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魔女と骸の剣士  作者: 佐藤遼空
第四章 鉄の魔女
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デゾンバースの儀式

 それから三年間、レギアはデゾンレールの呪宝の法式解析に専念した。別の部ではデゾンシードの呪宝、デゾンカースの呪宝の解析班もおり、三角調整錘の作成班もいたが、レギアは完全に単独で解析を進めていた。その方が能率がよいと、ルシャーダにレギアが言った結果だった。

 レギアは法式解析を進め、最初に修復魔法の宝珠を作成し、次に霊力を魔力に転換する霊魔転換の宝珠を作った。その機能成果の報告書を作成し、ルシャーダの元へと送った。レギアは二十歳になっていた。


「――素晴らしい成果だね、レギア」

 ルシャーダはその報告書を手に、レギアに微笑んでみせた。室長室の窓から夕陽が射し、ルシャーダの紫の髪が夕映えに輝いていた。

「あたしは……貴方に認められたくて――」

 レギアはルシャーダを見つめた。

「私は君を認めているよ、レギア」

 レギアは首を振った。

「そうじゃないわ、ルシャーダ。あたしは――あの世界から連れ出してくれた貴方に、感謝して尊敬してるんだと思っていた。けど違ったの。もう、九歳の頃のあたしじゃないのよ……」

 レギアは恥ずかしさに胸が苦しくなり、横を向いて目を伏せた。

「貴方を追って……ずっと待っているのよ」


「レギア――」

 ルシャーダは椅子から立ち上がると、レギアの傍まで歩み寄った。

「私は――君を危険な目に遭わせたくないと思い始めている。君が大切なんだ、レギア」

 ルシャーダの腕が、レギアの肩にそっと触れた。レギアは振り返って、ルシャーダの胸に飛び込んだ。

「あたし、貴方のためならどんな事でもするわ。お願い、何でも言って」

「レギア――」

 レギアはルシャーダの顔を見上げた。ルシャーダの変わることのない美しい顔が、レギアを見つめていた。レギアが目を閉じると、その唇にルシャーダの唇が重なったのを感じた。その柔らかくて熱い感触がもたらす至福感に、レギアは我を忘れた。


 レギアがデゾンバースの儀式を行うことが決まった。だが、詳細をレギアは知らされてなかった。

(あたしは恐れない。あたしは――シェリーみたいに失敗したりしない)

 レギアはそう固く思い詰めた。

 当日になると、レギアは帝国領内の小さな村へ連れていかれた。そこは戦災孤児の養育施設と、被災者病院が隣あって建てられている村で、そこの中庭にその施設で暮らす人々が集められた。そこには子供や怪我人、傷害を持った人々などがいた。

 ルシャーダは集まった人々に向かって話し始めた。

「皆さんは不幸な偶然が重なって、今は他の人々のように働き、役にたてないでいる。その事で自らの存在に責任を感じているのではありませんか?」

「そうです」

「その通りです」

 集団の中から幾つかの声があがった。ルシャーダはそれに答えるように頷き、言葉を続けた。


「きっと自分のことをもっと国のために役立てたい。そういう機会があるなら、是非、自分を役立ててほしい。そう思っているのではないでしょうか?」

「そうです!」

「まさに仰る通りだ!」

 今度は大きな声があがった。ルシャーダは微笑んだ。

「判りました。今日は皆さんに、役だってもらいます。そして今日は、この帝国の記念日となるでしょう!」

 ルシャーダは右手を高く上げた。するとその中庭に、ひときわ大きな収納珠から、突如、巨大な機獣が現れた。そのワーム型の機獣の頭部には、赤・青・黒の三つの呪宝がはめ込まれていた。

「ルシャーダ、これは――」

 レギアは息を呑んだ。次の瞬間、機獣は人々に襲いかかった。

 怪我で逃げることのできない者を喰らい、足の遅い子供を呑み込んだ。悲鳴と、子供の泣き声が響き渡った。


 レギアはルシャーダの服を掴んで揺さぶった。

「ルシャーダ、何してるの? これは何!?」

 冷たい微笑みが、レギアの眼に映った。

「何って、これが『デゾンバースの儀式』ですよ」

「こんな事……お願い、止めさせて! あんな子供まで――」

 レギアは五歳くらいの子供が、泣きながら胴体を喰いちぎられる惨状に、言葉を失った。レギアの眼から、涙が流れ出した。

 しかしルシャーダは冷たい微笑を浮かべたままだった。

「レギア、貴女は私のためにならどんな事でもすると言ったじゃないですか」

「そんな……けど、こんな事は――」

 ルシャーダの眼から笑みが消えた。


「貴女は、抵抗するんですね。やはり……シェリーほど従順じゃないようだ。仕方ない」

 ルシャーダの瞳が紫色に光った。その瞬間、レギアは自分の感覚が、麻痺したように動けなくなった。ルシャーダはレギアの手に、三角錘を持たせた。

(これは――暗示!?)

