る。

「レギアさん、放っておけません」

「はいはい、お前の事だからそう言うと思ったよ。骸!」

 レギアはヒーリィの方へ顎をしゃくる。ヒーリィは剣の柄の紋章を取り出すと、口を開いた。

「氷結せよ」

 ヒーリィの身体から冷気が流れ出し、それが瞬く間に氷の橋を作る。

「じゃあ、行ってみるか。何にしろ先に行く予定だしな」

 レギアはそう言うと、橋を渡り出した。


 ほどなく進んだところで、森の中に山小屋を見つけた。

「あれでしょうか?」

「だろうな」

 アストリックスは駆け寄ると、ドアをノックした。

「もしもし、すみません! 怪我人はこちらのお宅ですか?」

 すぐに扉が開いて、一人の男が顔を出す。アストリックスの美貌に驚いたようで、一瞬、目を開くがすぐに口を開いた。

「あ、あんたは?」

「貴方がジェイドさんですか? リックさんが怪我をしたと途中で聴いたのですが」

「そ、そうだが。あんたが治療師? ジェロールの奴は一緒じゃないのか?」

「あ、お連れの方は、走って里に行かれました。わたくしは治療師ではありませんが、多少、怪我人を診ることができます。リックさんを診せてくださいませんか?」

「そうなのか、ありがたい」


 そう言うとジェイドは奥に引っ込んで、アストリックスたちを小屋に招いた。ジェイドが近寄ったベッドに、リックを思しき青年が寝ている。頭に包帯を巻いていたが、その包帯には血が大量に染みていた。

「診せていただきます」

 アストリックスはリックの上半身を起こし、包帯を取る。すると流血跡が、頭を黒く染めていた。

「傷口をまず洗いたいのです。ぬるま湯を持ってきてもらえませんか」

「判った」

 ジェイドが動き出そうとするのを、レギアが止める。

「骸、氷を作れ」

「判りました」

 ヒーリィが氷の塊を創り出す。レギアは二本指を立てると、光のナイフを創り出した。それで氷の塊を半分にすると、掌をその切断面にあてる。真ん中の氷が溶け、たらいのような形状になった。


「ここに頭をもってきな」

 ベッドの上に氷のたらいを置くと、残りの半分の氷を手を使わずに浮かせる。リックの頭の上に来た氷が、ぼとぼとと溶けだし、水をたらし始めた。

「温いはずだが」

「ありがとうございます、レギアさん。傷口の形状が見えたので、もう充分です」

 アストリックスはリックの血の跡を洗い流すと、にっこりと微笑んだ。と、息を吸いこむ。

 静かに息を吐きながら、アストリックスは掌を傷口にかざした。掌から光があふれだし、傷口を照らす。すると傷口は、みるみるうちに回復していった。

「――魔女殿」

 アストリックスの治療の最中に、ヒーリィがレギアに傍に歩み寄った。その耳元で、何か囁く。レギアは顔色もかえず、ただ頷いた。


 しばらく治療を続けていたが、やがてアストリックスは手を止めた。

「これでいいはずです」

「あ――ありがとう」

 リックが驚いたように、アストリックスを見た。

「いいえ。傷が深くなくて、よかったですわ」

 アストリックスは微笑を返した。

 その瞬間だった。後ろにいたジェイドが懐から何かを取り出し、レギアに向かって突き出す。しかしその突き出されたナイフは、ヒーリィの掌を貫通しつつも、そこで止められていた。

