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魔女と骸の剣士  作者: 佐藤遼空
第三章 青鳥の霊技士
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洞穴国のフェイ

 アカリゴケが照らす薄明かりの通りの先に、三、四人の少年たちの姿を見かけてフェイは足を止めた。遠目に見ても、何か不穏な空気がある。一人の少年が、他の三人の少年にからまれていた。

 少年たちは皆、フェイ同様、洞穴族の特徴である灰色の髪で赤色の眼をしていたが、一人一人体格は違う。その中で、中心にいて囲まれている少年はぽっちゃりとして、いかにも気弱そうな顔立ちに怯えを見せていた。

(ラルースじゃないか)

 その絡まれている少年に見覚えがあったフェイは、つかつかと少年たちに歩み寄っていった。


「ラルース、久しぶりじゃないか」

 フェイは努めて明るい声を出した。ラルースは緊張した面もちのままフェイを見て、小さく「やあ」、と言った。他の少年たちは突然の賓客を面白く思わない顔を露骨に表してみせた。

「そうだ、ちょっと君に話があったんだ。一緒に来てくれないか」

 フェイは微笑みながら、ラルースの手をとって歩きだそうとした。しかしラルースの肩を別の少年ががっちりと掴み、ラルースの足を止めた。

「おい、こいつは俺たちと話してんだろ? 勝手に連れてくなよ」

「そうかい? とても楽しそうな雰囲気じゃなかったけどね」

 あからさまな威圧に、フェイは小馬鹿にした顔で返答して見せた。相手の少年は、憤りを露わにした。

「なんだ、お前やるってのか」

「彼に用があるだけだよ」


 呆れた声を出してみせるフェイに対して、後ろからリーダー格らしい少年が出てきて口を開いた。

「どうやら少し痛い目をみたいらしいな」

 リーダーの少年が拳を前に突き出すと、人差し指にはめた魔晶石の指輪が光った。そこから炎が放射されフェイに襲いかかる。

「青い鳥!」

 フェイは自身の分霊体(ファントム)を出現させた。羽を広げた姿が1mほどもある、猛禽類に似た青い鳥であった。

 青い鳥は空中を羽ばたき、向かってきた炎の勢いを消した。そのまま飛行すると、本体の少年の頭に蹴りを入れる。

「うわっ!」

「こ、こいつ、分霊体(ファントム)が使えるぞ」

「逃げろ!」

 慌てた少年たちは、蜘蛛の子を散らすようにちりぢりになって逃げ出していった。フェイは息をついた。


「なんだ、しょうもない奴らだ。――ラルース、大丈夫かい?」

 フェイはラルースに笑いかけた。しかしラルースは上目遣いにフェイを見るだけで何も言わなかった。場を和ませようとして、フェイはさらに口を開いた。

「クラスが変わってからあまり会わなかったけど、元気にしてたかい? あれは同じクラスの連中? 金でもたかられた?」

「……い、いいじゃないか」

 もごもごと口ごもるようにして出てきたラルースの言葉は、フェイの意表をつくものだった。

「よくはないだろ、ラルース。あんな奴ら、どうってことないさ」

「君も……ぼくのことを馬鹿にしてるんだろう」

 フェイの言葉を聞いてか聞かずか、ラルースはねめつくような目つきでフェイに言った。


「何を言ってるんだい?」

「君は霊力(マナ)も高いし分霊体も出せる。家は長老家で、君はもうすぐ上級高等校へ行く。将来は上級管理官、あるいは長老だ。ぼくは頭も悪いし霊力も低い、家柄も大したことなくて将来は間違いなく生産層に入るんだ。君とは住む世界が違うんだ」

 ラルースはフェイの顔を見ないようにして、吐き出すように言った。しかしそこから顔を上げフェイを睨むと、はっきりとした口調でフェイに告げた。

「あんな奴らでも、あれがぼくの住む世界の友達なんだ。もう構わないでくれ」

「ラルース……」

 何も言えずに立ちすくむフェイを後に、ラルースはその場から立ち去っていった。フェイは少し呆然とした後、何とも言えない感情が沸いてくるのを感じた。


   *

 

 洞穴族はレフタイ島の大半を覆い尽くす森、ギャロー樹海の奥深くにある大洞穴から入るカサラヒ洞穴群のなかに暮らしている。それは人口15万人ほどの一つの国であり、洞穴国(ケイブニア)と呼ばれていた。