 レギアは驚いたが、その感情すら表に出すことはできなかった。ルシャーダは薄く笑った。

「どうせあの人たちは、国にとってお荷物です。ここで役に死ねば役に立つというものですよ」

(違う。そんなの、間違っている)

 ルシャーダの眼がさらに光を増す。するとレギアは、自分が魔力を発揮してるのが判った。その魔力が、調整三角錘に吸収され、人々を喰い殺し霊体を吸収している機獣に伝搬されているのが判った。

「や……めろ…」

 レギアはかろうじて抵抗の言葉を口にした。ルシャーダがせせら笑うように、レギアに言った。


「どうして抵抗するんです? 貴女だって、自分の研究が兵器だってことは知ってたでしょう。兵器はいずれ人を殺す。それが早いか遅いか、それだけの違いじゃないですか」

 レギアはその言葉に衝撃を受けた。それは、レギアが見まい、見まいとしてきた事実だったからだった。

(確かに……そうだ。あたしのやってきたことは――)

「他国人なら死んでも、殺してもいいですか? 自国民のためなら何をしても許されると? だったら、自国のために自国民を殺す。そんな事だって許されるはずですよね? そして実際、戦争というのは、そういう風に行われてきたのですよ。今、この瞬間に起こってる惨劇は、歴史のなかで繰り返してきたよくある悲劇の一つにすぎません」

「あたしは……絶対に認めない…」

 レギアは歯を食いしばり、涙を流しながらルシャーダを睨みつけた。右手に持った三角錘を手放そうとしたが、その手を開くことができず、レギアは膝を屈した。


「そこまで抵抗するのですか、レギア。けどそれは予想していたことです。レギア、暗示はずっと以前にかけていたものですよ。警戒している者には中々かけられませんからね。貴女の心が緩んだずっと昔、その種を植えておいたのですよ」

 レギアは想い出した。ギュンター・シュトラウスの村を訪ね、ルシャーダの胸で泣いたことを。

(あの時――)

「もう、抵抗しても無駄です。けど安心してください。貴女の魔力でうまく第一進変を調整できれば、貴女も死なないですみますよ」

 ルシャーダの愉快そうな声を聞きながら、レギアは地面に這いつくばった。体中から急速に魔力が吸い取られ、それと同時に生命力そのものが失われて立っていられなくなったのだった。

 倒れた地面の先にある自分の手が、急に萎れていくのが見えた。レギアの視界が、涙でかすんだ。

(あたし……こんな処で死んでいくの? また、人に騙されて……)

 レギアはもう考えるのにも疲れてきていた。

(けど、あたしの犯した罪を考えれば…当然の報いね……)

 レギアは目をつぶった。もう休もうと思った。その時だった。


“立ってください。貴女には、やるべき事があるはずです”

 不意に誰かの声がした。男の声だった。

(誰? 何処かで聞いたことがあるような――いや、それはもういい。あたしは抵抗する。この男に利用されて、それで終わるなんてできない)

 レギアは最後の気力を振り絞って、左手で自分の懐を探った。取り出したのは、オレンジの宝珠、霊魔転換の宝珠だった。

(これを逆転させて…魔力を霊力に転換し、供給を止める――)

 レギアは魔力が吸い取られる前に、宝珠を使って霊力に転換した。調整錘の機能が下がり、機獣の調整が狂ったのが判った。

「レギア、いったい何をしてるんです?」

 ルシャーダが苛立ちの声をあげた。


 レギアはさらに霊力によって、自らにかけられたルシャーダの暗示を解呪した。レギアは持たされていた調整三角錘を、ルシャーダに向かって投げつけた。

「暗示を自分で解いただと? 貴女にそんな霊力が――」

 ルシャーダはレギアが手にした宝珠を見て、すべてを悟った顔をした。その瞬間、急速に機能を狂わされた機獣が二人の間に暴れながら割って入った。

(逃げるんだ――)

 レギアは最後の魔力で爆炎の魔法を使った。爆炎が機獣の頭部に直撃し、巨大な頭が二人の間に倒れ込む。その時、青い呪宝がレギアの目の前に転がってきた。

(デゾンレールの呪宝――)

レギアは無意識に青の呪宝を拾いあげると、その場から逃げ出した。そのまま逃走を続け、そして振り返ることはなかった。


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