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魔女と骸の剣士  作者: 佐藤遼空
第三章 青鳥の霊技士
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サムウジ・ローカス

 フェイがサムと知り合ったのも、この市でであった。フェイは外世界の様子を伝える書物を探しに来ていた。洞穴国では外世界の情報を重要視せず、他国の地理や文化・歴史等を学校教育で教わることは全くなかった。また洞穴族全体が霊力系に傾いているため、霊・魔・気の三力に関する理論や魔動工学等の最新技術、台頭してきた共和主義のような思想に関する書物も入手困難であった。

“外の世界を知りたい”

 いつの頃からか、それがフェイのなかにある痛切な欲求となっていた。しかし学校や父親の要求はまったくそれに見合うものではなく、フェイは反発と苛立ち、そして諦めをこの洞穴の国に見出していた。


 そんなフェイの唯一の楽しみが、市に出る数少ない本の露店商から、外世界に関する書物を入手し、それを読みふけることだった。一年ほど前のその日も、フェイは本の露店で自分の好みの書物を物色していた。

 『失われた国タミナの歴史』と題された書物を手に取ろうとした時、不意に伸ばされた手が先にその書物を取っていった。

「あ…」

 思わず声の洩れたフェイは、手の主を目で追った。そこには灰色の髭を伸ばした大人がいた。その髭男も目を見開いて、フェイの方を見ていた。彼は不意に微笑んだ。


「君も、この本に興味があるのかい?」

「あ…いえ……」

 正直、書物は買うにはフェイには高すぎた。フェイは口ごもりながら、その場を立ち去った。少しどぎまぎとしていたフェイは、他の露店をブラブラと見て回ることで気を紛らせていた。

「――君!」

 しばらくして、不意にかけられた声にフェイは驚いて振り返った。そこにはあの髭男が、微笑を浮かべて立っていた。

「君も、この本に興味があったんだろう?」

 髭男は先ほどの本を掲げてみせた。

「あ……あの…」

「俺が買ったから、君に貸すよ。この国では本は貴重だからね。読んだら返してくれたらいい」

「いえ、そんな…そこまで……」


 フェイは戸惑いで口ごもった。その様子を見てか、髭男は少し真面目な目でフェイを見つめた。

「いいのかい? 機会に尻込みするのは、自分の世界を狭くしちまうぜ」

 フェイははっとした。自分を取り巻く世界の狭さにうんざりして、フェイは書物に手を出したのではなかったか。その狭さから少しでも『外』に出ることが、一歩踏み出すことだとしたら。

「俺はサム。まあ、ちょっと怪しいだろうけど、君みたいな小僧から何かを奪ったりはしない男さ。あ、慈善家でもないから、読んだ本はちゃんと返してもらうぜ」

 そう言って笑った髭男のサムと、それを機にしてフェイは親交を始めたのだった。前もって住所を聞いておき、読み終わった本を返しに行くと、サムはフェイに尋ねてきた。

「どうだい、面白かったかい?」

「ええ……けど、僕は古代王国の話かと思ってたんです」

 サムはからからと笑った。

「そりゃあ見当違いだったな。タミナは先の魔動大戦でガロリア帝国に併合された国だ。こりゃあ、現代史の本だものな。そうだな、そっちの方面が読みたいなら、その辺の本棚から漁っていくといくといい」


 サムはそう言って、壁一面の本棚に溢れる本を指さした。サムはフェイがそれまで見たこともないような蔵書家であった。フェイはサムのところに出入りして本を借りるようになり、話もするようになった。二人の親交は、そうして深まっていった。

「――ねえ、サム。サムは外の世界へ行ったことがあるんでしょう?」

「ああ、ある」

「どうして外に行ったのに、この洞穴に帰ってきたのさ?」

 フェイは市へ行く道すがら、不意に以前から思ってたことをサムに聞いた。サムは少し足を悪くしており、右手に杖を持ち、右足を少し引きずるようにして歩いていた。フェイはいつもサムの早さに合わせて歩いていた。


 歩いているサムは前を向いたまま、複雑な面もちで口を開いた。

「結局、外の世界は俺にはきつかったんだ。心も身体もな。洞穴族は日光に弱いが、あまり長い期間外の世界にいると身体のあちこちにガタが出るようになる。この足も、そのツケってわけさ」

(じゃあ、僕は外には行けないんだろうか……)

