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魔女と骸の剣士  作者: 佐藤遼空
第四章 鉄の魔女
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ルシャーダの過去

 レギアは暗い場所に、膝を抱えて座っている。

「――見ただろ。あたしは……ろくでもない人間なんだ」

 レギアは背後から近づいていくる人物にそう呟いた。

「私が貴女に剣を捧げた意志に、変わりはありません」

 ヒーリィはそう答えた。


 レギアは背中を向けたまま、ヒーリィに問うた。

「いったい、此処は何処なんだい? お前がいるってことは、あたしも死者の仲間入りをしたのかい?」

「此処は貴女の心の中です、魔女殿。貴女はルシャーダに身体中の骨を折られて瀕死の状態になりました。その負傷はアストリックスが、三日間不眠不休で治癒術を施すことにより回復し、治りました。けど、貴女の意識は戻らなかった。

 前に言ってましたね、魔面を着けた状態は、無意識層まで無防備になっていると。どうやら貴女は、その無防備状態で瀕死になった衝撃で、ちょうど洞穴族の大長老が使った『魂封じ』のような状態に陥ったのです。

 それであの時のように心の中に誰かが入って、貴女を戻すことが必要になったのですが、一番つきあいが古く、また仮に戻れなくても既に死んでる私なら差し支えないので、私が貴女の精神世界に潜ってきたのです」


 ヒーリィの説明を聞いて、レギアは自分の膝を抱きしめるように顔を埋めた。

「もう……いいんだ。あたしは戻らなくてもいい」

 レギアはかすれる声で言った。

「あたしなんて……最初から何の価値もない人間なんだ…」

「その価値とは、何にとっての価値ですか?」

 ヒーリィは冷静な声を返した。

「親ですか? 隣人ですか? 国ですか? ルシャーダですか? けど、貴女は私が剣を捧げた相手です。そしてアストリックスは、貴女を治すために自らも憔悴するほど尽力した。フェイは貴方が帰ってくるために、私を送り込むための霊術を使いました。私たちにとって、貴方は無価値ではない」

「――けど、あたしには何もできなかったんだ!」

 レギアは座ったまま振り返った。その目には涙が溢れていた。


「呪宝も破壊できなかったし、惨劇を止めることもできなかった。あたしは……無力な、弱い女なんだ…」

「無力な者には価値がありませんか? それではルシャーダや、他人を踏みにじり利用する者と同じ理屈になってしまう」

 気づくと、ヒーリィが目の前に立っていた。

「骸である私の感覚からすれば、生きているという事はそれだけで価値のある奇跡なのです。誰もに価値があり、そこに等級などない。だからこそ貴女は、名もなき者が踏みにじられる惨劇を許せなかったのでしょう?」

 ヒーリィが手を差し出していた。

「立ってください。貴女には、やるべき事があるはずです」

「お前が……」

 レギアは驚きに息を呑みながら、手を伸ばしその手を握った。


 ヒーリィの手に引かれて、レギアは立ち上がった。

「あの時、あたしに声をかけたのはお前なのか? けど、あれは過去のこと――」

「幽子は時空間を超越しますから、そんな事が起きたのかもしれません。――さあ、帰りましょう、魔女殿」

 ヒーリィの手を握ったまま、レギアはその相手を見つめた。

「お前の手……骸なのにあったかいぞ」

「此処は精神世界ですから。魔女殿がそう感じているのなら、そうなのでしょう」

 ヒーリィはそう言って優しく微笑んだ。驚きに目を見張ると同時に、その世界からレギアは目覚めた。


   *


「――レギアさん、大丈夫ですか?」

 気がつくと、アストリックスの顔が目の前に迫っていた。目をぱちくりさせると、アストリックスの瞳が涙で潤んだ。

「よかった! よかったです、レギアさん……」

 アストリックスに抱きつかれ、レギアは自分がベッドに寝かされていることに気がついた。

「わぁかったから、離れろって」

「だって、本当に心配したんですもの」

「もう大丈夫だから、ほら」

 レギアは身体を起こした。アストリックスが渋々離れると、レギアは改めてアストリックスを見つめた。


「アスト、お前が助けてくれたんだろ。……ありがとう」

「いいえ。わたくしの力だけでは、レギアさんは助けられませんでした! フェイさんが霊術を施し、ヒーリィさんが潜ってくれたから――レギアさんが戻ってこれたんです」

「そうか……」

 レギアは周りを見回した。ヒーリィとアストリックス、フェイがレギアを見ていた。

「みんな、ありがとう」

 三人は黙って微笑んだ。レギアは傍にいたヒーリィに尋ねた。

「――で、あれからどうなったんだ?」

「ルシャーダ――というより、デゾンと言った方がいいのでしょうか。とにかく彼を倒すために、かなり凄腕の魔導士や剣士が数人現れましたが、その内、三人はルシャーダに殺され霊体を吸収されたようです」

「まさか――そいつらは、胸に黄金の獅子の紋章をつけていたか?」

「着けてたよ! 着けてる場所はまちまちだったけど…」

 フェイの答えに、レギアは眉をひそめた。


「そいつらは世界でも最強の軍団と名高い、皇帝直属の精鋭部隊『獅子王戦騎団(レオン・ヘッド)』の連中だ。奴らが出動するとは……。ということは、やっぱりルシャーダは皇帝、いや帝国の意向に反した行動をとってるということか」

「ルシャーダは攻撃によって損傷しても、その後すぐに自己修復してました。そして、その後に形状を変える進変を遂げると、もう前の攻撃が効かなくなってるんです。あの――ディーガルみたいに」

