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魔女と骸の剣士  作者: 佐藤遼空
第三章 青鳥の霊技士
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ノーム・ノーリスの娘

「これは何だ?」

 レギアの問いに、ストリーム長老が恐ろしげに答えた。

「神霊樹の杖の力――洞穴族の始祖、聖人ガシャムが大陸南方の霊樹海の長である神霊樹に枝をもらったという。代々、大長老が受け継ぐものだ。あの杖自身が霊力を持ち、この分霊体を生み出せる――」

 その言葉の終わる頃には、蔓草は戻っていき解かれようとしていた。中からサムウジの姿が現れると同時に、サムウジは床に倒れこんだ。

「サム!」

 フェイとアストリックスが駆け寄った。サムウジは目を閉じ、まったく意識はなかった。

「生きてはいますが……まったく動きません」

 アストリックスは振り返ってレギアに伝えた。


「『魂封じ』だ」

「魂封じ? どういう状態なんだ?」

「事実上の死刑だ。だが洞穴族ではどんな罪にも死刑は行わない。何故なら、強い霊力と念の持ち主だった場合、死後に霊となってどんな復讐をするか判らないからだ。それを避けるために魂封じをし、自身の記憶のなかに意識を閉じこめる。魂封じをされた者は、自身の記憶を彷徨いながら静かに衰弱していく。三日もすれば、死んでいくだろう」

 ストリーム長老は少し落ち着きを取り戻しながら、そう解説した。

 もの言わぬサムウジの身体に寄り添ったフェイは、涙顔を上げて大長老グラファイスに向かって怒鳴った。

「貴方は……貴方はサムの父親じゃないんですか!? どうしてこんなむごい真似をするんだ!」

 フェイの涙に動じた様子もなく、大長老は厳かに口を開いた。


「確かにわしの息子だ。だが、掟破りの罪には相応の罰を受けねばならん」

「貴方は自分の子供と掟と、どちらが大事なんですか!」

「無論、掟だ」

 迷うことなく断言する大長老に、フェイは絶句した。

「――あんたのそういう態度が、サムウジをこういう風にしてしまったとは思わないのかい?」

 黙っていたレギアが不意に口を開いた。レギアは大長老を睨みつけていた。大長老はそれをまっすぐ見返しながら、口を開いた。

「その男は好きにするがよい。ストリーム長老、君からは後ほど詳しい話を聞くことにする。我々は今後の対応を協議しよう」

 大長老たちはそう言うと、台座から姿を消した。がらんとした謁見の間には、フェイのすすり泣きが残された。


   *


 サムウジの身体をヒーリィが担ぎ、一同はひとまずサムウジの家へと戻った。一緒に来たストリーム長老は、フェイに言った。

「フェイ、もう家へ帰りなさい。もうお前にできることは何もない」

「僕は絶対に帰らない!」

 フェイは父親に激しく怒鳴った。

「聞き分けのないことを――」

 フェイの肩を掴み、ストリーム長老はフェイを無理にサムウジの寝台から引き剥がそうとした。フェイがそれに抵抗する。

 そのストリーム長老の手が、静かに掴まれた。

 見るとそれはアストリックスの手であった。アストリックスはストリーム長老に向けて首を振った。


「――あんたも、あの大長老も同じさ。自分の物差しを子供に呑ませようとするだけで、子供自身の心と向き合おうとはしない。あんた、自分が逃げてるのが判ってるかい?」

「逃げてる? 私が? 何から?」

 レギアの言葉に、ストリーム長老は驚きの声を洩らした。

「この子からさ。この子そのものと向き合わず、あんたはこの子が自分の思い通りになることだけを考えてる。それは支配する者が常に犯す過ちだが、人間には意志があり、自由を求める心がある。その結果がサムウジの掟破りであり、この子がサムウジに接近したという形で現れたんだろう」