 フェイは沈んだ気持ちになってうつむいた。それを察してか、サムは言葉を続けた。

「まあ、人によるだろうがな。なかには長年外の世界にいて、全然大丈夫だった奴もいる」

「そうなの?」

「ああ。俺が脆弱だっただけさ。――お、本屋に着いたぞ」

 立ち並ぶ露店のなかで、二人は書物を置いている露店を見つけて近づいていった。二人が並んで露店の前に立った時、店のなかから女性の声がかけられた。

「――やっぱり書物を見にきたかい。読みは正解だったね」

 露店の中心部に座っていた主は、そう言ってかぶっていたフードを脱いだ。なかから赤紫の髪をした、目つきのきつい女が現れた。


「久しぶりだね、サムウジ・ローカス」

「お前は……」

 サムは絶句した。と、途端にきびすを返し、サムは脱兎のごとく駆けだした。何が起きたのか一瞬判らなかったが、フェイは一緒に駆けだした。

「サム、どうしたの?」

 フェイは走りながらサムに訊いた。サムは杖をつきながら走っているから、フェイでも併走できる速さだった。

「なんでもない、君は来るな!」

 サムはフェイの顔も見ずに言った。納得できなかったフェイは、露店が並ぶ狭い路地をサムの後を追って走った。少しするとサムが立ち止まった。


 サムの目の前に男が立ちはだかっている。水色の髪をして、端正な顔は無表情のまま冷たい目つきでサムを見ていた。

 サムは横に駆けだし、また逃げ出した。市を抜け出し郊外へと抜ける。小さな横道に隠れるようにして、サムは走り込んだ。

「いったい、どうしたっていうの?」

 止まって息を整えるサムに、フェイもまた肩で息をしながら訊いた。

「……あの赤紫の髪の女は、俺の昔の知り合いさ。恐らく俺を追ってきた。フェイ、君を巻き込むつもりはない。ここから帰ってくれ」

「サムを放って帰れないよ」

 サムは渋い顔をしたが、黙ってきびすを返すとさらに路地を奥へと歩きだした。フェイはその後を追った。

(あの目つきの悪い女が悪い奴なんだ。それであの冷たい目をした男は、その手下なんだ)

 フェイはそう判断した。


「これは俺の問題だ。なんとかするから心配するな」

 サムは歩きながら言った。しかしフェイは納得しなかった。

「何とかって、どうするつもりさ。僕がサムを助けるよ」

 フェイはサムに、自分の気持ちを判ってほしいと思いながら言った。サムはフェイの唯一の友人で、恩師であった。そのサムを一人で危険な連中に会わすわけにはいかないと、フェイは意気込んでいた。

「頼むから、帰ってくれフェイ――」

 そう言いかけたサムは息を呑んだ。突然、空中から飛来した影が、二人の前に立ちはだかったからである。

 サムの前に立った人物を見て、フェイは息を呑んだ。薄暗い路地には場違いな美女。金髪を緩くまとめ、上背は高く、すらりとした脚は着衣の上からでも判るほど長い。その顔には気品と同時に、親しみやすい素朴さが溢れていた。


 洞穴国において、この女性の美しさは光輝くものだった。フェイはこの突然の飛来者を眩しくすら感じた。

「少しお待ちになってください」

 女性は秀麗な面立ちを向けると、たおやかな声でそう言った。しかしサムを見ると、サムはまだ怯えた目をしていた。フェイは悟った。

(こんな綺麗な女の人でも、サムは怯えている。きっとサムの敵で、見た目とは逆に恐ろしい相手なのに違いない)

 フェイは瞬時に決断し、行動を起こした。

「帰れ!」

 フェイが青い鳥を出す。青い鳥は翼を広げ、女性に向かって一直線に飛んでいき、そのくちばしが相手を攻撃するはずだった。

「破ッ」

 しかし、フェイの青い鳥は、金髪女性の回し蹴りの一撃で、跡形もなく粉砕された。


(そんな!)

 フェイはたじろいだ。

(僕なんか全然かなわない……本当の『力』を持ってる大人だ――)

 フェイの心に恐怖が沸いてきた。金髪の美女は困ったような表情を浮かべ、口を開いた。

「困りますわ、そんな乱暴をされては」

 女性は半歩踏み出す。サムが後ずさるのを見て、フェイは後ろを振り返った。

「あ……」

 思わず声が洩れた。背後には既に水色の髪をした青年が接近していたのである。青年は整った顔に無表情な冷徹さを浮かべているように見えた。


「――逃げなくてもいいじゃないか、サムウジ・ローカス」

 さらにその背後から、目つきの悪い女の声。赤紫の髪の女の声には、軽くせせら笑うような響きがあった。

「レギア・クロヌディ、見逃してくれ。俺はもう、あそこには戻りたくない」

 サムが怯えた声を出した。レギアと呼ばれた赤紫の髪の女は怪訝そうな顔をした。

「は? あたしを何だと思ってるんだい?」

「……き、機関の回し者じゃないのか」

「あたしも三年前に辞めたよ。というか、逃げ出したのさ。そして今、あたしも奴らに追われてる」

「なん…だって……?」

 サムは驚きに目を見開くと同時に、安堵の息をついた。



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