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魔女と骸の剣士  作者: 佐藤遼空
第三章 青鳥の霊技士
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ザラガ・ブラッファー

(追われないようにするんだ)

 フェイは青い鳥を上方へと飛ばした。洞穴の中には空はない。だが、上方へ向かえば闇に吸い込まれるように視界はかき消されていく。フェイはそれを利用し、いったん青い鳥を上方へ飛ばした後に、手元へと戻した。

「これだ……」

 青い鳥が持ってきた黒の写本を手に取ると、フェイはその頁を恐る恐る開いた。


 最初の方は文字が埋まっているが、後半は白紙である。しかしフェイはそれを見ている内に、ある変化に気づいた。

(文字が――浮かんで見える!?)

 白紙だった頁に、文字が段々と浮かんで見えた。何もしていない。分霊体も出していないし、霊力も使ってない。にも関わらず、その現象は起きていた。

(どういうことなんだ? 僕には……この黒の写本が読める!)

 その唐突な事実に対する動揺をもったまま、フェイはさらに別の衝動を感じて本を閉じた。

(行かなきゃ――僕は、本を持って行かなきゃ)

 フェイは黒の本を自分の鞄に入れると、フラフラと歩きだした。自分でも、何処に向かっているのか判らない。だが、それでも行かなければいけないという強迫感が、フェイを動かしていた。


 フェイはぼうっとした意識のまま、洞穴国の通りを歩いていった。やがてフェイは、一件の小さいながらも贅沢な作りの建造物に行き当たった。フェイは迷いもせず、その家の中へ入っていった。

 絨毯の敷かれた廊下を抜け、一つの扉をフェイは開いた。

「――やあ、よく来たね」

 フェイを迎えた声の主は、紫の髪を長く伸ばした男だった。整った顔に笑いを浮かべたながら、男はフェイに囁いた。

「さあ、それを私に渡してくれないか」

 フェイは頭がぼぅっとしたまま、本を手に男へと歩み寄った。

「――フェイ! なぜだ!? 何故、お前が此処にいる?」

 フェイは動揺の混じる大声をあげた主を見やった。そこには目を大きく見開いた、父親のジェイドがいた。


「おや、ストリーム長老のお知り合いですかな?」

 紫の髪の男の問いに、ジェイは困惑を隠す表情で答えた。

「この子は私の息子だ。いったい、どういう事なんだ、ミル=フォレイ殿?」

「おや、そうでしたか。ザラガ班長、どういう経緯なんだい?」

 紫の髪の男、ルシャーダ・ミル=フォレイは、振り返って後ろに立つ男に問いかけた。

 そこにいたのは、少し長めの灰色の髪を後ろで結び、前髪を右側だけ長く垂らした細面の男だった。男はゴーグルを着けていたが、それは眼の部分が白黒のストライプになっている奇妙なものだった。そのザラガと呼ばれた男は、妙に愉快そうな表情で口を開いた。

「いえ、ワタシは言われた通り、『掟破りのサムウジ』に出入りする子供を室長に案内したまでで。よもやそれがストリーム長老のご子息だなんてことは、とてもとても…ワタシの思考の及びませぬところで」


 ジェイド・ストリームは厳しい表情でフェイを見やった。

「フェイ、お前はサムウジ・ローカスのところへ出入りしているのか? どういう事なんだ?」

 しかし父親の質問を受けても、頭がぼうっとなったフェイには答えられなかった。ルシャーダが口を挟んだ。

「ふむ、彼は今、私の暗示下にあるから答えられないでしょう。さあ、暗示を解いてあげるから、その本をこちらに渡しなさい」

 フェイは言われるがまま歩き進み本を手渡した。ルシャーダはにっこりと笑うと、フェイの目の前に顔を寄せた。その瞳が紫色に光る。その瞬間、フェイは我に返った。

「さあ、これで暗示は解けた。お父上に説明してあげるといい」

「か――返せ!」

 我に返ったフェイは、自分がサムのところから本を盗んできたことを自覚した。フェイは怒りにまかせて、ルシャーダの本に飛びかかった。


 しかしその体は、ルシャーダの出した百足の分霊体に吹っ飛ばされる。ジェイドが慌てて、倒れたフェイに駆け寄った。

「ルシャーダ殿! 相手は子供ですぞ!」

「失敬、いきなり飛びかかってきたものですから。しかしご子息は、もしかしたらサムウジ・ローカスに利用されていたのかもしれませんね」

「サムはそんなことしない!」

 フェイは激昂して叫んだ。

「サムは友達だ! それはサムの本だ、返せ!」

「それはどうでしょうね」

 ルシャーダは微笑を浮かべてみせた。


「そもそも黒の写本はノーム・ノーリスの書いたもの。それをサムウジ・ローカスが勝手に持ち出したにすぎないんだよ。しかし――本当に存在するとは。ザラガ班長、君の言うことが正しかったわけだ」