 ストリーム長老は、フェイをまじまじと凝視した。

「フェイ、お前は……私の言うことに不満があったのか?」

「僕は――この国なんか大嫌いだ! 僕は管理官なんかになりたいわけじゃない。ただ、外の世界を、自由に見たいんだ。サムウジは、それを話してくれたんだ」

 フェイははじめて自分の胸の中にあった想いを父親にぶつけた。感情が高ぶって、終わりは泣きながら話していた。


 ストリーム長老は寂しげな表情を浮かべると、フェイに向かって言った。

「私も――外国留学の経験があるんだよ。帝国に三年いた。そこで……お前の母さんと出会ったんだ」

 フェイは父親の初めて見る顔を見ながら、その父親に問うた。

「父さん、サムを助ける方法はないの?」

 ストリーム長老は少し考えて言った。

「私には判らない。が、霊術大全には、その技法が書いてあるかもしれない。だが今や霊術大全は、大長老以外の閲覧も禁じられている」

 その言葉に、レギアが反応した。

「待て! 霊術大全に書いてあるということは、黒の写本にも書いてある。そういうことか?」

「そうなる…な」

 フェイは心臓の鼓動が高鳴るのを感じながら、そこで重大なことを口にした。


「僕……黒の写本が読めたんだ……」

「――なんだって?」

 レギアの問いに、フェイは注意深く補足した。

「みんなが読めないって言ってた白紙の頁。僕が見ていると文字が浮かび上がってきて……何もしてないんだ。何もしてないけど、読めたんだ」

 レギアはストリーム長老に視線を向けた。ストリーム長老は、驚きの表情を浮かべていた。が、やがて息をついて口を開いた。

「お前の母さん――カリーナは、実はノーム・ノーリスの娘だったんだ」

「なんだって!?」

 レギアが驚きの声をあげた。アストリックスは息を呑み、フェイ自身は声も出ないほど驚愕していた。ストリーム長老は悲哀に満ちた表情で、話を続けた。


「ノーム・ノーリスが帝国にいた時、ある女性に産ませたのが母さんだった。ノーム・ノーリスは妻にも娘にも愛情を注ぐことはなかったため、その母娘は帝国の片隅で料理店を営んで暮らしていた。そこに留学中だった私は出入りし、カリーナと出会った。それがお前の母さんだ」

(母さんが……ノーム・ノーリスの娘)

 フェイは不思議な感慨に捕らわれていた。しかしその事実に負の感情を抱くわけではなく、何処かこれまでの事を納得できるような気がしていたのだった。

「それで……僕にはあの本が読めるの?」

「霊体には指紋や眼紋のような個体差が、資質――霊質として存在する。恐らくノーム・ノーリスは自分に近い霊質の者、つまり子孫だけが隠された文字を読めるような細工をしたのだろう」

 ストリーム長老の解説を聞くと、アストリックスが大きく息をついた。レギアは目をきらりと光らせた。

「ということはつまり、黒の写本を奪還できれば、サムウジを救える可能性があるということだな」

 その言葉を聞いてフェイは、レギアに真剣な眼差しを送った。


   *


 大洞穴(グランド・ケイブ)の広場では、相変わらず市が賑わっていた。300mのはるか上方から僅かに差す陽射しは弱く、広場でも薄暗さはそれほど代わりがなかった。それでも幾つもの露天商が並ぶ狭い通りには人が溢れ、その喧噪のなかにフェイたちも紛れ込んだ。

「ルシャーダたちは現れるでしょうか?」

 ヒーリィの問いにレギアは答えた。

「この洞穴国から出ようとすれば、必ず此処に来るはずだ。長老たちより早く見つけなければ――」

 レギアはそう言いかけた言葉を飲み込んだ。


 広場の端の魔動昇降機の場所に、白い長衣姿の者が何人かいる。レギアは舌打ちした。

「チッ、既に白影士に封鎖されていたか」

「――レギアさん」

 その時、背後からアストリックスが現れた。

「残りの二機の魔動昇降機の場所も、既に白影士がいましたわ。もう封鎖は終わってるみたいです」

「残るは一機か。仕方ない、そこに行こう」

 レギアたちが全員で通りをすり抜けていく途中、突如、悲鳴があがった。そして、目指していた方向から、人々が逃げてくる。

「始めたな」

 レギアは駆けだした。皆がそれに続く。

 少し行った先では、ルシャーダとザラガに対して、四人の白影士が戦いを挑んでいた。


 ルシャーダは百足の分霊体で、背中から巨大なカマキリの腕を出した白影士と、コウモリの群の分霊体に対抗していた。ザラガの深海魚は、前に見た時より大きく1mほどの大きさになっていたが、その出現数は減っていた。

 数匹の深海魚は白影士の一人に襲いかかったが、巨大なマントのような分霊体によって攻撃を阻まれた。その隙に大きな馬型の分霊体が、ザラガを踏みつぶしにかかる。

「くぅッ」

 ザラガは慌てて転がりながら、その踏みつけをかわした。

「ルシャーダたちの分が悪そうだな」

「白影士は皆、強力な分霊体の使い手だ。到底、相手にしきれるものではない」

 姿を見せぬように距離をとったレギアの観察に、ストリーム長老が解説を加えた。


 その間にも、ザラガは馬に深海魚を向かわせ防御していたが、背後からマントをかぶせられ完全にその身体をくるまれてしまった。

「ムーッ、ムーッ! 室長!」

 ザラガのくぐもった声が響く。ルシャーダはちらりと、地面に転がったマントぐるみのザラガを一瞥した。カマキリの腕を持つ白影士が、そのフードの下から声を発した。

「ルシャーダ・ミル=フォレイ。おとなしく黒の写本を渡してくれれば、我々は貴公たちを無事に帰すことを約束しよう」

「なるほど、形成は不利というわけですね」

 ルシャーダは涼しげな微笑を浮かべた。と、その眼に一瞬にして残酷な光が宿る。

「仕方がありません、なるべく避けたかったのですが。悪く思わないで下さい」

 ルシャーダは懐に手を突っ込むと、その手を前に差し出した。その手の上に、黒い宝珠が乗っている。

「あ、あれは――」

 レギアが動揺の声をあげた。白影士たちは、事態を静観している。

「後悔しなさい」

 ルシャーダが不吉な笑みを浮かべると、紫の百足の群が一斉に背中から飛び出した。白影士たちは、それぞれの分霊体で防御する。が、百足は白影士には向かわず、周囲にいた無関係な人々を襲い始めた。


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