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魔女と骸の剣士  作者: 佐藤遼空
第三章 青鳥の霊技士
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デゾンカースの呪宝

「わあっ!」

「助けてくれ!」

 百足に胸を貫かれるモノ、喉を喰い破られる者、逃げようとして足を喰いちぎられ、倒れたところを何匹もの百足に襲われる者。一瞬にして広場は絶叫の惨状と化した。

「貴様! 何をしている!?」

 ルシャーダは白影士の問いには答えず、残忍な笑みを口元に浮かべている。その手にした黒い宝珠に、薄い黒の霧が吸い込まれるように集まってきていた。

「あれは……デゾンカースの呪宝だ!」

 レギアが憤怒に満ちた声で叫ぶ。


「それは確か……霊体を吸収し、自らの霊力に換える呪宝」

 アストリックスが恐ろしげに呟いた。レギアは歯ぎしりをして、ルシャーダを睨みつけていた。

「あいつ、許さない!」

 レギアが飛び出した。その身体に向かって何匹かの百足が襲いかかる。その百足を光の短剣で切り払うが、全ては防げない。その背後から襲いかかろうとしていた百足を、アストリックスの拳が粉砕していた。

「レギアさん、わたくしも行きます!」

 レギアはアストリックスを見ると黙って頷いた。そして振り返ってヒーリィに怒鳴る。

「骸はそいつらに付いててくれ」

 レギアはそう言うと右掌を顔の前に差し出した。その手の中に鉄の仮面が現れる。

魔面着装(マスカレイド)


 鉄の魔面から無数の触手が伸び、やがて上半身を覆う鎧となる。その腕は凶々しいほどに大きくなり、手には短剣ほどもある鉄の爪が延びていた。

 その間にも百足の大群は、逃げまどう人々を無差別に襲っていた。白影士がルシャーダに怒鳴る。

「貴様、何の真似だ!」

「貴方がたが、なまじ強いからいけないのですよ。素直に私たちを行かせてくれれば、余計な被害を出さずに済んだものを」

「黙れ!」

 白影士はカマキリの腕で襲いかかる。が、その刃のついた腕は百足によってがっしと動きを止められていた。

「こいつ――霊力が上がっている!?」

 白影士がそう呟いた瞬間、彼は口から血を吐き出した。

 その胸を背後から百足が貫き、百足の頭部は嘲笑うかのようにうねうねと蠢き、白影士の顔近くへその牙を寄せた。

「ば…馬鹿な……」

 その白影士の首ががくりと落ちる。するとその生命を吸うように、黒い霧が身体から滲みだし、黒の呪宝へと流れていった。


「ルシャーダ!」

 レギアは鉄の爪に光りを宿し、ルシャーダに襲いかかった。それを紫の百足ががっしりと遮る。

「おや、レギア。これは探す手間が省けたというもの」

「貴様は、関係のない人間を無差別に殺して――それでも人の心があるのか!?」

 激昂するレギアに対し、ルシャーダは涼しげな微笑で返した。

「人の心だって、レギア? 愚かだな。非道で残酷な真似というのは、人間しかしない行為だよ。獣というのは、自ら生きるため以上の無駄なことはしないものだ。つまりだね、レギア。残虐さこそ、最も人間的な行為の証なのだよ」