 ザラガは口を薄く開いて、笑みを浮かべた。

「ワタシが教義院にいたのは大分前ですが、その頃にも噂はありましたからね」

 クックッとザラガは喉で笑った。

「洞穴族出身の君が、黒の写本の存在を話さなければ我々も知るよしはなかったよ。なにせサムウジは私の下にいた頃、そんなことはおくびにも出さなかったのだから」

 ルシャーダはそう言いながら、黒の写本の頁もめくり、目を見開いた。

「なんだこれは!? 途中から白紙ではないか。――フェイ君、君は何か知っているのじゃないかね?」

 フェイは何も話すまいと、ぐっと押し黙ってルシャーダを睨みつけた。すると父のジェイドが駆け寄り、フェイの背中に触れた。

「フェイ、何か知ってることがあるなら、ルシャーダ殿に話すんだ」

 フェイは父の手を払いのけた。


「父さん! 父さんは、僕に暗示をかけて盗みをさせたような奴に、まだ協力しろって言うの?」

「ルシャーダさんは帝国の使者なのだ。今後、この国はガロリア帝国と大きく親交を結ぼうとしている。今が大事な時なんだ、フェイ。父さんの言うことを聞きなさい」

 フェイは暗たんたる想いで父の言葉を聞いていた。

(やっぱりそうだ……父さんは僕のことより…自分の地位の方が大事なんだ)

 フェイは父の傍から離れ、父を睨みつけた。

「僕は嫌だ!」

 フェイは振り返ると、青い鳥の分霊体をルシャーダに向けて飛ばした。しかしそれはルシャーダの背後から伸びてきた紫の百足に、一瞬で喰い破られてしまった。

「その年齢で、大した分霊体を出せるようだ。しかし、逆らってもいい相手と、そうでない相手を見極める知恵は必要だよ、フェイ君?」

 ルシャーダは小馬鹿にするように微笑を浮かべた。

 次の瞬間だった。

分離(ディバイド)


 小さな声がしたかと思うと、横の壁に大きな円を描くように穴が穿たれた。その壁を粉砕して、金髪の美女が入ってくる。その後からレギア、そしてヒーリィとサムウジも姿を見せた。

「馬鹿な、警備兵がいたはずだが……何の物音もしなかったようだが?」

「警備の方には、声をあげる前に眠っていただきました」

 金髪のアストリックスが涼しげに答える。ルシャーダは笑った。

「君か、凄腕の拳士というのは。キラーバが30人の中隊で襲撃した際も、凄まじい戦力を見せつけ、半数は君に倒されたと聞いている。しかも君に倒された者は、全員生還しているというから驚きだ。君は、どうしてレギアの仲間に入ったのかな?」

「レギアさんが好きだからです!」

 アストリックスは躊躇なく笑顔で答えた。ルシャーダは一瞬言葉を失った。そこにレギアが割って入る。

「あー、あんたはいいからもう黙ってな。ルシャーダ、黒の写本を盗んだのが、あんたの差し金とはね。返してもらおうじゃないか」


 レギアはルシャーダを睨んだ。ルシャーダはそれに微笑みで答える。そこに割って入った者がいた。

「――いやあ、アナタがレギアさん本人ですね! これはこれは光栄です。ワタシ、アナタの残した研究資料にはほとほと感心しまして。ワタシは自分以外でこんなに頭のいい人は見たことがありませんでしたよ。アナタは本当に素晴らしい!」

 そう言って近づいてきたのはザラガである。その握手を求めるように前に差し出された手を無視して、レギアは眉をひそめた。

「なんだ、この白黒眼鏡は?」

「あ、ワタシはザラガ・ブラッファーと言いまして、元洞穴族の教義院生でしたがアナタと入れ違いにファフニールに入った者です。どうぞ、お見知り置きを」

 ザラガの言葉に続き、ルシャーダはレギアに話しかけた。


「黒の写本の存在を彼から聞き、君はいずれサムウジ・ローカスに協力を仰ぐだろうと判断したのだよ。キラーバの襲撃を迎撃してからの君たちの足取りは掴めなかったが、この洞穴国(ケイブニア)で待っていればいずれ会えるだろうと思っていた。それで、そこのフェイ君に暗示をかけ、黒の写本が出てきたら持ってくるように頼んでいたのさ。それはそうとしてレギア、デゾンレールの呪宝を渡してくれる気になったかい?」

「お断りだ! お前こそ、黒の写本を渡せ!」

 レギアが腕を上げる。その指先から火炎放射が発射された。それをルシャーダの分霊体の百足が牙で受け止める。力が拮抗するかに見えた瞬間、アストリックスが回し蹴り一閃で、百足の身体を粉砕した。

「あなたの相手はわたくしがいたしますわ」

「これは……」

 ルシャーダが軽く驚きの目を開いた。

「相性があるとはいえ、私の分霊体(ファントム)を一撃とは――」


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