 終日陽の射すことない洞穴のなかではアカリゴケの薄明かりが主な光源であり、目が日光に耐えられない洞穴族の大半は、ほとんど一生、このカサラヒ洞穴から出ることはなかった。人々はこの洞穴のなかで生まれ働き、そして死んでいくのであった。


 アカリゴケに照らされた通りを抜け、石を切り出して作り上げた家に帰宅したフェイは、疲れを感じながらも家に入った。

「――父さん、帰ってたの」

「ああ、少し荷物をとりにな。またすぐ出る」

 長老の一人である父親のジェイド・ストリームは、フェイとほとんど家で会うことはない。珍しい遭遇であったが、ジェイドはフェイを見ると詰問するように口を開いた。

「もうすぐ上級高等校に行くわけだが、お前はつまらない連中とつきあったり、妙な所に出入りしたりなどしてないだろうな」

「妙な所って何処さ」

「真面目にやってるかと聞いているんだ、どうなんだ?」

「ちゃんとしてるよ」

 フェイは目を伏せて答えた。威厳に満ちた父親の前では、フェイはいつも気持ちが委縮するのを感じていた。


「それならいい。お前は将来、上級管理官あるいは私のように長老になる身だ。きちんと勉強しておくようにな」

「判ってる」

 そう返事をすると、父親は忙しそうに家を出ていった。五年前に母親が死んだ15歳のフェイは、家の中をいつも一人で過ごしていた。家事は雇われの女性がやっていたが、留守中に仕事は済ませており、フェイが帰る頃には誰もいなかった。

(判ってるさ……なんだって)

 フェイは着替えると家を出た。昼夜の区別のない洞穴のなかでは、いつもアカリゴケのほの暗い明かりが射している。

(僕の未来のことも、この洞穴国(ケイブニア)の仕組みだってなんだって……僕には判りきってるんだ)

 洞穴国では初等教育が終了すると、そこから上等校と下等校へと進路が分かれる。それを始まりに、国民は主に生産層と管理層に分別され、将来の在り方を決定される。


 洞穴国の主な産業は魔晶石の採掘であり、ここで生産された魔晶石は世界全体へと輸出される。生産層の多くはこの魔晶石を掘り出す鉱夫であり、それ以外は僅かに採れる洞穴植物の農夫などだった。

 これに対して内政や治安維持、外部世界との通商に関わるのが管理層だった。洞穴族は総じて霊力が高いという種族特性を持っているが、治安管理官にまでなるにはかなりの霊力の高さを資質によって持ってることが条件となった。

(僕は――こんな薄暗い世界は嫌だ)

 フェイは早足で歩きながら、眼前の洞穴世界を嫌悪した。フェイが目指してるのは、サムの家であった。

「――サム、今日は市の日だろ?」

 サムの家に着いたフェイは、サムの顔を見るなり、まずそう口を開いた。

「そうだな」

 サムは髭に包まれた口元に笑みを浮かべてみせた。短く刈った頭髪に、口髭と顎髭をたくわえた風貌は年齢不詳の印象を醸し出している。しかし少なくともフェイに比べればずっと大人で、落ち着いた雰囲気を持っているのは確かだった。


「市へ行こうよ、サム」

「いいだろう」 

 サムは小さく微笑んでみせた。

 サムとフェイは連れだって市へと向かった。

 市は、カサラヒ洞穴群の入り口である最も大きな大洞穴(グランド・ケイブ)の真下の日だまり広場に、月に一度、外世界から来た商人たちが露店を開くのであった。大洞穴(グランド・ケイブ)は直径3kmもの丸型開口部の縦穴であり、深さは300mほどもあった。

 日だまり広場と名付けられてはいるが、底まで届く光は僅かでそれほど明るいとは言えない。しかし洞穴族の者は陽光の下に行く際には、黒い遮光ガラスのゴーグルをかけて目を保護するのが常であった。

 広場には様々な露店が立ち並び、外世界の野菜や果物、肉や魚や各地の料理、工芸品、工業製品などありとあらゆるものを売っている。産業が乏しい洞穴では、市は外世界の文物が入ってくる貴重な機会であった。


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