「腐った理屈を並べるな!」

 レギアの爪と百足の牙がスパークする。その隙を狙い、アストリックスの拳がルシャーダを襲った。

「星光破!」

 ルシャーダが胸に一撃を受け、後方へ吹き飛ぶ。だがルシャーダは、不敵な笑みを浮かべながらすぐに身を起こした。


「命の輝きを弄ぶあなたを――わたくしは許せません!」

「私とレギアの間を邪魔をしないでいただきたいね……お嬢さん!」

 次々に襲いかかる百足をアストリックスが叩き落としていく。しかしその間にも白影士たちは百足に襲われ、全員が絶命していた。

「ほう、さすがに霊力が高い連中だ。素晴らしい味わいだ!」

 ルシャーダは白影士から放出される霊力を吸収する黒い呪宝を片手に声を上げた。ルシャーダの身体から、紫の気炎がうっすらと上がる。

 マントの分霊体から解放されて身を起こしたザラガが声を上げた。

「デゾンカースの呪宝を使ったのですね、室長! なんという素晴らしい威力だ!」

「――こ、これは何としたことだ!」

 そこに現れた別の白影士たちが、絶命した仲間を見て声をあげた。ルシャーダは彼らの登場に臆するどころか、残忍な笑みを浮かべてみせた。


「いいところに、おいでいただいた。貴方がたは実に素晴らしい。生け贄としてね!」

 ルシャーダの百足が威力を増して襲いかかる。白影士の数人が、声をあげる間もなく百足に身体を喰い破られ絶命した。

 しかし中の数人はまだ息があるうちにアストリックスに助けられ、治癒術でなんとか一命をとりとめたりしていた。

「あ……あ…」

 フェイは自分の見ているものの恐ろしさに足がすくんだ。ストリーム長老は信じられないという声色で呟いた。

「馬鹿な、なんという霊力だ。こんな力に対抗するなど……」

 なおも暴れようとする百足の群を、不意に延びてきた蔓草が絡めとり、その身を引きちぎった。

「――邪悪なる力よ。それ以上の狼藉は許さぬ」


 そこに現れたのは、神霊樹の杖を手にした大長老グラファイスだった。

「これは大長老直々のおでましとは。私は無闇な殺戮を好みません。我々はただ国へ戻りたいだけなのですがね?」

「ならば帰るがよかろう。ただし、黒の写本を置いてだ」

 ルシャーダは大長老の言葉を聞くと、不思議そうな顔をして懐から黒の写本を出してみせた。

「そんなにこれが重要なものですかね? この本の大半は白紙で、しかも読み方が判らないときてる。貴方がたもこれを全て解読できたわけじゃないのでしょう? 何もこれに固執せずとも」

「ならばなおのこと、それは我々に返してもらおう」

「いえいえ。これは実はレギアさんの持つ、デゾンレールの呪宝と交換しようと思っているのですよ。どうだい、レギア?」

「……」

 レギアは何も答えなかった。ルシャーダは困ったものだと言わんばかりに、肩をすくめてみせた。


「もうよい。お主は我が同胞の多くを手に掛けた。それだけでも極刑に値する」

 大長老の杖から蔓草が延びてルシャーダに襲いかかる。その蔓草をルシャーダの百足が迎えうった。

 が、その力の拮抗はやがて蔓草側の方に傾いていく。押され始めたルシャーダが、はじめて焦りの表情を浮かべた。

「神霊樹の杖――これほどとは……」

「死を持って償え、帝国の使者よ!」

 大長老グラファイスが厳かに宣告し、蔓草が百足の身体を粉砕して攻めいった。遂に蔓草がルシャーダの身体を包もうとしたその瞬間、不意に動きが止まった。

「――なん…だと?」

 大長老グラファイスの胸から、太い熊の腕が爪を光らせて突き抜けていた。その爪から血が滴り、大長老グラファイスは口から血を吹き出した。

 その背後にいたのは、頭髪のないべルデール長老だった。ベルデール長老は、細い目で鋭く見つめながら口を開いた。

「隙ができましたな、大長老」

「ベルデール……裏切ったな…」


 かろうじて振り返った大長老に近づくと、ベルデールはその手から神霊樹の杖をもぎとった。

「ベルデール! 貴様、気でも違ったか!?」

 一緒にいた数人の長老が、怒りに声をあげ霊力を発しようとする。しかしベルデールが神霊樹の杖を高く掲げた瞬間、それらの長老たちは気圧されて黙り込んだ。

「大長老グラファイス、貴方は長く大長老にいすぎた。そもそも貴方の息子が掟破りだというのに、それはおかしいでしょう? 次の大長老はこの私だ。既に幾人かの長老たちには了解を得ている。――そうだな、ストリーム長老?」

 ベルデールはストリーム長老の方を見て薄く笑った。ストリーム長老は、フェイを見て一瞬躊躇ったが、すぐに「ああ」と承諾の返事をした。

「そういうわけです、ルシャーダ殿。これから我が洞穴国は帝国との取引率を大幅に増やし、同盟的結びつきの下に互いに発展を目指すつもりです。その黒の写本は、そちらに友好の証として進呈いたしましょう」

「それは有り難い」

 二人のやりとりを聞いて、フェイは声をあげた。

「黒の写本がないと、サムが助からない! 父さん、あんな卑怯者を大長老なんて認めるの!?」

「黙るんだ、フェイ」

 ストリーム長老は苦渋の表情で息子を見た。フェイは父親の態度に、これまでにない失望感を味わった。


「――いいや、この子の言うことの方が正しいね」

 レギアはそう口にしながら、地面の上を滑るように飛んでルシャーダに襲いかかろうとした。が、その手足に背後から蔓草が巻き付き、レギアは動きを止められた。それはベルデールが操る神霊樹の杖のものだった。

「レギアさん!」

 アストリックスが蔓草の分霊体を打ち砕く。しかし蔓草の勢いは激しく、二人を覆い尽くそうとしていた。しかしその動きが途中で変わり、急にルシャーダの方へと向かっていった。

「なんだ!? どういうことだ?」

 ベルデールが驚きの声をあげて、倒れた大長老グラファイスを振り返った。大長老は口から血を流しながら上半身を起こし、神霊樹の杖に掌を向けていた。


 蔓草はルシャーダから黒の写本を奪うと、それをフェイの元へと届けた。フェイは本を手にすると、驚いて大長老を見た。

「息子を……サムウジを頼む…」

 大長老はそれだけ言うと、がくりと首をうなだれて事切れた。神霊樹の杖を手にしたままのベルデールが、わなわなと唇を震わせた。

「馬鹿な、いったい何故?」

「お前を大長老だとは、その杖が認めなかったらしいな」

 レギアの言葉に、ベルデールが激昂した。

「黙れ、魔導士ごときが!」


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