 アストリックスが思い出した記憶に沈んだように、神妙な顔で語った。

「けど結局、最後の集結攻撃で破壊されました。後には機獣らしい、大きな金属の残骸が残されたんです。事態が静まると、わたくし達は急いで瀕死のレギアさんを運びました」

「それから三日間が経ってます。その間、アストリックスが魔女殿の肉体を治癒してました。しかし、その間にも事件は起きていたんです」

「事件?」

「ええ。その獅子王戦騎団ですか。その部隊の成員が、夜中に襲撃を受け、六人殺されてます。一晩に二人の犠牲者です」


 レギアは眉をひそめた。そして確信ありげに呟いた。

「奴は……生きている」

 その時、不意にフェイが口を挟んだ。

「僕はその間、黒の写本を読んでいたんだ。そしたら、『怨縛の呪法』についての記述を見つけた。けど……これは、僕には意味が判らない――」

 フェイは一枚のメモをレギアに手渡した。レギアはそのメモを読み、目を見開いた。

「それは黒の写本の写しです」

「そうか……そうだったのか…」

 レギアは目を細めて、遠くを見つめた。


   *


 ヒーリィは、町外れの円形闘技場にいた。

 早朝の闘技場に人影はない。石造りの豪奢な客席は、閑散としていた。

 朝靄がたちこめるその闘技場の中央で、ヒーリィは立ち止まった。しばらくの時が経っただろう、だがヒーリィは微動だにすることもなかった。

 しかしそこに、一人の人影が現れた。

 男は紫の長い髪をなびかせながら、朝陽を全身に浴びてその姿を現した。

 既に金属の肌が見える顔を隠そうともしない、ルシャーダの変貌した姿であった。

「――わざわざデゾンレールの呪宝の法を在処を教えてくれるとは。それで、私を誘い出したつもりなのかい? レギア」

 ルシャーダの声に答えるように、一つの入場門からレギアが姿を現した。


「お前自身がデゾンだったから、呪宝の在処を探知できたわけだろ。それを逆に利用させてもらったまでさ」

「私を呼び出してどうするつもりなんだい? せっかく拾った命を、また私に捧げてくれるのかい?」

「お断りだ!」

 レギアは言い放った。

「お前をここで倒す! ルシャーダ!」

「レギア、優秀な君にしては、らしくない論理の飛躍だ。私は既に幾度もの進変を遂げ、最強の肉体を手に入れているのだよ。人間の大きさにしたのは、その方が行動しやすいからだ。むしろ戦闘力は数倍以上に増加している」

 ルシャーダの冷笑に対し、レギアは赤紫の前髪をなびかせながら厳しい目線を返した。


「ルシャーダ、あんたには何でも判っているようだから聞いておこう。あんたは、どうしてデゾンになったんだ?」

 レギアはルシャーダに問うた。ルシャーダは寂しげに微笑みながら答えを返した。

「私はデゾンの犠牲者だったのだよ、レギア」

 ルシャーダは笑みを消すと、その言葉を続けた。

「私はまだ九歳の子供だった。私の両親、兄と妹、家族や親戚、友人やその家族など私の知ってる全ての人が、私の目の前で怨機獣デゾンに喰い殺された。そして私も最後に喰い殺されたのだ。最初に足を喰いちぎられ、次に腕、そして頭を半分にされた。私は死んだ……。恐怖と、怨みのなかで。

 その後、デゾンは倒された。その時、私は覚醒したのだ。私はその恐怖と怨恨のあまり、呪縛霊となってデゾンにとりついていたのだ。しかし私がとりついていたデゾンの機獣の身体は相当に破壊されていた。だが幸運なことに、デゾンシードの呪宝が残っていたのだ。

 私は少ない肉体で虫、獣を喰い、進変を繰り返して成長した。遂には人間に擬態できるほどにまでなった。私は霊力を使えることに気づき、霊術を学習した。そして帝国の特務機関ファフニールに入り込んだのだ。


 私の予想通り、残りの二つの呪宝、デゾンカースの呪宝、デゾンレールの呪宝は回収されていた。その二つを私が持てば、私は完璧なデゾンとして復活できるかと思っていたがそうではなかった。三つの呪宝を調整する調整三角錘は完全に破壊され、どうしようもなかった。

 私は探索班に入り、発見したかに見せかけてデゾンシードの呪宝を身体から抜き提示した。その頃には機獣の身体だけで十分に機能していたからだ。そして三つの呪宝をそろえたところで、デゾンを復活させる研究室を本格化するように働きかけた――」

「そこにサムウジやあたし、シェリーが来た。それは判った。そしてあんたは念願の完全な復活を遂げた。それで一体、何をする? あんたの目的は何だ?」

 レギアの問いに、ルシャーダは真っ赤な口を裂けるほどに開いて笑ってみせた。

「決まってるだろ? 復讐だよ! 私は私を殺したこのガロリア帝国に復讐する。帝国の精鋭部隊、獅子王戦騎団を全滅させ守備を丸裸にした後、魔人皇帝レオンハルトを殺し、この帝国の住民を皆殺しにする! デゾン復活のためにこの国の人間を少々殺したのは、その補足にすぎない」


 レギアは痛切な顔をみせた。

「ルシャーダ、その殺された人々の大半は、殺された時のあんたと同じ、罪のない普通の人たちだ。もう止めろ、そんな事をして何になる?」

「殺戮を繰り返すこの国のやり方に満足し、その繁栄を享受し、そこに甘んじて暮らしている者たちだ! この者たちが罪がないだと? この国の人間であるというだけで、私にとっては許すべからざる敵にすぎない!」

 ルシャーダは心の底から絞り出すように、呪詛の言葉を吐いた。レギアは悲しみの表情で、小さく呟いた。

「あんたは……哀れだよ」

「無論だ。私ほど哀れな者は他にいない」

 ルシャーダは平然と答えた。


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