「ヒーリィさん!」

 アストリックスが驚きの声をあげる。


「くっ」

 ジェイドはナイフを抜くと、ヒーリィを襲おうとした。が、その瞬間ジェイドの身体は一瞬で、凍り付いた。

「あ……」

 リックが驚きの声をあげると、ベッドから素早い動きで飛び出す。リックはレギアたちを睨みつけていた。

 アストリックスは信じれないものを見る目つきで、リックを見た。

「どうして……傷は本物だったのに?」

「本物の傷を作ってなければ疑われ、奇襲が成功しない。だから、仲間が傷つけたんだろうさ」

 アストリックスの問いに、レギアはうんざりした顔で言った。

「あなたは、傷つけられたんですの? それとも、敵の仲間なんですか?」

「うるさい!」

 リックは隠してあった剣を抜いてアストリックスに斬りかかった。が、その剣が空を切る。

「な――」

 既にリックのすぐ横に、アストリックスは静かに立っていた。

「残念です……」

 そう言った瞬間、重い衝撃がリックを襲う。リックはものも言わずに倒れた。


「やれやれ、どうやらお人好しにつけこまれたらしいね」

 レギアはそう言いながら、頭をかいた。アストリックスが、レギアを申し訳なさそうな表情で見つめる。

「レギアさん…すみません、わたくしのせいで――」

「なに、お前だけのせいじゃない。本物の怪我人かもしれないって、あたしも思ったさ」

 レギアは自嘲気味に笑った。ヒーリィがそこで口を開く。

「魔女殿も負けず劣らず、お人好しですからね」

「余計な口きくな」

 レギアがそう怒鳴った瞬間、轟音が響いた。

 小屋の天井、壁が爆発する。爆撃魔法の一斉放射を受けているようだった。

「魔女殿!」

 ヒーリィが叫ぶ。その声とともに、小屋の全体が爆発し、完全に崩れ落ちた。


「――クックックッ、どうだレギアよ。泣いて詫びたって、許してやらねえぜ。まあ、もう泣くこともできないだろうがな」

 そう言いながら森の中から出てきたのはキラーバ・レスターだった。キラーバは白い煙が立ち込める爆発跡を、五人の部下たちと愉快そうに眺めている。

 その煙が薄れた時、キラーバは顔色を変えた。そこに現れたのは、巨大な氷のドームだった。

「な――」

 キラーバが驚きの声を洩らす暇もなく、その氷を切り裂いてレギアの姿が現れた。

「お前かい、キラーバ。この姑息で卑怯な手を考えたのは」


「ハン! レギア・クロヌディ! 俺の完全な計略がこれで終わりだと思ったら大間違いだ! この森には俺の最強の部下、30人がお前たちを包囲している。前の戦力分析の結果を受けて、今度は屈強な魔導騎士、そして呪霊士も含まれている。お前たちは、ここでお終いだ!」

 キラーバはレギアを睨んで、そう声を上げた。しかしレギアは少し目を落とすと、息をついた。やがてレギアは、呆れ顔をキラーバに向けた。

「お前は…何も判っちゃいない」

「なに? 何だと?」

「お前は、怒らせちゃいけない相手を怒らせたんだよ」

 レギアはそう言うと、目を伏せて微笑みを浮かべた。

 すっ…と、アストリックスが前に出る。

「貴方ですか、仲間を傷つけてまで人を罠に陥れようとする悪人は?」

「は?」

 アストリックスの言葉に、キラーバは首を傾げる。


「なに言ってるんだ、お前?」

「貴方は二人の仲間がまだいるかもしれないのに、小屋ごとわたくしたちを殺そうとした。お仲間のことは考えなかったのですか?」

 アストリックスの事の問いに、キラーバは嘲笑をあげた。

「なにを甘いこと言ってるんだ、お前? 目的を遂行するためには犠牲が出ることもある。そもそも、中の二人が奇襲に成功してれば爆撃の必要はない。爆撃されたのは、奴らが任務を遂行できなかったからだ」

 キラーバの言葉に、アストリックスはもう返そうとはしなかった。アストリックスは静かにキラーバを見つめると、さらに一歩前に出た。


 上空を見つめながら、右掌を天に掲げる。

「星の光は、命の輝き!」

 手を降ろすと同時に、アストリックスはキラーバを睨んだ。

「その輝きを弄ぶものを――わたくしは許しません!」

 アストリックスの姿が消えた。と、次の瞬間、キラーバの背後にいた部下たちが倒れていく。

「な――」

 驚くキラーバは、かろうじて剣をたてる。その剣は、アストリックスの拳を止めていた。

「バ…馬鹿な。俺の部下が――」

 ぎりぎりと迫るアストリックスの拳に、キラーバは剣で対向していたがその限界を悟った。腰に手を当てると、筒状のものをアストリックスに向ける。瞬間、アストリックスに向けて閃光が放たれた。

