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魔女と骸の剣士  作者: 佐藤遼空
第三章 青鳥の霊技士
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フェイの見た太陽

 暗い闇のなかで、サムウジがぽつりと座り込んでいる。

 フェイはその背中に近づいていった。

「――俺はこんな最低な奴なんだ。自分の功名心のために、どんな最悪の結果を招くかも考えずに、悪魔のような仕事に手を貸したんだ」

 フェイには、それに対してかけるべき言葉に迷った。だが、口を開いた。

「けれど、今は後悔してる。とても苦しかったんだね、ずっと……。判ったよ、サム。ここにいたら苦しむばかりだ。一緒に帰ろう、サム」


 サムは振り返って立ち上がった。

「俺は罪の重さに逃げ出した。自分を罰するだけの勇気もなく、また親父に向き合うこともできなかった。なのに俺は結局、洞穴国にこっそり帰ってきて、だらだらと生き延びていたんだ。俺はな、フェイ。最低な、だらしない男なんだよ」

「そんな事ない。僕に外の世界のことを教えてくれたのはサムじゃないか。サムが見てきたのは、こんな世界ばかりじゃない。もっと色んなことも、サムは教えてくれたよ」

「……俺は『掟破り』の罪で、このまま罰を受けた方がいい。親父はようやく俺みたいなできそこないの息子の仕業にケリがつけられて、やっと安心しただろうよ」

 サムウジが嘆息まじりに言った言葉に、フェイは口を挟んだ。

「大長老グラファイスは……お亡くなりになったよ」

「な――んだって?」

 サムウジの目が見開れた。


「ベルデール長老に殺されたんだ。そして、それでも最後に僕に黒の写本を渡して、『息子を、サムウジを頼む』って、大長老は最後に言ったんだ」

「親父が……」

 サムウジは感極まった様子で黙り込んだ。

「帰ろう、サム。レギアさんたちも待ってる」

「……そうだな」

 フェイは静かに苦笑してみせた。その途端に、辺りの暗闇が光に包まれていった。


   *


「――本当に来ないのかい?」

 レギアがサムウジに問うた。

 レギアたちは大洞穴の広場近くに来ていた。レギアたちは洞穴国を去るつもりであった。

 レギアの問いに対し、サムウジは口髭のなかに苦笑を浮かべた。

「ああ。実は俺はもう……外の世界に耐えられない身体なんだ」

「どうしたのですか?」

 アストリックスの問いに、サムウジは努めて明るく答えた。

「洞穴族のなかには、長時間の外の世界の滞在に耐えられない者がいる――というのは知ってた。どうやら俺はその種だったらしい。身体があちこち、悪性の細胞増殖にやられてる。……多分、それほど長くない命だ」

 皆が黙った。そのなかでサムウジだけが微笑んだ。


「力になれなくて悪い。が、代わりといってはなんだが、これを持っていってくれ」

 サムウジが出したのは、黒の写本だった。

「これはこの国にあってもいけないし、この子の傍にあってもいけないと思う。君が持っていてくれ」

「判った」

 レギアは本を受け取ると、収納珠でしまった。

「本当はあんたに、この本の解読を進めてもらって呪宝の破壊法を探してもらおうと思ったんだが……。確かにこの子の傍にあったら、誰が利用しようとするか判らない。それに、ルシャーダはデゾンを復活させる術をもう見つけたらしい。一刻も猶予はない」

「君は、ルシャーダを阻止するつもりなのか?」

「ああ」

 レギアは目を伏せて答えた。

「そうか……気をつけてな」

 レギアは不適な笑みを浮かべてみせると、軽く頷いた。


「魔導エレベーターにすんなり乗れるわけはないだろう。警備兵が来てるということは、長老たちはあたしたちを足止めして黒の写本を回収するつもりだ。――アスト、突破する準備はいいかい?」

「少々、心が痛みますけど……判りました」

「よし。じゃあ、行くぞ」

 レギアは物陰から身を乗り出すと、一気に走り出した。アストリックスとヒーリィがそれに続く。サムウジとフェイは、その場で走り去る三人を見送っていた。

(あの人たちは――外の世界へ行ってしまう)

 アストリックスが警備兵に接近すると、反撃の間もなく当て身をくらわせ気絶させる。異変に気づいたもう一人の警備兵を、ヒーリィが剣で峰うちにした。

(あの本を読めるのは、僕だけなのに……)