「ん――」

 目をつぶって光を遮りながら、アストリックスは跳躍して後退した。既にキラーバもその場を離脱している。

「1、2、3班、波状攻撃でレギアを襲え!」

 森の中に隠れたキラーバの、声だけが響いてくる。


 森から出現した魔導騎士たちが、レギアに向けて業火を放ってくる。レギアは指輪を立てると、魔導障壁でそれを防いだ。

「…甘く見られたもんだね」

 レギアは険しい顔つきで、手を魔導騎士たちに向けた。五本の指の一つ一つから光線が放たれる。その光線は、魔導騎士たちの身体を貫いた。

「魔法は大きさより、凝集性が重要なのさ」

 レギアはぼそりと呟いた。


 アストリックスは森の中に眼を向けた。見えない程の速さで、アストリックスは森の中へ駆けていく。

 樹々に飛び移りながら、アストリックスは敵の気配を感じていた。

(北に五人…西に五人……南に五人――)

 僅かな気の揺らぎをアストリックスは把握している。

 森を進む敵兵の前に、アストリックスは樹上から飛来した。

「ひっ――」

 息を呑んだ瞬間、アストリックスの拳が腹にめり込む。兵は声もなく倒れ込んだ。アストリックスは腰から投げ紐を投げると、樹上の枝に結びつけ、それを手繰り寄せる勢いで跳躍した。


 森の中に潜んでいたキラーバの部下たちは恐怖に慄いていた。

「――ぐわっ」

「む――」

 見えない敵の襲撃で、次々と仲間が倒れていく。気配のした方へ駆け寄ると、そこには味方の倒れた姿があるだけだった。

「散らばるな! 集合して迎え撃て!」

 敵の士官がそう声をあげた。が、瞬間、背後から打たれた肘の一撃で、白目を剥いて倒れる。

「皆さん、山に慣れてませんわ」

 アストリックスは厳しい表情で、倒れた兵士を見つめた。


 キラーバは次々と森の中で部下が倒されていく気配に、狼狽を隠し切れなかった。

「くっ! なんて奴だ、レギアにこんな仲間がいたとは…」

「隊長! 1、2、4班から、連絡が途絶えました!」

 傍にいた部下の報告を受け、キラーバは歯ぎしりした。

「くそ……こんな敵の事は聴いてない! 撤退だ!」

 キラーバは残り少なくなった部下を連れて、必死の様子で撤退した。

 敵の気配がいなくなったアストリックスは、レギアの元に戻ってきた。

「敵は皆さん、逃げたようです」

「どうやら、そうだな」

 レギアの口から、思わず苦笑が洩れた。その時、レギアの足元で、動く気配がした。気絶していたリックが目を覚ましたのだった。


「こ…これは?」

「お前をまきぞいに、小屋ごと破壊しようとしたのさ。で、キラーバの部隊はアストリックスがほぼ全滅させちまった」

「そ…そんな――」

 リックは信じらないものを見る目つきで、アストリックスを見る。アストリックスは悲し気な顔で、リックを見つめていた。

「お前が……オレたちの部隊を――?」

 慄きの顔のリックに、ヒーリィが言った。

「彼女の戦闘力は低く見積もっても、一個中隊以上ということです」

 その言葉に、リックが表情を変える。震える唇で、リックはアストリックスに問うた。


「何故……オレを殺してない?」

「わたくしは、誰も殺してません」

 アストリックスは静かに答える。その矢先、森の中から意識を取り戻した兵士たちの呻き声が上がり始めた。

「帰ってキラーバに言っとけ。あたし達を狙うのは無駄だとな」

 レギアはリックに言った。リックは身体を起こして、よろめきながら歩き去ろうとする。

「オレたちは――命令があれば、再びお前たちを狙う。オレたちを生かした甘さを、お前はきっと後悔することになる!」

 そう叫んだリックに、アストリックスは静かに目を向けた。

「星光拳は医武同現。わたくしの武は人の命を奪うためではなく、命を救うためのもの。それがわたくしの武の道です。貴方は…命を奪うのではなく――別の生き方をできないのですか?」

 アストリックスは真に悲し気な表情で、リックを見つめた。リックはその眼を凝視した後、くるりと背を向けた。

「オレも……国を守るために、兵士になった…」

 忘れていたのかもしれない…と呟くと、リックは走り去っていった。

 


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