 フェイの感慨をよそに、にわかに広場の一角から騒がしい気配がした。そこには駆けつけてきた長老と警備兵たちが集まっていた。その中にストリーム長老の姿をフェイは見つけた。ストリーム長老は乱闘を始めたレギアたちに呼びかけた。

「待て! まさか君らが、黒の写本を持っているのじゃあるまいな!」

「その通りだ。……あんたの息子から取り上げたのさ」

 レギアは不適な笑みを浮かべてみせた。

「待つんだ! それを置いていけ!」

「お断りだ」

 レギアたちは魔導エレベーターに乗り込むと、迷うことなく起動させた。大洞穴の壁面を、魔導エレベーターが上昇していく。警備兵の分霊体の追撃を、上昇しながらけちらしていく。


 フェイは胸の動悸を感じていた。

(レギア(あの人)は僕たちがここで暮らせるように罪をかぶるつもりなんだ)

 フェイは思わず、上空を見上げた。はるか上空の入り口から射す陽光がフェイの目に刺さる。フェイは思わず顔を背けた。

「フェイ、これを使え」

 サムウジは黒一面のゴーグルを渡した。洞穴族が陽光の下でよく使用するものだった。フェイはそれを装着し、再び上空を見上げた。レギアたちの乗った魔導エレベーターが、上空へと小さくなっていく。

(あの人たちが……行ってしまう)

「――待って!」

 フェイは飛び出して駆けだした。背後からサムウジの声がする。


「フェイ! ……行くのか?」

「僕は――行きたいんだ。外の世界へ!」

 サムウジは黙って微笑し、頷いた。フェイは駆けだした。広場の中まで走っていき、上を見上げた。エレベーターはもうかなり上だった。

 フェイを見つけた父親の声が、フェイの耳に届いた。

「フェイ、こんなところで何をしている!?」

「父さん…僕は行きます!」

 フェイは父親にそう告げると、再び上を見上げた。

「青い鳥!」

 フェイは自分の分霊体を出現させた。その足で、自分の肩を掴む。青い鳥の羽ばたきで、フェイは自分を宙に浮かせようとした。


「フェイ、馬鹿なことは止めなさい! お前の力では空に浮くのは無理だ」

 フェイは構わず青い鳥の翼を羽ばたかせた。

(足りない。この大きさの鳥では)

 フェイは死力を振り絞って霊力を発揮した。青い鳥が大きくなる。フェイよりるかに大きくなった青い鳥が、フェイの肩を掴んで羽ばたいた。

 宙に浮いた。そのままフェイの身体は洞穴の縦穴を上昇していく。眼下に父親の姿が見えた。しかし、ストリーム長老は静かな表情で、フェイのことを見上げていた。

(父さん、僕は飛べたよ)

 フェイは青い鳥の羽ばたきで上昇し続けた。やがてフェイは魔導エレベーターに追いついた。

「レギアさん、僕も連れていってください!」

 レギアはフェイが分霊体で飛んできたことに驚きの目を向けながらも、冷たい口調で言い放った。


「子供を危険に巻き込むつもりはない。帰れ」

「あなただって……ファフニールに来た時は子供だったでしょう!」

 フェイは言い返した。レギアは少し神妙な顔つきになった。

「あなたも見てないデゾンバースの儀式を僕は見ました。シェリーさんの最後も……。僕は、どういう質のことに関わるのか判っています。その本は僕でなければ読めないんだ。きっと僕のことが必要になります」

 フェイは必死の口上をした。レギアはしばらく黙っていたが、やがて収納珠から黒の写本を取り出した。

「お前が持っときな」

 レギアが投げてよこした本を、フェイは受け止めた。驚いたフェイに、ヒーリィが言い添えた。


「仲間にする、というこの方特有の意志表示ですよ」

「だから…解説すんな」

 レギアは内壁にもたれると、ふてくされたように腕を組んだ。アストリックスはにっこりとフェイに微笑んでみせた。

「レギアさんて何でも言う人柄なのに、こういう事には照れるんですのね」

「うるさいよ」

 横を向いたレギアをよそに、フェイの胸に喜びがこみ上げてきた。

「やった!」

 フェイは大きく青い鳥を羽ばたかせた。やがて洞穴の外へ、フェイの身体は飛び出した。

 洞穴の周囲には樹海が広がり、その向こうにはオレンジ色の夕陽が沈もうとしている。初めて目にする黄昏の光景に、フェイの瞳が不意に熱くなった。

「これが太陽……なんて、綺麗なんだ…」

 フェイは涙をこぼしながら呟いていた。



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